第1章「めざめ」 5-2 直訴

 

 「探知。未知素粒子の集合体が、リーストーン城よりタッソへ向かって飛行するのを確認しました。放ったのは、ランゼなる魔法使いです。目的は伝達と思われます」


 領主が城を出て町へ現れるのを通りの裏路地で待っていたとき、ストラがいきなりそう云い放った。


 「そ、そんなことまで分かるんですか!」

 ベンダの驚きも、もっともだ。ペートリューが目を丸くして、


 「ま、間違いなく、伝達カラスの魔法です! きっと、私達がタッソにいることを報告したのでは!?」


 「ってえこたあ、でやんすよ。やっぱり、そのお偉い魔法使いさんは、真っ黒けっけってことでやんすね?」


 ふぅー、と大きく息をつき、アルトナが肩を落として天を仰ぐ。


 まさか、グラルンシャーン、代官、そして領主側近の魔放使いの三者がグルになって、タッソの卸商組合をつぶそうとしていたとは。


 絶望的な状況だ。

 一縷の望みは、この直訴だ。この直訴にかかっている。

 「しかし、よもやでやんすよ、領主様のご命令だったら、いかがいたしやす?」

 ヒュ! と引きつったように息をのみ、密使二人が目をむいた。 


 「そ……それじゃあ、直訴など自殺行為……!」

 二人は、真っ青になった。

 流石に、ペートリューがプランタンタンの手を引っ張った。


 「な……なんでやんす」

 珍しく能動的な行為に、プランタンタンも戸惑う。

 「よ、余計なこと云わないで! お金まだもらってないんでしょ!?」

 耳元でそうささやき、プランタンタンも口へ手を当てた。


 そうだ。彼女たちは、組合がどうなろうと知ったことではない。密使二人を、生きてタッソまで連れ帰るだけでよいのだ。二人が絶望のあまり脱走したり、自殺したり、逆上して領主やランゼへ襲いかかったりなどしたら、一巻の終わりである。


 「ま……まあまあ、まずは旦那の云う通り、外出するご領主様に、直訴いたしやしょう! は、それからで……」


 そう、取り繕って、二人がうなずき合ったのでプランタンタンも額の汗をぬぐう。

 (あぶねえあぶねえ、どうもあっしは考えるより先に口が動くでやんす……)

 それに救われたこともあるし、死にかけたこともある。


 やがて、朝一番で引見を終えた領主が、昼前に出発するフランベルツ商人たちを見送るため、城の正門から出てきて大通りを進んだ。立派な馬に乗り、隊商を引き連れ、警備兵に囲まれて、通りを比較的ゆっくり進む。


 そこへ、いきなりベンダが駆け寄ろうとしたので、プランタンタンが止めた。

 「い、今はマズイでやんす! 帰りを狙いやしょう!」

 「そ、そうだな……」


 ベンダも我に返って、深呼吸した。

 やがて、裏通りからも見える位置を行列が通る。

 「……け、警備が、やけに多くないですか?」


 毎日、飯代の分を酒に変えてスキットルのような真鍮製の入れ物に入れているペートリューが、緊張を緩和するように一口飲んで、つぶやいた。


 しかし、そう云われてもペートリュー以外、分からない。

 「そうなのか?」

 「そうです、いつもの……倍以上います」


 「隊商がそれだけ、重要な人物なのでは?」

 「それは……分かりません」

 必然、何か啓示でも求めるように、ストラへ視線が集まった。


 「ランゼという魔法使いがタッソへ我々の存在を伝達したと仮定すると、我々の直訴を警戒していると推定するのが妥当です」


 ベンダとアルランが、苦悶に呻く。

 「敵もやりやすねえ……」


 プランタンタンも目を丸くして、居並んで歩く手槍を持った兵士達を凝視した。

 「ですが、ということは、領主は今回の件にたずさわっていない可能性が高いです」


 「そりゃそうでやんす! 警備を厳重にするってこたあ、ご領主様に知られたら、やっぱりマズイんでさあ!」


 「そ、そうか……! ウ……」


 アルランが顔を明るくしつつも、腹を抑える。緊張と落胆と希望の激しい入れ替わりで、胃が痛くなってきた。


 「大丈夫でやんすか?」

 「あ、ああ……」

 アルランが、何度も深呼吸をした。


 まんじりと行列が過ぎるのを待ち、ダンテナを出て街道へ続く場所で領主が馬から降り、市民と共にフランベルツへ戻る隊商の行列を見送って、やがて同じようにして戻ってくる。


 しかし、領主の周囲は行きにもまして兵士がガッチリと四方八方を固め、とても近づけるような雰囲気ではなかった。

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