第1話 失踪 ――― 赤羽 涼太

2022年 3月25日


ある晴れた週末、何年か振りに当時仲が良かった奴等と集まり、飲む事になっていた。今日、集まるのは小・中学時代の友達5人。

事の発端は、つい先日に謎の失踪をし、音信不通で行方不明になっている『水瀬 風香』の情報を得る為。

俺と風香は、小学校、中学校と同じ学校に通っていて、別々の高校に入学するからと言って、中学の卒業式の後、風香から告白されて以来ずっと恋人同士だった。

しかし、付き合って8年目になろうとしていた一カ月程前に、別に好きな人が出来たからと、一方的に別れを迫られた。

その日以来、風香とは一度も連絡をしたり、会っていない。

何日か前、風香の母親から連絡が来て、行方不明になった話を知った。

警察に捜索願を出してはいるが、何一つ手掛かりが見つからない状況。

井野町にある職場を早目に出て、待ち合わせの場所へ向かう。

俺の仕事は美容師。親が経営する店舗で働いているからか、それなりに時間の融通が利く。


待ち合わせは、高崎の飯塚町にある個室がある居酒屋。

ここでは男女5人が集まる筈だった。

だった、と言うのは、あくまで予定に過ぎなかったのだが、結局ここに来たのは俺を含めて4人だけしか集まらなかった。

きっと、仕事やプライベートで忙しいのだろう。

この時、俺達はその理由を知る由はなかった。

まさか、俺達が知らない場所で、あんな事が起きているなんて…


個室に案内された俺達は、まだ来ていない友達をほっといて先に乾杯をした。

「どうせ仕事だろ?それか、忘れたんじゃないか?」

中学時代、一番仲良かった純平が言う。

そうそうと、相槌を打ったのが誰よりも早く結婚した敦司。

敦司の隣には、同級生であり、敦司と結婚した宏美が座っている。

「それよりも、涼太君は大丈夫?」

宏美が俺に聞いて来た。当時、宏美は風香と一番仲が良かった。

だからこそ、別れた理由とか、今どこに居るのか確認しようと思い、何度か宏美に電話して聞いたが、お互い仕事やプライベートが忙しくて、ここ何カ月も連絡を取り合っていないと言われた。

風香は、俺と別れてすぐに、職場も辞めたらしい。これは、風香の母親から聞いた。それを伝えると、みんなが驚いた。

何故なら、風香は真面目で、責任感のある性格だったから。

「で、職場には?」純平に聞かれる。

「行ってはみたが、急に辞めたらしく評判が一気に下がった感じで、まともに話すら聞いて貰えなかったよ」

「あの、風香がね…それで、涼太はどうすんだ?」

「それが解らないから、今日集まって貰ったんだよ…何か良い方法はないかな?」

暫く沈黙が続いた。

その沈黙を破ったのは敦司だった。

「取り敢えず、明日にでもみんなで風香の家に行ってみないか?風香の家って確か神社の側だったよな?涼太、それで良いかな?話し合ったとこで何も始まらないから、こう言う時は行動が一番なんだよ」

「私、今から風香の家に電話して、おばさんに行く旨を伝えておくよ」宏美はその場で電話をし、明日行く事の了解を取った。



2022年 3月26日



約束の時間になると、風香の家にそれぞれが集まる。俺の実家からは徒歩10分程の距離だけど、今は江木町で一人暮らしをしている為、実家に車を止めて歩いて向かった。仕事でも母親と毎日の様に顔を合わせているから、手伝う事になったと同時に一人暮らしを始めたのだった。父親は職場の目の前で不動産業を行っている。そっちでは、俺の兄夫婦が手伝いをしている。

歩いて風香の家に着くと、両親は快く俺達を家の中へ通してくれた。

しかし、手掛かりに繋がる様な話は聞けず、風香の部屋からも何も見つかっていないと聞かされ、俺達はまた振り出しへと戻された。

ただ、両親が言うには、ここ三週間くらいは家に帰って来たり来なかったりだったらしい。表情も覇気がなく少し暗くは感じたが、それに付いての言及はしなかったとの事。そして、5日前から音信不通で行方不明になったと聞いた。


何も収穫がないまま風香の自宅から出ると、目の前には小高い丘がある。そこには小さな神社が建っている。

色々と噂が囁かれる神社だったが、昔はよくそこに登って遊んだなと、懐かしんでいると、純平のスマホが鳴った。

着信は、昨日来る筈だった同級生『 祥子』から。

「もしもし?」いつも通りに純平が電話に出るが、無言だった。

暫く声を掛け続けているが、応答はない。

そして、今度は俺のスマホが鳴った。

着信は、純平と同じで『 祥子』からだった。

同時に電話を掛けられるなんて、あり得ないと思いながら、通話ボタンを押す。

しかし、何も聞こえて来ない。

気味が悪くなり、俺は電話を切ると、目の前にいる純平の顔色が青白くなっている。

どうしたんだ?と、思い声を掛けると、純平は我に返りスマホをその場に落とした。

スマホを敦司が拾い、耳へ近付ける。

敦司は、何とも言えない様な表情をして、スマホをスピーカーにする。

その場にいる俺達にも聞こえる様に。


ゴボゴボ…ゴボゴボ…ゴボゴボ…ゴボゴボ…ガタッ…ゴボゴボ…ゴボゴボ…

キーンッ…ゴボゴボ…ゴボゴボ…ゴボゴボ…ガチャッ…ドンドンドンドン…

ゴボゴボ…ヒューヒュー…ドンドン…ゴボゴボ…ゴボゴボ…ゴボゴボ…ゴボゴボ…


不気味な音が聞こえる。

無機質で、機械音の様と、そして耳障りな音に、俺達は立ち尽くすしかなかった。

意を決して、敦司の持つスマホを取り上げて、通話ボタンを押し、通話を終わらせたのは宏美だった。

俺達が放心状態で立ち尽くしていると、宏美だけは冷静に「ちょっと待ってて」そう言うと、スマホを握りながら目を閉じた。

目を閉じながら宏美は何かを囁いている。しかし、その声を聞き取る事が出来なかった。昔から、宏美にはこう言う事が稀にある。

どうやら、霊感が強いらしい。

ハッと、宏美が目を開けると「祥子が危ないかも…」と言って、近所にある祥子の家に行こうと言い出す。

俺達は、ただ宏美に従う事しか出来なかった。


風香の家から祥子の家までは目と鼻の先らしい。

宏美以外は、祥子の家を知らなかった。

小高い丘を回り込んですぐの場所にあるらしいけど、普段は全く通らない場所。

記憶が合っていれば、最後にこの道に来たのは小学校低学年の時。祥子と遊ぶのではなく、近所に友達が住んでいたからだ。

確か、3年生になった頃に引っ越しをしたから、それ以来ここら辺には来ていなかった。幾ら記憶を辿っても、その友達の名前も顔も思い出せない。それが誰だったのか、何もかもが曖昧な記憶。

祥子とは、たまに連絡は取っていたが、社会人になってからは会ってはいない。

お互い、仕事が忙しかったり、他に遊ぶ奴がいるからだろう。風香からも、ここ最近は祥子と遊んだなんて話は聞いていなかった。

俺達は、祥子の家があったと言う場所を見て驚愕した。

その場所に家は無く、焼き焦げた跡となっていた…

それじゃ、祥子は今どこにいるんだ?

宏美が焼き焦げた家に近付くと、その異変に気付いた。

「やっぱり…」

その場で振り返り、俺達に向かって言う。

「祥子は、私達に何かを伝え様としている。だけど、それが何かまでは解らないわ」

何も言い返せない。

「私と風香と祥子は、小学生の時から仲良かったけど、どうしても私だけが知らない二人だけの秘密があって…」

何を言ってるんだか解らなかった。

「二人だけの秘密って?」俺は、聞いてみたが、宏美は何も言わず、ただ首を横に振る事しかしなかった。


俺達がぼんやりと焼き焦げた家を眺めていると、一人の男が俺達の存在に気付き、声を掛けて来た。

近所に住むと言うその男が色々と教えてくれた。

一週間くらい前の深夜に、原因不明の火事が起こって、それで逃げ遅れた家族全員が亡くなったと。

逃げる時間もないくらい、一気に火は家全体を包む様に燃え上がったらしい。

警察は、一応放火の疑いで捜査をしているらしいけど、まだこれと言った真相は解っていないらしい。

新聞には小さく掲載されていたが、他の事件の方が大きく取り上げられていたらしく、しかも、家族全員が同時刻に亡くなったと言う事。だからか、親族は深く関わらない様にしていたらしく、葬儀も身内だけで終わらせたから、お悔やみ欄には掲載されなかったと、その男が教えてくれた。


祥子が亡くなった?

それなら、昨日の約束をする前の話であって、誰が返事をしたんだ?それに、今さっきの電話は何だったんだ?

何一つ説明が出来ない。

宏美が、焼き焦げた家の中へと向かう。俺達も後を追う様に中へ入る。

祥子の家は2階建ての大きな家。

そして、築80年以上は経っていたと、先程の近所に住む男が教えてくれた。


家の中心部に、何かが見えた。

実物を見るのは初めてだったけど、それが井戸だと言う事がすぐに解った。

井戸には、大きな石の蓋がされている。

その周りだけ、何故か焼けた形跡がない。それが、どう言う理由なのかは全く解らない。ただ、不思議な現象としか言えないだろう…

その時、宏美が井戸に触れた。

「キャッ!」

宏美が悲鳴を上げて手を放すと、その場にしゃがみ込んでしまった。

敦司が声を掛けるが、声が聞こえないのか、静かに呼吸を整えている。

ここにいるのは危険と思い、俺と敦司は宏美の両脇を抱えて、家から出て庭まで出て来たが、宏美は、まだ一人で立って歩けない様子。

「大丈夫か?」俺が声を掛けると、宏美はやっと少し落ち着いたかの様に立ち上がった。そして、ここから離れようと言った。


その日の夕方、敦司から電話が来て、宏美が原因不明の高熱で魘されていると聞かされた。そのまま救急搬送となり、総合病院に入院したと。あの時、祥子の家で何があったのかさえ、まだ聞けていない。


そして、夜が明けた…


2022年 3月27日



仕事をしていると、スマホが鳴った。

ちょうど、接客中だったから、電話には出れなかった。接客が終わってすぐにスマホを見ると、着信は非通知で、留守電が一件入っている事に気付いた。

確か、俺のスマホは非通知からの着信は受け付けない様にしてるんだけどな…

そう、思いながら恐る恐る再生ボタンを押して留守電を聞いた。


ゴーンゴーンと言う音の後に、子供が無邪気に笑っている声が微かに聞こえた。

そして、ゴボゴボ…ゴボゴボ…パリン…bzvcDg@mr9cgsdolnElus6AdeTyiwkq3Hpaj…

昨日と同じ理解不能な音と、何かを呟いている様な小さな声が聞こえる。

ゴーンゴーンと音がして留守電は終わったのだ…

留守電を聞き終えると、何も操作していないのに、自然と留守電は消去されていた。

おかしいなとは思ったが、考えると余計に怖くなるから深く考えない様にした。

20分程経つと、自動ドアが開き、50歳くらいの女性が入って来た。

「いらっしゃいませ」お決まりの来店挨拶をすると、その女性をどこかで見た覚えがあるなと思った。その女性は俺を見て「久し振りね、涼太君」と言った。

思い出した。この人は宏美のお母さんだ…

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