110 冬支度してみた

 翌日には岩塩の調査団が山中に入り、埋蔵を確認したらしい。

 数日の調査で十分量の存在が確認され、採掘を始める、とカスパルから連絡があった。

 うまくいけば、当分他領からの買い入れは繋がりを継続するための最低限に抑えても、領内分を賄っていけそうだということだ。

 採掘と販売が軌道に乗れば、報酬分が毎月支払われることになる、と通知された。

 この経緯をトーシャに説明すると、また数秒間言葉を失うほどに呆れられた。


 一方、アカマソウを使った焼肉ソースも、十日程度で形を見た。

 マリヤナとナジャ、ニールの三人でいろいろ調合を工夫して、最良と意見の一致を得たものだ。

 味見をしてみると確かに塩味、甘味、酸味のバランスがとれているようで、仲間内での焼肉の試食は大好評だった。

「それでも欲を言えば、もう少し何か刺激みたいなものがあればって思うんだけど」というナジャの所感に、ニールもうんうんと頷いている。


「じゃあ、これを少し加えてみたらどうだ」

「何それ――ああ」


 一度首を傾げてから、ナジャは頷いた。

 プラッツのデルツの料理屋で見たことがあるだろう、乾燥したアヒイの実を粉末にしたものだ。

 ミソ味の内臓煮込み調理を手伝ってはいたが客に供する場面にほとんど居合わせず、食べる寸前に使われている香辛料について、ナジャはあまり親しみがなかったようだ。


「これを試しに、ナジャたちが口にできる範囲で加えてみてくれ」

「分かった」


 中間年齢層の子どもたちが辛さで辟易しない程度にアヒイを加えたソースは、ますます歓迎された。

 小さな子用には、アヒイを使わないものも用意する。

 一方で年長者からそれ以上の大人用にアヒイを増やしたものも試作し、ブルーノの試食で一応の形を収めた。

 結果、辛さを変えた三種類のソースができ上がる。

 当然の連想で前世のものに倣い、「辛口」「中辛」「甘口」と呼ぶことにする。

 この完成品をレオナルトの料理屋に持ち込むと、大絶賛で買い取られた。前回のミソと同様、知り合いの料理屋にも広めてくれるということだ。

 なお、料理屋の裁量でアヒイを増やした「激辛」を作りたければどうぞ、とアドバイスだけ伝えておいた。

 この収入は全額全員用の生活費に加えることにし、冬期間の生活に余裕が持てそうという手応えが得られることになった。


 十一の月の末頃には、例年ほぼ確実に降雪が見られるという話だ。

 それを間近に控えて、十一の月の十八の日、それぞれの見習い通いが同時に休みになったので、全員揃って街の外に出かけることにした。

 レジャーを兼ねて森の中に入り、みんなで越冬用の薪拾いを行うのだ。

 考えてみると、ニール、サスキア以外と外の自然に踏み込むのは初めてだ。

 もちろんみんな生まれてこの方街の中しか知らないわけではないが、久しぶりの森の中に入って大喜びのはしゃぎぶりになっている。

 薪拾いを手伝いながらも小さな子たちが遊び回る世話をブルーノたちに任せて少し離れ、ノウサギ五羽を狩った。

 このうちの四羽は、肉屋に依頼して燻製干し肉に加工してもらい、冬場の食料として保存する予定だ。

 さらに、これは冬支度として失念していたのだが、ノウサギの革で冬用の靴を作ってもらえるというので、これまで保管していた分に加え全員分の材料を揃えて、工房に依頼することにした。かなり遅きに失したかもしれないが、歩行に窮するほどの積雪までにはひと月以上あるはずということで、何とか急いでもらうことにする。

 なお、夏場からずっと貯めていた毛皮で、防寒用上着の準備は全員分済ませている。

 かなり離れてちらちら観察していたブルーノが、「本当にあっさり狩ることができるんだな。今さらだが、感心するぜ」と笑っている。

 これも考えてみると、ニールとサスキア以外に遠目ながらも狩りの様子を見せるのは初めてだった。

 駆け回っての遊びに満足し、大量の薪とノウサギ肉を荷車に積み、さらに全員できる限り背中に背負って、街中に帰ることになった。

 きゃあきゃあ笑い合い、帰り着くなり全員へばって座り込むほど体力尽きていたが、充実した一日となっていた。


 数日して、しばらくプラッツに戻っていたジョルジョ会長がまたこちらに出てきたという報せを受けた。

 春にはマックロートに本店を移すという予定で準備を進め、今回は妻子を伴ってきてこちらで冬を過ごすことにしたという。

 何とか完成の形を見た焼肉ソースを手土産に、挨拶に向かう。

 会長は機嫌よく迎え、プラッツ近辺の現状を話してくれた。

 冬の備えと魔物などへの警戒で、町の衛兵配備が進んでいる。

 東の領地端の地点に、監視用砦が仮完成したらしい。

 そういった情報が回って、町民たちの生活は安定してきている。


「もうすっかり男爵領だった頃のことは忘れたかのように、侯爵領の一部として落ち着いた感覚だ」

「そうなんですか」

「一度覗いてきたが、デルツの店でのパンや内臓料理の売れ行きも、変わらず順調だ」

「それは、よかった」

「それと、パンに絡んでだけどね。営業停止になっている二商会でパンの製造に関わっていた職人を数名、こちらで再雇用した。今回一緒にこちらへ連れてきたんだが、彼らを中心にマックロートでのパン製造の規模を拡大する。並行して、町民向けにパン作りの指導を行う催しを開いていく予定だ」

「ああ、いいことですね、イーストの販売拡大には」

「うん。今までうちの商会では農産品などの販売が中心で、調理した食品の扱いはほとんどしていなかったんだがね。やはりパンについてはそんなことも言ってられない。普及を広げるためには、あらゆる方策を考えていきたいと思う」

「はい」


 その後、持参した三種類の焼肉ソースを見せる。

 すでにこちらの料理屋で使用を始めていると説明すると、ふうん、と軽い頷きが返った。

 いくつか質問と返答を交わして、あまり熱心そうではない唸りを漏らしている。ミソほどには汎用性がないようなので、現在イーストの普及に全力を注入しようとしている商会で扱おうと手を伸ばす踏ん切りまではつかないらしい。


「辛さを変えて三種類、料理屋のメニューに彩りをつけようという発想は面白いね」

「ええ」

「うん――せっかくだから、実際に焼肉で味を確かめさせてもらおうか」


 会長に連れられて、厨房に移動した。

 まだ気忙しいというふうでもなく昼食の準備を始めていた料理長に声をかけて、ノウサギ肉の小片をいくつか焼かせる。ソースを絡めて試食し、二人で頷き合っている。


「うん確かに、アカマソウと言ったか、今までにない味わいで新鮮だね」

「へい、肉の味を引き立ててますわ。辛さを変えて種類を分けているというのも、斬新でさ」

「付け合わせの野菜にも、それなりに合うと思いますよ」


 声をかけると、ほおお、と料理長は関心を示した。

 葉物野菜と根菜をいくつか軽く茹でてから焼き、ソースをつけてみる。これにも、会長と料理長はさかんに頷いて味わっていた。


「確かにこれも、味が深まっているというか」

「へい、いや――何と言うか、肉と野菜で味の調和がとれるっていう、そんな感じがしまさ」

「アカマソウだけのソースでも、スープの味付けなどに面白い効果があるようです」

「へええ、そうなのかい。それも試してみたいな」


 すっかり興味を示して、料理長は何度も頷いている。

「肉と野菜、ね……」と呟いて、会長は顎を撫でて考え込んだ。


「ちょっとお前、家内を呼んできてくれないか」

「はい」


 少し離れて仕事をしていた若い料理人が、すぐに返事して出ていった。

 間もなく、中年の大柄な女性を伴って戻ってくる。

 縦横共に会長より一回り大きく見えるその女性は、ゆったり厨房に入ってきて声をかけてきた。


「どうかしましたか、旦那様」

「うん――ああハックくんは初めてだったね。妻のヘロイーゼだ。ヘロイーゼ、こちらはいつも話しているハックくんだよ」

「あ、初めまして。会長さんにはいつもお世話になっています」

「ああ、あなたがあの。主人がお世話になってますねえ」

「で、お前。これの味を見てくれないか」

「はい。ノウサギの肉ですかねえ」


 会長夫人は、「中辛」ソースのかかった肉を口にしていた。

 続いて夫に勧められ、焼いた野菜も味を見る。


「初めての味ですねえ、これは」

「なかなか面白いと思うんだが、肉と野菜を混ぜた料理に、合うと思わないかい」

「そうですねえ――ああ、そういうこと。試してみる価値はありそうですねえ」


 しきりと、夫婦で頷き合っている。

 料理長もすぐに察したらしく、同意を示していた。

 こちら一人が理解できず、説明を請うた。

 すると。

 この理解には前提知識が必要なようなのだが、最近他で聞いていたことと合わせて、次のようなことになるらしい。

 この世界、このゲルツァー王国を初めとして近隣国いくつもの風習ということになるが。

 十二の月の末日は「年送りの日」と呼ばれ、ほとんどの仕事は休みになって、家族で過ごすことになる。

 先に亡くなった家族や先祖たちの霊を慰め、新しい年を迎える前に死後の国へ送り出す。

 年送りの日、二十ときを目処に、その「送り」のための鐘が一斉に教会で鳴らされ、人々は黙祷をする。当然想像されるように、元々これは二十四とき近くに行われるべきものだろうが、子どもたちに夜更かしさせないことや照明や暖房などの都合から、近年になって早めることになっているらしい。

 その「霊送りの儀」の前後には、家族でいつもよりは改まった食事をとる。

 その際これも習慣として定着している料理の代表に、「包み焼き」というものがある。名前通り、肉と何らかの野菜を細かく刻んで炒めた具を、小麦粉を練って伸ばした皮で包んで焼いたものだ。


――ミートパイとか、肉まんとか、そんな類いか。


 それぞれの家庭でいろいろな味付け、調理法があるらしい。

 ところで一方、先にイザーク商会では「調理した食品の扱いはほとんどしていない」という話があったが、ただ一つ、例外がある。この、包み焼きだ。

 習慣上年送りの日には、独身家庭や家庭調理が困難な家でも、この包み焼きだけは食卓に並べたい。そのためにイザーク商会では、この日だけ調理した包み焼きの販売を行うのだそうだ。

 この製造販売に間しては、会長夫人と女性職員が中心になる。

 ――という説明を受けて、ようやくさっきの会話に繋がることになる。


「包み焼きの具の味つけにこれを使ったら、一風変わった風味で喜ばれると思うんですよねえ」

「へええ」


 何しろ現状、それぞれの家庭でいろいろな味付けがあるとは言っても、使われているのは塩とニンニク、何種類かの香草程度らしい。

 アカマソウの酸味や旨味、アマサケの甘味など、似たものを探すことさえできそうにないという。

 せっかくなので、と夫人は料理長に指示して、手近にあるノウサギ肉といくつかの野菜で包み焼きの具となるものを作らせた。

「中辛」の焼肉ソースを加えて加熱し、とりあえず形になったものを居合わせた者たちで味見する。

 うん、と料理長は大きく頷いた。


「これも、今までにない味ですわ。広く一般受けしそうでさ」

「うん、いけますね」


 夫人も、何度も頷いている。

 それでもさらに味を確かめ、首を傾げ。


「欲を言えば、もう少し甘味を抑えた方がくどさがないですかねえ。アカマソウの風味ですかね、これが少し立った方がいいかもしれない」

「はあ。それなら、この包み焼き用に材料の配分を変えて見た方がいいですかね」

「それができるなら、ありがたいですねえ」


 提案すると、夫人は嬉しそうに頷いた。

 そうして、夫に向けて笑いかける。


「この三種類のソースと包み焼き用に味つけしたもの、合わせてうちで作れるようにしたいところですねえ」

「うん、それならハックくん、相談できるかな。イーストと同様、うちで販売に乗せることができたら利益の一定配分を収めるという形で」

「ええ、そうできるなら、お願いします」

「特に包み焼き用は、年末に向けて急ぎたい。製造法を教えてもらえるか」

「うちで製造を担当した者と、相談してみます。それから問題になるのは、アカマソウの実が十分に手に入るかなんです。付近の山から採取してきたものに限りがあるもので。来年以降は、栽培することもできそうに思うんですが」

「うちから人手を出して、さらに山の中を探させよう。栽培についても、こちらで検討したい」


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