第12話 和平交渉会議

 ユグパレ率いる皇都防衛隊の奮戦、西部国境軍の援軍、そしてユリアスの本陣急襲により皇都クラエスタは守られた。

 この別働隊の指揮官であるガニアを含めた帝国軍三千は皇国軍に捕えられた。


「さて、レメア。先ほどの話を聞かせてもらえるか?」

「はい。私がなぜ西部国境軍を率いてこれほど早く駆けつけることができたか、ということですね」

 

 捕虜を護送する道中、ユグパレはレメアと馬を並べて話していた。

 余談だが、ユグパレはレメアの幼少期より剣術指南をしていたためこの二人は師弟ということになる。


「元々、父より東部国境軍の敗北の保険として西部国境と皇都の中間辺りで待機する様に申し付けられていました。そんな中、私の妹であるレインの身に不思議なことが起きまして」

「流石アストレグ公爵ですね…。まさか備えをしていたとは。それで不思議なこととは?」

「まだこちらが狼煙を確認する前に風に運ばれた木の葉がレインの部屋に舞い込み、文字を成していたのです。そこには『帝国の別働隊、国境を抜けて皇都へ。援軍を求む』とありました。これは天啓だと思い、皇都に急行したというわけです」

「なるほど…風、か」


 顎に手を当てて考え込むユグパレを見て次はレメアが首を傾げた。


「何か思うところが?」

「…此度の戦いには神、いえ精霊の存在がちらつき過ぎていた。それも皇国側に味方するように」


 撤退の際の突風による足止め、帝国軍による追撃を妨害するように巻き起こっていた旋風。

 葉が文字を成して援軍要請をするなどに至っては最早人知の及ぶものではない。

 この全てに『風』が関わってくる。

 

「まさか…精霊使い、または精霊自身が我が国に味方を?」

「気まぐれか、必然かは不明ですが助けられたのは事実。今は感謝しておきましょう」

 

 皇都に近づくと勝利に湧く民たちの歓声が聞こえてくる。

 その声を聞きながらユグパレは陛下になんと報告するか考えるのであった。



 皇都前の戦いが終結する少し前。

 東部国境要塞シャルマンは四面楚歌の中でも懸命に持ち堪えていた。


「南壁に登られ拠点を作られました!」

「逆に言えば敵はそこに溜まる。城壁上でも構わない! 魔術を放ち、拠点を吹き飛ばせ!」

「伝令っ、破城槌により北門が破られました!」

「アンジーナと白鳳騎士団、加えて予備隊五百を急ぎ向かわせるんだっ! 突破だけはさせるな」


 だが、ユリアスが離れて四日目になるシャルマンは騎士や兵達の体力も、魔術師の魔力も限界だった。

 それでも耐えることができているのはもちろん各自の奮戦の成果だが、一番の功労者は間違いなくコールソンだった。

 四日を通して最低限の休息で長時間全体の指揮をとっている。

 実際、コールソンの的確な判断と援軍がなければとっくにシャルマンは陥落していることだろう。


(北門への援軍で万全な状態の予備隊は消えた。あとは程度の軽い怪我人部隊を送るしかないが…)


 四方の城壁を見通すと東以外の城壁に複数の敵拠点が見える。

 

「東はリゼル団長と黒鳳騎士団が堅守しているからまだ心配はない。目下は他の三方か」

 

 帝国軍も東門の突破は諦めているようで最低限の兵力で抑え、北・南・西の攻めを厚くしている。

 東以外の三方面は魔術師が多く一度城壁に登られるとどうしても対処に時間がかかる。


 これ以上はなす術がない。

 そう思ってしまった時、突然の超常的な現象が起こり戦場一体が静寂に包まれた。

 コールソンは四方の城壁やさらに城外に広がる帝国軍を見渡せる塔にいたため、その一部始終を目の当たりにした。


 西城外に展開していた帝国軍の陣から凄まじい爆炎が上がり、

 南城外に攻め寄せていた帝国軍の頭上から巨大な岩の塊がいくつも降り注ぎ、

 北城外からこじ開けた城門へ向けて雪崩れ込もうとしていた帝国軍の足元が凍りつき進行を阻んだ。


「……これは…」


壮絶な光景に思わず絶句するコールソンだったが、三人の姿を見て瞬時に全てを理解した。


「…ははっ、仙国スオウの仙人。まさかこれ程とは…」


さすがのコールソンも乾いた笑いを漏らし、舌を巻くしかなかった。





「撤退する。各部隊に通達せよ」

「はっ!」


 帝国軍指揮官のヨルムの決断は早かった。

 自軍が壊滅的な打撃を受けた直後に即決できるのは歴戦の猛者であるかだろう。


「何かあるとは踏んでいたが、まさかスオウから仙人を引っ張ってくるとはな」


 あの存在は出鱈目だ。

 まともに戦うならばせめて同数以上の精霊使いが必要だ。


「恐らくガニアもしくじったのだろうな。となれば和平を結ぶのが上策か」


 撤退を始めた帝国軍を見て歓声を上げる。

 その姿を見て若干の悔しさが芽生えるが今は気付かないふりをした。


 ヨルムは撤退を開始しながら和平案を考え始めた。





 帝国軍の撤退から十日後。

 国境であるシャルマンの壁外にて和平交渉会議が開かれた。


 アルニア皇国代表は第一皇子ユリアス・イブ・アイングワット。


 ルクディア帝国代表はルクディア帝国西方軍司令官、ヨルム・ゼック・ギルスウェル辺境伯…ではない。


「初めましてだな皇国の麒麟児よ。我はルクディア帝国皇太子、クライン・ゼクトゥール・ルクディアだ」

「…! まさか多忙な帝国の王太子殿御足労頂けるとは」


 さしものユリアスも驚きがその表情に滲み出ていた。


 ルクディア帝国王太子には様々な逸話がある。

 帝国の北にあった小国二つを二十日のうちに陥落させたとか、討伐難度Sに分類される魔精デモンスライムを単独で討伐したとか。


 そして一番有名なのは炎の精霊と契約交わした精霊術師であること。

 彼が契約するのは六柱の精霊王の一柱、焔王ドレイヤだ。

 人呼んで【爆炎の帝王】。


「無能ならともかく、我は実力者には敬意を表する。ゆえに取り繕って丁寧に接せずとも普段の口調で良いぞ? 皇国の麒麟児ユリアスよ」

「なら遠慮なく。この和平交渉会議の帝国側の代表ってことでいいのか?」

「うむ。此度の一件、皇帝陛下より我が全権を任せられている。その認識でよかろう」

「分かった。それでは和平会議を始めよう」


 予想外の人物の登場に驚いた皇国側の出席者たちだったが、会議自体は速やかに進んでいった。


「和平の期間は一年間。条件の皇国が提示した賠償金五千金貨は問題ない。人質となっている我が国の将兵の解放でさらに二千金貨支払おう。どうだ?」

「皇国からもう一つ条件を追加させてもらいたい」

「ほう? これだけではまだ足りぬと?」

「なに、大したことではないさ。和平の期間は三年にしてもらおうと思ってな」


 クラインが背もたれによりかかり興味深そうに腕を組んだ。


「何故それを望む?」

「三年もあれば俺はもっと強くなる。クラインが楽しめる戦いができるのではと思ってな」

「ふはははっ! 我と戦う準備の期間がほしいと? 良いだろう。その代わり三年後、楽しませろよ?」

「もちろんだ。むしろ未来で勝ってしまってすまないな」


 互いに好戦的な笑みを浮かべながら握手を交わし、会議は終了した。



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