第3話 先ずはこの俺を倒すことだ

 ネロ・カルビノン出航から約3時間半後、空、海上、海中の三方に敵と思しき反応を発見した一行。


 ほとんどのメンバーが初めてであろう海上戦の火蓋ひぶたが慌ただしく切られる。


「敵襲ですっ! レイさんは航行正面の敵へ主砲で攻撃を開始っ!」

了解Copy


 ドゥーウェンの指示が飛ぶ、レイが右目に何やらスコープらしきものを装着しつつ応答する。


 彼女は最初から主砲の前に陣取っている、強化プラスチックでおおわれたキャノピーが主砲には付いているので常時待機していられるのだ。


「その他、戦える者は全て甲板上に出てください。特にベランドナは後方………北西の方角へ雷神カドルで先手をっ! 不死鳥化したリイナさん、それにルシアさんは、ブリッジを死守っ!」


「マスター、了解しました」

「言われなくてもっ!」

「私も全力をくしますっ!」


 ベランドナ、ルシア、リイナがそれぞれ応答しながらブリッジを飛び出してゆく。


 出航前こそ勇み足で「馬鹿」とののしられたドゥーウェンだが、何だかんだ言ってこの戦艦を発案しただけのことはある。


 実に的確な指示が矢継やつばやに繰り出されるのだ。


 特定の指示を受けなかった連中も甲板上に次々と駆けてゆく。なおドゥーウェンよりアイリスの許可は出ていない。温存しろということだと各自勝手に解釈かいしゃくする。


「ヴァーミリオン・ルーナ くれないウィータ、賢者の石がその真の姿を現す…………」


「エル・ジュリオ・デ・ディオス。雷鳥よ、神の裁きよ…………」


 疾駆しっくしながら不死鳥フェニックス雷神カドルの詠唱を始めるリイナとベランドナ、実に頼もしい表情だ。


 レイが正面に映った敵の一番密集してる所へ狙いを定めようをする。このスコープは暗中でも相手の体温………それどころか脈拍や呼吸の乱れすら感知出来る優れモノだ。


「お先に行くぜっ! 狙い撃つッ!」

「………我が力となりて敵をほふれ、『雷神カドル』ッ!」


 初弾を放ったのはやはりレイだ、この戦艦の1/3もある砲身を向けて引き金を引く。


 秒も差がない状態で甲板に出たベランドナが二番手、風の精霊術に頼らず、その身体能力だけで跳び上がってジャンプしてから、最高点で雷神カドルを呼ぶ。


「………炎の翼、鋼の爪、今こそ羽ばたけ不死の孔雀くじゃく 我に応えよ『不死鳥フェニックス』!」


 少し遅れてリイナも甲板に飛び出しながら不死鳥の詠唱を終えた。他の仲間達も続く中、前方へ主砲が轟音ごうおんと共に火を噴いて、後方へは巨大な雷の輝きが真っ直ぐに飛んで行く。


「うぉっ!? こ、これは、この輝きは普通じゃねえっ!」


 これは引き金トリガーを引いた当人であるレイの驚くさまである。


 確かに弾丸には違いないが、輝きを帯びながら通常の大砲とは到底思えぬ飛距離を稼いだのだ。


 しかも被弾した鳥人間ハーピーやキマイラなどを消し散らしながらである。


「………電磁砲レールガンか」


「その通りです。今、用意出来る最大出力を誇る砲撃と言って間違いないでしょう。にしてもレイさんの射撃は実に的確ですね」


 その破壊力を見たサイガンが明かした正体、レールガンとは火薬の代わりに電磁誘導でんじゆうどうを応用し弾丸を発射する武器。その飛距離と速度、火薬とは比較にならない。


 2000年代前半には既に兵器として実用化した記述もあるこの兵器。2092年からやってきたサイガンとドゥーウェンに取って、実は古めかしい技術の応用。


 ただ強大な電力を必要とするこの兵器をどうやって軍艦上に持って来たのか………。


 その答えはベランドナが召喚する雷の精霊術の応用だ。召喚した精霊を砲身へ付与エンチャント、勿論火薬も使っている。


 撃ち出す瞬間に火薬を使い、電撃を帯びた砲身を銃弾が抜けてゆけばそれは電磁砲に化ける。精霊術と科学の融合による代物しろものなのだ。


 レールガンの説明が少々長くなってしまったが、ベランドナが放った雷神カドルも夜空に雷撃の道を描きながら、大勢の敵を殲滅せんめつした。


「風の精霊達よ、この者らに自由の翼を! 加えて勇気の精霊よ、この者らにお前の勇気と翼を『戦乙女バルキリー』!」


 自由落下しながらベランドナが連続で詠唱した精霊術。しかも甲板に出た仲間達全てを対象とする辺り、流石精霊術のスペシャリスト。


 これにはサイガンより同じく精霊術を得ているルシアですら、驚きで緑の瞳を大きく見開く。


「ヤレヤレ………私の仲間達は本当に規格外きかくがいだな、これが仮にも人の力か」


 呆れて思わず愚痴ぐちっぽくなる戦斧の騎士バトルアックスのジェリド。その脇を不死鳥を取り込んだリイナが舞い、ブリッジの前で静止する。


 15歳になった自分の娘こそが、この短期間で規格外と化した最たる人物かも知れない。


「えっ? 前方より熱源多数! こ、これは………」

「亜人族が暗黒神の魔法? 恐らく爆炎フィアンマ!」


 レイが撃ち漏らした連中………ハーピー達が爆炎フィアンマ呪文スペルを唱え、キマイラが炎を吐く。レイの主砲は次弾を装填そうてんし切れていない。


 だがそれらが此方に着弾したかと思いきや、見えないシールドによって届かぬ所で爆散した。


「フフッ……自由の爪オルディネのシールドをお忘れなく……」


「………それにしても高度な知能を必要とする魔法を操るのか、油断ならんな」


 余裕の笑みで一瞥いちべつをくれるドゥーウェン。その後ろでサイガンは、名もなきハーピー達ですら魔法を使えることに警鐘けいしょうを鳴らす。


「海中の敵兵力への攻撃を怠るなっ! 半魚人マーマンやマーメイドならば同じく魔法を使って来ると思えっ! 海中には亮一りょういちのシールドも届かんっ!」


「魚雷一斉発射っ! 目標敵兵力っ!」


 早速次に魔法を使うとおぼしき連中への対処を命ずるサイガンである。応じてレーナ……例の女性クルーが魚雷担当に伝令を送る。


 水中から魔法を使われるのも厄介やっかいだが、夜半の黒い海から敵がよじ登ってくるだけでも脅威きょういだ。


 即座に魚雷が発射され、炸裂さくれつ音と共に海が大きく爆ぜて船を揺らす。


 ―サイガン、俺とルシア………二人のアイリス。緑色の輝きであれば時間制限を気にすることはないんじゃないか?


 ―…………それはどうかな、ローダよ。知っての通りあの力は、お前達の子供が必要と認めた時に生じる力だぞ。


 接触コンタクトを用い、ブリッジにいるサイガンへ提案するローダであったが、返って来た指摘には思いの外、説得力があると感じた。


「これしきの力、自力でどうにかしろってことか………了解した」


 博打ばくちでアイリスをもちいて、もしその色が赤いとするなら、数時間は使えなくなる可能性が高い。


 未だルイスもノーウェンも、フォウすらも此処にはいない。フォルデノ城で本気アイリスを出せぬようでは元も子もない。


 そこへ不意を打った攻撃、高質化した羽らしきものが飛んで来て甲板に突き刺さろうと迫ってくる。ハーピーの羽らしい。


「ハァッ!」

「やらせんっ!」


 甲板上スレスレの位置で待機していたジェリドとプリドールがこれらを全て弾き飛ばす。


 何時になく機敏きびんな動き、恐らくベランドナの戦乙女ヴァルキリーが効いている。


「貴方っ! これしきの攻撃で慌てることはなくってよっ!」

「そうですローダ兄さまっ! もし敵が此処まで届いたとしても何とかなりますっ!」


 少し自分より上空、ブリッジの前付近からルシアとリイナのげきが飛ぶ。同じタイミングにレイの電磁砲レールガンが火を噴いた。


 ローダの目では追いきれない程の敵も粉砕してゆく。その光景に自分の心配が杞憂きゆうだと思い知らされた。


「だなっ、仲間達の力だけじゃない。このネロ・カルビノンとそれを操る皆も実に頼もしい」


 ローダは自分が気負きおい過ぎていたことに気づき、少しだけ顔を緩ませると改めて愛刀のロングソードを構え直した。


「俺らしくもない………皆と共に真っ直ぐに飛べばいいだけのことっ!」


 勢い良く船を飛び出して、ネロ・カルビノンの進む海の直上にいたキマイラを一振りだけで両断した。


「この軍艦ネロ・カルビノンを沈めたくば、先ずはこの俺を倒すことだ」


 …………この船の行き先を邪魔する者は、全て自分が斬り開く。まるで航海の守護神を気取るようなローダの態度がそこにはあった。

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