第28話 貴方がいないと
拓海とケンカをして一週間が経った。
気まずい。とても気まずい。
今まで私がいるからと拓海に話しかけなかったクラスの女子たちがガンガン拓海に話しかけに行ってるし、風間くんもグイグイ来るし、とても気まずい。
そして、拓海のことが好きかもしれないと告白した美琴ちゃんにはめちゃめちゃ睨まれている。
そんな目で見ないでほしい。
私だって今の状況がよくないことぐらいわかっている。
わかっちゃいるけど動けるかというと、そうじゃないのだ。
自分から謝りに行くのもなんだか悔しい。
だって私悪くないし。
突然因縁をつけてきたのは拓海のほうだろう。
なぜ私が謝らなければいけないのだろうか。
「いおりちゃんさぁ、このままじゃマズいよ」
昼ごはんをむしゃむしゃと食べていると、美琴ちゃんが顔をしかめてポツリとつぶやいた。
「ひゃい」
「飲み込んでから話しなよ……」
「んむ」
ごくん、と口の中のものを飲み込む。
ゴクゴクと水筒のお茶を流し込む。
「わかってるけど」
「よし、拓海くんに告白しよう!」
ぐっと握り拳を作った美琴ちゃんは気合十分だ。
しかし、ケンカをして一週間も拓海のことを避けまくっているこの状況で、いきなり告白なんてできるメンタルは持ち合わせていない。
おまけに拓海は最近クラスの女子と仲良さげなのだ。
前までならベタベタと触ってくる女子に「距離近い」と顔をしかめていたのに、今は「はいはい」といった様子で受け流している。
拓海のことが好きだと気づいたのに、どうしてこうなってしまうのだろう。
好き、の一言が言えたらよかったのか。
拓海は言ってくれないだろうから、私から言うしかないんだけど……。
「……できないよ」
「どうして?」
消え入りそうな声を吐き出した私に、美琴ちゃんは優しく尋ねる。
「拓海くん、私のこと嫌いになったかもしれないし」
「あの拓海くんが? ナイナイ。拓海くん、今でもいおりちゃんのこと見てるよ」
そう言ってケラケラと笑いながら美琴ちゃんが話してくれた。
女子と話をしながら、チラチラと私のほうに視線を向けていること。
風間くんに私が絡まれていると、視線だけで殺しそうなほどの勢いで睨んでいること。
……全っ然気づかなかった。
たまに女子と話してる拓海のほうを見ると目が合って気まずいからすぐ逸してたけど、あれってもしかして拓海が私のこと見てたから目が合ってたの?
まだ、想ってもらえているのかもしれない。
こんなダメダメな私のことをずっと好きでいてくれるなんて物好き、拓海ぐらいなものだろう。
その気持に応えたい。
一度目の人生では叶わなかった。
「……私、行ってくる」
「うん。ガンバれ、いおりちゃん」
「ありがとう、美琴ちゃん!」
ぐっと拳を掲げた美琴ちゃんに手を振って走り出す。
私、バカだから。鈍感だし、グズだし。
だから、一度目の人生では間違えてしまったのだろう。
私を好きだと想ってくれる拓海の気持ちを無視して、幼なじみという立場を強いて、なにも考えてなかった。
拓海がどれだけ苦しかったなんて、想像したこともなかった。
ただそばにいるだけじゃダメだったんだって、今ならわかる。
好き、に応えてくれないことがこんなに苦しいことだって、私も知ったから。
拓海、貴方に私の気持ちを伝えたい。
好きだよって。ずっとそばにいてほしいんだって。
貴方に今すぐ言いたいよ!
「矢島くん、好きです!」
廊下を走っていると、そんな声が聞こえた。
中庭だ。視線を向けると、拓海と見知らぬ女子が対面していた。
拓海が、告白されてる?
心臓がぎゅうっと絞られたように痛む。
見知らぬ女子はとってもキレイな子だった。
腰まで流れるツヤツヤのロングヘアーは痛み知らずで。ぱっちりと開いた目はうるうると艶っぽく。真っ赤な唇はプルプルで。透き通るような白い肌で。手足は細く折れそうなほど。
白い頬を熟れたリンゴのように真っ赤に染めて、見知らぬ女子は拓海の返事を待っていた。
……拓海、なんて答えるんだろう。
ドキドキと心臓が跳ねる。
喉は乾き、ヒリヒリとヒリつく。
ぎゅっと握り込んだ手のひらにじっとりと汗がにじむのがわかる。
「ごめん」
それが拓海の声だと、遅れて気づいた。
はっと顔を上げるが、私の位置から拓海の顔は見えなかった。
「……どうして? もしかして、例の幼なじみ?」
「さぁね」
「なんでよ! あんな子より、アタシのほうがずっとずっとかわいいのに!」
ヒステリックに叫ぶ見知らぬ女子は、ぱっちりと開いた目から大粒の涙を流している。
「かわいいとかそういうんじゃねーよ。オレはアイツがそばにいないと生きていけない、そんだけ」
バッサリと言い放つ拓海に見知らぬ女子は「最低!」と叫んで走って行った。
正直容姿のことを突っ込まれたのはとても心が痛いけど、それよりも拓海の言葉が嬉しかった。
私は弾けるように走り出す。
拓海の元へ、早く、早く!
「たく、み……くん。はぁ、はぁ……」
「いおり……? って、どうした。すげー息切れてるけど……」
久しぶりに全力で走ったせいで体力弱々の民は瀕死だった。
ぜぇはぁと荒い呼吸を吐き出す。
数分経って呼吸が落ち着き、拓海をキッと見据える。
「……何だよ」
警戒するように後ずさる拓海の目を真っ直ぐ見つめる。
心臓が爆発しそうだ。ドキドキ、ドキドキ。激しく脈打っている。
すぅ、と軽く息を吸って吐き出す。
ぎゅっと手を握り込み、爪を皮膚に食い込ませる。
「私、拓海くんのことが好き」
声は震えていた。
感情が高ぶっているからなのか、目に涙の膜が張る。
「……やめろよ、そういうの」
拓海は苦々しい顔をして顔を逸した。
握った拳が震えている。
「本気だよ! 嘘でも冗談でもない。私は拓海くんのことが好き」
伝えることしかできない。
私は今まで拓海のことを傷つけてきたから、繰り返し伝えることしかできない。
「私、バカだから。また間違えるところだったよ……でも、もう間違えないよ。私、一人じゃなんにもできないグズだから、拓海くんがそばにいてくれないと、ダメ、みたい」
ずず、と鼻をすする。
目から勝手に涙があふれて、頬を伝う。
私のことをずっと想ってくれた、大切な幼なじみ。
たくさん傷つけたけど、それでもそばにいることを選んでくれた。
「……いおりは、オレが嫌いなんだと思ってた」
「え、なんで?」
「だって……嫌がるいおりのこと、とじ、とじごめで……」
突然グズグズと泣き始めた拓海に驚いて私の涙が引っ込む。
拓海が泣き出すなんてこと、今までなかったのでアワアワと慌てることしかできない。
「えっと、ハンカチ使う?」
「いらねぇ……」
「閉じ込めたって、どういうこと?」
「お、オレぇ……う、いおりのこと、閉じ込めて……無理やり、抱いたから……」
拓海は一体、なにを言っているのだろう?
それはまさしく、私が歩んだ一度目の人生のことじゃないか。
ずず、と鼻をすすり、拓海はべそべそと泣きながら話を続ける。
「ずっと好きで、でもいおりはオレのこと、好きじゃないからツラくて……閉じ込めて、そしたらオレだけ見てくれるかもって……」
「たく、み……くん。拓海、それは……」
「でも、いおり、出て行ったから……オレのこと、嫌いだから……。いおり、探してる途中で、事故に遭って……」
なんてことだ。
私が湊くんに刺されて死にかけている同時刻、逃げ出した私を追いかけた拓海は事故に遭っていたなんて。
「声が……聞こえ、たんだ。やり、直すか? って……だかっ、ら……」
……そんなこと、ある?
私が死にかけているときに聞こえた謎の声が、拓海にも聞こえていた?
同じだ。私と拓海は、死にかけているときに聞こえた謎の声にうなずいた。そして、二度目の人生を生きている。
「……私も、だよ」
「え」
「声が、聞こえたんだ。私は拓海の元から逃げ出した先で、湊くんに殺されたんだけど」
「は……湊に? なんで」
「家を出て行ったから裏切り者だって。死にかけてたら、声が聞こえた。やり直すか? って。うなずいた。そしたら、五歳の私になってた」
「そんな、ことが……」
私と拓海、二人に起こった不思議な出来事。
一体なんだったのだろう。
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