第2章「はきだめ」 7-4 脱出準備

 「え……ええ、背が高かったですが……痩せていたかどうかまでは……必至で逃げましたからね」


 「おそらく、それはエルフです」

 「エルフ!?」

 思わず、シュベールがプランタンタンを見た。

 プランタンタンも驚いて、


 「眼が銀灰色に光っていたのなら……もしかして、ゲーデルの山エルフでやんすかね!?」


 「聴いたことがある……ゲーデル山岳エルフ……確かに、魔力が高く、魔法に秀でているという……。し、しかし、そいつがどうして私を狙ったのでしょうか?」


 「私と接触していたからでしょう」

 「ストラさんと?」

 つまり、そのエルフはストラを狙っていることになる。

 「おい、なにか、心当たりがあるか?」


 シュベールが、プランタンタンを見やった。急に問われて、少し戸惑ったが、


 「え……ええ、あるっちゃあ、ありやあすが……きっとグラルンシャーンのヤツが、あっしの始末とストラの旦那へ報復をするべく、追手として山エルフの巫女戦士かなんかを出したんじゃあねえかと……」


 巫女戦士とは、魔法戦士のことである。


 「そのエルフは、フィッシャーデアーデにおける私の前の試合と、今回の試合とも観客席の隅で観戦していました。私の戦い方を観察していたのでしょう」


 「なんだって……!」


 シュベールは情報の大きさと多さに、情報工作将校ながら頭がクラクラしてきた。


 「で、では、まず……その、とにかく、五日後には、ストラさんは地下の魔族に攻撃を開始するのですね」


 「はい」

 「了解しました。市民の避難はおまかせを」

 立ったままのシュベールがそう云って、部屋を出た。


 ストラがまた窓の外の壁を見つめて微動だにしなくなり……プランタンタンとフューヴァが眼を合わせて、急いでギュムンデを脱出する準備を始める。


 「フューヴァさん、荷馬車を用意しておくんなせえ。なあに、持ってくものなんざ、御金様おかねさまぐれえなもんで。ですが、旅の最中に街道沿いのチンケな村や町じゃあ、金貨なんざ使えやせん。また、両替に……」


 「両替は、私が行きます」


 見ると、死んだ様に寝ていたはずのペートリューが、いつの間にか部屋から出てきていた。


 また例のところへ行くのだろうと思い、フューヴァが金貨を二枚(約1,000トンプ)を渡す。


 ペートリューが出かけ、フューヴァ、

 「……どんな荷馬車を買う? どこまで逃げるんだ?」


 「前に云ってた、ナントカとの国境近くのナントカっつうところでいかがでやんしょ?」


 「スラブライエンだよ」

 フューヴァが苦笑し、

 「じゃあ、二頭立てだな。手綱は引けるのか? アタシはできないぞ」

 「あっしはできるでやんす」

 そこは、さすがに元牧場奴隷だ。

 「じゃ、行ってくる」

 「アテがあるんで?」


 「ああ、いいウマと、頑丈な荷馬車を作ってる村まで行ってくる。街ん中じゃ、遠出用の行商馬車は売ってないからな!」


 「遠いんでやんすか?」


 「歩いて片道、半日くらいだ。明後日には帰ってくるよ。そこで馬車を待機させて来るから、いつでも出立できる準備を!」


 「合点でやんす!」


 フューヴァが行ってしまい、プランタンタンは一息ついた。それほど多くはないものの、しばらくは滞在するだろうといろいろ買い揃えたものもある。それらを、急ぎ整理しなくては。

 


 ケープ姿のペートリューは、先日訪れた両替商へ急いだ。この街で数少ない……いや、唯一であろう良心的老店主とその家族を、逃がさなくてはならない。ストラがこの街の地下施設をぶっつぶすと宣言したからには、おそらく大地震でも起きたかのように、街は中心部から陥没して完全に壊滅するだろう。


 急ぎ足で進んでいたが、通りをひとつ越えるだけで息が切れた。完全に運動不足なのと、酒ばかり飲んでいるからだ。


 しかし、息を切らせながらも足を止めず、急いだ。昼間なので、通りが閑散としていたのも良かった。


 角を曲がり、どんどん裏路地へ入ってゆく。そして、目的の店がある建物へ近づいた。


 「おじさん、いる!?」


 と、云おうとして、ペートリューは愕然と立ち止まり、弾む息の音だけが路地に響いた。

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