第7話 ネッロ・シグノの根城でのお戯れ

 此処はアドノス島の王都、フォルデノ王国の城である。見た目こそ余り派手でないが、城壁が非常に高い。


 例え仮に登りきれたとしても、城壁の上の通路に辿り着く前に、大きく横に張り出した石壁をなんとかしなくてはならない。


 上の通路には兵士が昼夜交代で監視を出来るやぐらが9つ存在し、常に目を光らせている。


 城の中には城下町の住民達が1カ月は、暮らせる事を想定した食糧庫がある。そして同じく籠城戦ろうじょうせんを想定した武器庫が存在する。


 よく西洋の城中にありがちな、金銀財宝を保管する宝物庫というものは、この城には存在しない。

 それらは細かく分割され、アルデノ島の各所に隠し場所が存在した。


 フォルデノという国は、元来この島の民衆を守るために建国された。


 なれど今やこの城は、元々の主を失い、黒い剣士一人を守る強固な要塞ようさいとして、本来守るべき民衆達の前に立ちはだかる巨大な障壁しょうへきとなってしまった。


 元々この島の戦端せんたんを開いたのは、既に語った通り、前フォルデノ王であった。


 しかし約4年半、各自治区の民衆軍相手に戦ってはみたものの、結束した民衆達は王国をしのぎ、フォルデノ兵は退却を余儀よぎなくされた。


 実は民衆軍が強かっただけではなく、そもそも望まない戦いをいられた国王軍の士気が低かった事が最大の要因らしい。


 国王はこれ以上の戦争状態が続けば、この島を疲弊ひへいさせ、大陸の列強諸国れっきょうしょこくに付け入るすきを与えるだけだと悟った。


 また、我が島全土の戦力を改めて思い知り、これならばフォルデノ一強でなくとも、この島国は今の体制で十分支えられる。


 国王は自分の過ちを認め、和平交渉に動こうした矢先………マーダ率いる黒の軍団が王の御前に現れた。


 マーダは「王に絶対の忠誠ちゅうせいと、王国に必ずや勝利と恒久こうきゅう平和を実現致します」と誓いを立てた。


 彼の兵は約100。対する自治区連合軍は、およそ2000。

 自治区連合軍は、国王を王座より引きずり降ろそうと、隣のカノンに集結していた。


 国王は勝てる訳がないとたかをくくり「まあ好きにやってみるが良い」とうながした。


 するとわずか3日後、自治区連合軍は過半数の兵を失い、敗走したという耳を疑う報告を受けた。


 次にマーダは各自治区の砦を3カ月で手中にして、フォルデノ王に献上けんじょうすると宣言した。


 ひとつの戦いだけであれば矮小わいしょうな軍が、大軍を退けた事例は、歴史上数多く存在する。

 けれど各砦で守備を固めた相手を攻め落とすのは容易よういな事ではない。


 国王はマーダの進言通り「3カ月だけ、但しそれ以上は認めない」という条件付きで、これに応じる事にした。


 王はあくまで、各自治区の民衆軍が、この強いマーダの軍を蹴散らして、アドノスの国力未だ健在である事を世に知らしめると確信していた。


 この戦いが終われば、自らはその責を負って、極刑を受け入れよう。

 そしてこの戦争を乗り越えた先に、真に強きアドノスが誕生するのだという、シナリオを描いたのだ。


 しかし黒の軍団の進撃は、王の想像をはるかに超えるものであった。


 手始めに一番の勇猛ゆうもうと知られるラファンを落とし、続いてカノン、ロッギオネ、エドル、ラオの砦を次々と陥落かんらくさせた。


 最後に残ったエディンは、自治区の長が自分の命と引き換えに、ほぼ無血で砦を明け渡したのである。


 エディン自治区のこの行いは、実の所、余り戦力を浪費することなく、今は甘んじてこの状況を受け入れておこうという策略さくりゃくであるのだが、この話はいずれ語ることにする。


 国王はマーダのとてつもない力に、自らの行いを後悔したが、時既に遅し。

 フォルデノ城内の黒の軍団は、勢いそのままに反乱を起こした。


 マーダにしてみればこれは反乱ではなく、元々予定していた侵略である。


 王族達は皆、ただの哀れなむくろと化した。生き残った国王軍は降伏し、白い鎧を黒に染めて、服従ふくじゅうを余儀なくされた。


 こうしてマーダは、たった半年で国王の座に就いて今日こんにちに至るのである。


 ◇


 元・フォルデノ王の寝所。黒の剣士はここのソファに座って、葡萄酒ぶどうしゅを飲んでいた。


 酒の味を楽しんでいる訳ではない。水の代わり、彼にとっての酒とはその程度の存在でしかない。


 嗜好しこうというものに興味がなかった。だが最近彼はとある快楽を覚えた。


「呆れたものだな、功をあせり、破れて帰って来るとは………treトレノは降格かな」


 正直どうでもいい……これがマーダの本音であり、この発言も本意ではない。

 余裕な態度を切らすことなく、次に巨大なベッドの方へ視線を送る。それは一人が寝るには余りにも広大過ぎる。


 そのベッドの上には黒くて短い髪の女が、シーツでその身を包み、端に座っていた。

 話が自分クワットロ一つ上にいる男の話トレノの話だと気がつくと、彼女は首を横に振って微笑んだ。


「それでも私はフォウ4番目が良いのです。我儘わがままをどうかお許し下さいませ」


 穏やかな笑顔でそう言ってフォウは、深々と頭を下げる。


「フフッ……判っておる。我も貴様の事をフォウと呼ぶ方が心地良い。今さら、他の呼び名など思いつかぬよ」


 マーダは優しく微笑むと、彼女に向かって両掌を差し出す。まるで甘えている子供の様だ。


「何ともありがたきお言葉でございます………」


 再び頭を下げてから、ゆっくりとその身を起こすフォウ。シーツで包んだだけであるので、彼女の凹凸があらわになっている。

 その動作一つ一つが全てあやしく、そしてなまめかしい。


 男の正面に立つと、身を隠していたシーツを自らぎ取り、男の頭を胸の膨らみで包み込み、その身体を優しく抱いた。


 あの狂戦士ローダとの戦い以降、マーダの寝所は、すっかり二人の寝所となっていた。


 フォウにとっては、何物にも代えがたい喜びの一時。マーダの中にあるちょっとした男性の気まぐれであっても構わない。


 この部屋にいる時だけは、一軍の将とその部下ではなく、ただの男と女として触れ合って身体を重ねていった。


 今の自分は彼にとって4番目ではなく、唯一の存在なのだ。


 幸福、快感、愛情、楽園、どんな言葉を使っても安っぽいと感じる。

 そんな言葉で表現出来る気持ちではないのだ。


 一方、男であるマーダの方は、実に不思議な感覚であった。彼はこれまで女を求めた事が皆無であった。


 あの狂戦士との戦いの最中、初めて他人に優しさを求め、フォウは実に応じてくれた。


 人の温もりを感じた彼は、初めてその先が知りたくなった。

 彼はこの得体の知れない感情を探求する様に、彼女を幾度いくども求め続けるのである。


(この感情も身体を借りているこの男の意識から来ているのだろうか……)


 行為に及んでいる間もその理由を追い求める………だが未だ答えは見つかりそうにない。


 ◇


 マーダが率いる黒の軍団『ネッロ・シグノ』は、元々フォルデノにいた正規の兵士達とは別に、彼が自分の好みで集めた連中がいる。


 それは人間だけにあらず、ダークエルフや巨人、人の姿をしていない者もいた。彼らはアドノス島の出身でない者も混じっている。


 その中でも彼が認めた実力者10名は、ヴァロウズと呼称され、実力順に数字を当てがった名前を与えて名乗る事を許されている。


 ノーウェン

 ドゥーウェン

 トレノ(エストックの剣士)

 フォウ・クワットロ(暗黒神の魔導士)

 ティン・クェン(拳闘士)

 セイン

 セッティン

 オットー

 ノヴァン

 ディエティン


 ただ、この10名が一同にかいした事はない。ヴァロウズの所在と生存と能力を全て把握しているのは、マーダだけである。


 実力順と言ったが、それぞれがひいでた能力は全て異なり、特に測った訳でもない。

 要はマーダが呼びやすい名を与えた者達というだけのことだ。


 加えてこの名を使う事を強制はしなかった。

 例えばフォウは、本来クワットロなのだが、自らの母国語であるフォウを名乗る事を主に進言し、クワットロはミドルネームとする事を許された。


 また彼らはマーダの命令なしで、自由に戦う事を許されている。

 よってディオルの町で決闘を挑んだエストックの剣士の行為も問題にはならないのだ。

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