異世界に転生したと思い込んでる信長くん
ケビン
第1章 転生者
第1話 儂の名は
俺の名前は
そもそも信長と名付けられたきっかけは父の過去にある。父の名前が多田野一郎で、小さい頃から「ただの(なんの取り柄もない普通の)一郎」とバカにされる人生に嫌気が差し、せめて子供には名前で負けないよう強い子に育ってほしいという思いから「信長」と名付けたそうだ。
父が歴史好きだという影響もあってか、俺は織田信長が大好きだった。小さい頃から歴史の点数だけは高く、時間さえあれば信長に関する文献を読み漁った。信長はまだ生きているんじゃないか。もし信長が現代にいたら日本はどうなっていたのだろうか。などの妄想をするだけでワクワクが止まらなかった。
いつから俺は自分の名前が嫌いになり始めたのか、もう覚えていない。今はなんの取り柄もない父なんかよりも名前負けしている悲惨な人生を歩んでいる。
ピンポーン
インターホンが鳴る。
「おはよう信長!すまん、寝坊したわ」
「おせーよ次郎。お前のせいで勝てないかもしれないだろ」
「大丈夫だって、勝負は焦っても仕方ないだろ。落ち着いて行こうぜ、な?」
次郎は相変わらずマイペースで必ずといっていいほど遅刻してくる。しかし次郎のキャラのせいなのか、或いは俺がもう言っても無駄だと諦めているだけなのか、次郎のことを全く怒る気になれない。一見こんなにだらしがないように見える男だが今では登録者が30万人を超えている、そこそこ有名なYoutubeチャンネルの主だ。
もし俺も「信長」ではなく「次郎」という名前で生まれていたらこいつみたいになれたのかもしれない。
「おい殿!何をボーっとされているんですか!早く出陣しましょうぜ」
「遅れたくせによくいうよ。それとその殿ってのと、わけのわからん敬語をいい加減にやめろ」
時刻は9時50分。ぎりぎり間に合うか。俺たちは戦支度をすませ、いざ戦場へと出陣した。
戦場に到着したのは10時2分。既に店は開店しており大勢の客で賑わっていた。
「ふう危ねえ、ぎりぎり間に合った。今日こそ勝とうぜ信長!」
「当たり前だろ、今日負けたら俺は明日からの飯が食えなくなるんだよ」
俺の所持金は3万円。このお金がなくなったら二週間後のバイト代が入るまでマジで金がない。絶対に負けられない。頼むぜ神様、仏様。
今日二人で打つ台はパチンコの「信長の野望」という台だ。俺はある理由でこの台を全く好きになれないが、空いているパチンコの台がこれしかないため打つしかない。それにしても、次郎は本当に変なやつだ。昔は当たり前のように二人でパチンコ店に行っていたのだが、最近では動画の撮影や編集で忙しいのか、行けたとしても二週間に一度ぐらいだ。そもそもこいつはパチンコを打つのがバカバカしくなるほど稼いでいるはず。なのに未だに俺のパチンコ生活に付き合ってくれる。次郎は明るくポジティブな人間で人当たりもいい。友達もたくさんいるはずなのに、なぜかこいつは暇さえあれば俺に連絡をしてくる。
俺は次郎という男が嫌いじゃない。本気でパチンコで食べていこうと思っている俺にも決して同情なんてしない。本気でやっているという事に関してむしろ応援してくれている。友達なら止めるべきなのでは?と誰かにツッコまれそうだが、それは俺には逆効果だということをこの男は理解している。
そんな、今では唯一の友達の次郎の台はたったの1000円で大当たりを引いている。相変わらず引きが強い。
「殿、お恥ずかしながら、わたくしめは今日も大将首を取らせていただきまして候!」
鬱陶しいな相変わらず。だが嫌いになれない
2時間が経ち、次郎は10万円勝ちという結果に対し、俺は一度も当たることなく給料日まで白米だけの生活が確定した。
「信長!勝った金で焼肉行こうぜ」
「いや、そんな気分じゃないわ。俺の人生は今日で終わったんだよ」
「なーに大げさなこと言ってんだよ。ほら、行こうぜ」
時刻は12時を過ぎ。少しお腹が空いていたものの今日の負けのショックの大きさからか、昼から焼き肉を食べる気になれず、パチンコ店の向かいにあるラーメン屋で食べることで合意した。
ふう。それにしてもなんで俺はいつもこうなんだ。せめて1万円だけでも残していればこんな気持ちにならずに済んだのに。スマホを見ながら改めてカレンダーを確認する。やはり何度見ても次のバイト代が入るのは二週間後だ。
この計画性のなさには嫌気が差す。何度パチンコをやめようと思ったか。大学を中退後、わけのわからない化粧品を高額で売りつけるネズミ講まがいのビジネスを始めたせいで俺の友人たちとは音信不通になってしまった。その会社はすぐに倒産。それからというもの、父から紹介された会社で働いてみたものの、半年で退社。好きなゲームの攻略ブログを書いてみても二つの記事を書いてその後放置。ネットカフェでバイトリーダーという名誉はもらったものの、バイトの後輩からは「了解です、殿(笑)」と馬鹿にされる始末。そういえば最後に彼女ができたのっていつだっけ。あー考えるのも面倒だわ。やっぱり今日ラーメン食べるのもやめようかな。
「信長!!おい信長!!!止まれ!!!」
ごめん次郎。やっぱり気分乗らないからラーメン食べるの次回にしよう。
そう言いかけたとき、聞いたこともない爆発音と女性の悲鳴が聞こえ、急な眠気に襲われ真っ暗な世界が突如現れた。
………
「タダ…さん」
「た…さん」
「きこえ…か」
「ただのさん」
「多田野さん。聞こえますか?」
………。
「よかった。多田野さんわかりますか?先生、多田野さんの意識が戻りました」
どのぐらい暗闇の世界を彷徨っていただろう。どこだここは。見たこともない光景。見たこともない白い服を着た男と女。
………。
「多田野さん。あなたの名前を教えて下さい。」
「名前?」
「そうです、あなたの名前は何ですか。教えて下さい。」
「名前…名前。…儂の名は……信長じゃ」
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