第40話 戦国武将ごっこ
不思議な光景だった。急にガタンと大きな音がしたので伏せていた顔を上げて振り向くと、ミッチーが驚いた顔で床に転げ落ちていた。
あーあ。いつかやると思った。いつも変な座り方してるからだよ。
そう思ったのもつかの間、どうも自分で転げ落ちたわけじゃないらしい。
「ねー。光安。何が楽しいの?」
「え。信長くん。急に何?もしかして……今僕を蹴った?」
「蹴るわけないよ。ただ光安の椅子を思いっきり引いただけ」
……彼がやったのか。それにしても、全然悪びれてる気配もないし堂々と突っ立っている。床に座り込んでるミッチーは驚きが隠せていないようでまだ立ちあがれていない。
信長は何事もなかったかのように消しゴムをヒデに渡し、そのまま自分の席へと戻っていった。
ヒデとは幼馴染で昔からいつも一緒に遊んでいた。けど小学校に上がってからはなんとなくヒデとの距離が遠くなった気がする。ヒデはドッジボールではいつも外野で誰からもパスが回ってこない。勉強もできないしスポーツもできない。そんなヒデと遊ぶのが恥ずかしくなったんだと思う。
ミッチーがヒデに悪戯をし始めてから、このクラスの雰囲気は変わった。今まではヒデが何かをやらかしてもみんなは優しく大丈夫だよと言っていたのに、最近ではものすごく冷たい態度を取るようになった。そんな状態でも俺は見て見ぬ振りをし続け、全部ヒデが悪いんだぞと自分に言い聞かせていた。
信長の行動のせいなのか、あの一件以降クラスの雰囲気が少し変わった。
ヒデは昔からお腹が弱いようで、いつも授業中に手を上げてトイレに行く。そのたびにミッチーが大袈裟に騒ぎ出し、クラスのみんなもつられて笑う。俺は笑いもしなかったけどそれを止めようとも思わなかった。
だけど、今日は静かだった。ヒデが長いトイレから帰ってきても誰も笑わない。何かが変わろうとしている。信長が転校してきてまだ一週間しか経っていないのに。
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キーンコーンカーンコーン。
休み時間になった。といっても特にすることはない。みんなとおしゃべりしてもいいしドッジボールに参加してもいい。でも、ここ最近はどれもやる気が起きない。だから寝る。ランドセルからタオルを取り出しそれを机の上に四つ折りで置く。丁度いい枕の完成だ。
顔を伏せて眠りに入ろうとした時、急に肩をとんとんと叩かれた。
「森。戦国武将好き?」
「え?」
見上げると信長がいた。
「戦国武将……なんで?急にどうしたの?」
「名前、次郎って言うんだよね?いい名前。武将っぽくてかっこいい」
「そ、そうかな?次郎なんてなんか普通で俺は特にかっこいいとは思わないけど…」
「かっこいいよ。うん、次郎か…。ねー、今日から次郎って呼んでいい?」
「うん……まあ、全然いいけど」
これが信長と交わしたじはじめての会話だった。この日を境に俺と信長は少しずつ仲良くなり、しゃべるようになっていった。
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「次郎は戦国武将で誰が一番好き?」
「んー俺、歴史とか苦手だからわかんないや。信長くんは?やっぱり織田信長が好きなの?」
「うんそうだよ。織田信長ってなんかかっこいいじゃん。強そうだし頭も良さそう」
「へー、じゃあやっぱり明智光秀は嫌いなの?」
「え、なんで?」
「だって、確か光秀が織田信長を殺しちゃったんでしょ?しかも仲間だったんだよね?それって裏切り者ってことだから信長くんも嫌いなんじゃないかと思って」
「歴史が苦手なのによく知ってるね。でも、俺は光秀のことは嫌いじゃないよ。むしろ好きな方だね。だって織田信長が最も信頼してた家臣の一人だよ?しかも、光秀が織田家に入ってきたのはかなり後の方。それなのにどんどん成果を上げて信長の側近になれたんだ。それってすごいことだよ」
「へぇー。やっぱり信長くんはすごいな。歴史の授業のときに初めて本能寺の変を知ったときはみんなひどいって叫んでたよ。恐らくこのクラスでは光秀が一番の嫌われものなんじゃないかな」
「そうなんだ。じゃあ
「え?」
「だって、明らかにみんなからいじめられてない?光安も消しゴムを千切って豊島に投げてたしさ。だから彼も誰かを殺しちゃったのかなと思ってね」
本気で言ってるの?全然わからない。急にとんでもないこと言うから心臓がバクバクしてるよ。
「まあいいや。それより彼の名前、確か秀幸だったよね?豊島秀幸…これってすごくない?」
「すごい?え、なにがすごいの?」
「だって名字に豊が入っていて名前に秀が入ってるんだよ?まるで豊臣秀吉みたいじゃん!」
「あ……あーたしかに」
こんなに嬉しそうな信長の顔をはじめて見た。クールな人かと思ってたけど歴史の話になるとこんなに興奮するんだな。
「よし、誘ってみよう」
「誘う?」
「戦国武将ごっこだよ!次郎もやるよね?」
「え、何?戦国武将ごっこ?そんな遊び聞いたことないよ」
「簡単だよ。好きな武将になって真似るんだ」
「でも、俺歴史詳しくないし……」
「だいじょうぶだいじょうぶ。そんなの好きに演じてしまえばいいんだよ。歴史なんか関係ない。次郎が思う通りに武将になりきればいいんだよ」
「んー。でも特になりたい武将とかはいないしな」
戦国武将ごっこか。なんかよくわからないけど、でも俺はこの遊びにというより信長に興味がある。彼が来てから少しずつだけどクラスの雰囲気が変わった。ヒデへの悪戯もほとんどなくなった。本当は俺がヒデを守りたかったけど、みんなに嫌われるのが怖かった。今思うと恥ずかしい。かっこ悪いな俺。みんなから嫌われようがどう思われようが変わらない信長の態度や行動。俺はこの人みたいになりたいと心から思った。
「わかった。何すればいいかよくわからないけど、いいよ。やろう!」
「よっしゃあ!それでこそ親友だ。で、次郎はどの武将になりたいの?」
「そうだなー、うーん。うん、決めた。俺は…クラスの嫌われ者になろうかな」
明智光秀を演じれば少しは信長に近づける。なんとなくそんな気がしたんだ。
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