第3話 猿と呼ばれる男
信長が病院を退院してから一週間が経ち、一緒に過ごすことでわかったことがいくつかある。まず一つに、信長の記憶についてだ。どうやら信長は俺達が住んでいる今現在のことを自分が住んでいた時代からの延長線上の未来ではなく、別の異次元の世界と捉えているようだ。なのでどのようにして自分が居た世界に戻れるのかを模索しているとのこと。
次に、もし本当に織田信長であればなぜ俺のことやスマートフォン(賢き本)の使い方を知っているのかについてだが、これは信長自身もわからないらしい。
そして最後に、俺にとってこれが一番驚いたことなのだが信長は明智光秀(十兵衛)に対してどうやら怒っていないようなのだ。現代に生きる日本人であればおそらく誰でも知っているであろう本能寺の変。信長が最も信頼していた家臣の一人、明智光秀の裏切りにより信長の命はそこで絶たれたとされている。その命を奪った男に対し、果たして許せるものなのだろうか。もしかすると、織田信長って優しくて温厚な人なのかな。
「次郎っ!!何をしておるこのうつけめが!!はようせぬかっ!!」
「はい!ごめんなさい!」
いや、温厚だとは到底思えない。むしろ短気だ。信長が意識を取り戻してから一つ変わったこととすれば、俺は信長に対し敬語になっていた。見た目はただの信長なのに。圧というかオーラというか。とにかく一緒にいるだけで緊張する。まあ、うん。なんというか。ただただ怖い。
今日は信長と一緒にある男のところに向かっている。会うのは何年ぶりだろうか。目的地に到着したのでインターホンを鳴らす。
「おーいヒデー。久しぶりー」
「あ、あ、久しぶりだね次郎くん。それにその…殿も一緒だ。」
「久しいのう、猿。」
「うん。散らかっているけど、ど、どーぞ。」
彼は
「と、殿。ひさしぶりだね。げ、元気にしてた?」
「うむ。長い間暗闇を彷徨ってはおったがな」
「そ、そうなんだね。でも…でもとにかく会えて嬉しいよ」
「まあ、儂はお主が知っておる『殿』ではないのだがな」
「……う、うん。聞いたよ次郎くんに」
ヒデには事前に信長の身に起こっている事について包み隠さず全て話しておいた。ヒデは信長のことを今でも恩人だと思っている。信長が戦国武将ごっこに誘ったおかげでヒデはよく笑うようになった。そして、秀吉役を完璧に演じようと努力した結果、今では歴史担当の塾の講師だ。今の彼がいるのは信長に影響されたおかげだと言っても過言ではないだろう。今日そんな彼のところに出向いたのは、ヒデなら今目の前にいる男が本当に織田信長なのかどうか、判断できるのではないかと思ったからだ。
「さ、さっそくなんだけど。と、殿。最後に覚えているのは、ひ、火だと聞いたんだけど、他にもおぼえていることは…ある?」
「その問いの真意は何じゃ?貴様、儂が本当に信長であるかどうか試しておるのではなかろうな?」
「ご、ご、ごめん。そういうのじゃないんだ。た、ただ、どうしてこんな事が起こったのか。ぼ、僕も直接会って話してみないことには信じられないというか、その、なんていうか……」
「無礼者っ!!もうよい。何かこの世の
やばい。完全にヒデが凍りついてしまった。まだヒデの家に到着して1分も経っていない。
「どうか怒りをお静めください信長様。ヒデならきっと今信長様に起こっている事象を解決できるはずです。なので無礼は重々承知しておりますが何卒、何卒です。はい」
「……ふん。まあよい。して、猿よ。儂が最後に覚えていることは何かと申したな。……思い出すだけで腹ただしいわ。義元め」
「よ、義元ですか?義元って、あの…い、今川義元ですか?」
いつの間にかヒデも敬語になっている。
「そうじゃ。あやつ、根絶やしにしたはずじゃがしぶとく生きておったわ。儂の軍はあやつの軍に完膚なきまでにやられた。」
「さ、最後に覚えていたのは…ひ、ひ、火ではなかったのですか殿?」
「たわけ。もうよいであろう。この話は忘れよ。次は儂じゃ。儂にも聞きたいことがいくつかある。」
「………」
ヒデは考え込んでしまった。それはそうだろう。歴史に詳しくない俺でもわかることがある。桶狭間の戦い。織田信長を知る上で重要な戦だ。その戦はもちろん信長が勝利を収めているが、この時の相手が今川義元だったのだ。ヒデが考え込むのも無理はない。信長は歴史上今川義元に勝っているはずなのに、当の本人である彼が敗戦したと言っているのだから。
……なるほど、そういうことか。今の信長の発言で俺の疑惑は確信に変わった。
おそらくこの信長と名乗る男、織田信長ではない。
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