第19話 キレイなお姉さんはお好きですか?

 さんさんと降り注ぐ太陽の光。

 前日まで降っていた雨粒が木々に残り、陽の光を浴びてキラキラと輝いている。

 気温は三十六度、カラッとした湿度の少ない爽やかな暑さ。

 絶好のプール日和、だった。

 水着とタオル類を放り込んだカバンの肩紐を握りしめ、靴を履く。

 つま先を地面に叩きつけ、かかとまで靴の中に押し込む。

 玄関の扉に手をかけ、リビングにいるお父さんと湊くんに声をかける。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

「行ってらっしゃい、姉さん」

 二人の声を背に、外へ歩き出す。

「よ」

 家の門を出てすぐのところで拓海が腕を組んで待っていた。

 黒のTシャツにジーパン。ゆるい格好だ。

 対する私も水色のTシャツに白のはハーフパンツと、かなりゆるい格好をしている。

 拓海はゆるりと片手を上げて挨拶をしてくる。

「や」

 軽く挨拶を返し、並んで歩き始める。

 じりじりと照りつける太陽に自然と眉が寄る。

「昨日の歌番見た?」

「あー、アニソン歌ってたのだけ見た」

「ブレねぇな」

 はは、と小さく笑う拓海の横顔をチラリと盗み見る。

 夏になって、少しだけ日焼けしてたくましくなっている。

 春に染めた金髪は染め直したようで、陽の光に透けている。

「ピアス、増えてない?」

「おー、増やした」

 拓海の耳には三つピアスがくっついていた。

 入学時には一つだけだったのに、日に日にチャラさが増している。

 開けるとき痛くないのかな……と、そんなことが気になってしまう。

「いおりも開ける?」

「絶対痛いからイヤ」

「ちょっとだけだって」

「無理!」

「ビビリだなぁ」

 楽しそうに笑っている拓海は見るからに上機嫌だ。

 ピアスなんて怖くて開ける気になれない。

 耳たぶを針が貫通するなんて、軽い拷問みたいなものじゃないか。

 ……そういえば、一度目の人生で久しぶりに会った拓海は、ピアスを開けていなかった。

 もう就職先が決まっていたから、というのもあるかもしれないけど。

 髪も黒くて、中学のときのまま大きくなったみたいな大学生だった。

 卒業式の夜、スーツを着て家に来た拓海のことを思い出して、少しだけ胸が痛む。

 拓海は私を閉じ込めている限り、ぐっすりと眠ることはなかった。

 私より後に寝て、私より先に起きる。

 私が逃げ出さないように監視するために、安心して眠れなかったんだろう。

 閉じ込めて安心できると言っていたけど、体は休まっていなかったに違いない。


「電車混んでっかな」

「休みの日だしねー」

 ホームに入ると予想どおり大勢の人が電車を待っていた。

 休みの日だからなのか、大きなキャリーケースをガラガラと引っ張っている家族連れもいた。

「いおり、こっち」

「ありがと」

 拓海が一人分の席をなんとか確保してくれたので、ありがたく座らせてもらう。

 街の大きなプールまでは電車で片道二十分ほどかかる。

 電車内ではお互いに携帯を見て過ごすものだと思っていたけど、やたらと拓海が話しかけてくる。

「期末テストどんな感じ?」

「あー、ボチボチかな」

「今度家こねぇ? 勉強教えてやろうか」

「いや……大丈夫、かな」

 いくらおばさんがいるとは言え、拓海の家に行くのはマズいだろう。

 勉強は正直ボチボチというかギリギリを攻めている感じなんだけど、自力で頑張るしかなさそうだ。

 それか美琴ちゃんに教えてもらうか……?

「何で。いーじゃん、教えてやるよ」

「いや、大丈夫だって」

「……とか言って、試験前に泣いついてくんなよ」

「しないよ」

 泣きつく相手は拓海ではなく美琴ちゃんだろう。 

 私に断られたことが気に入らなかったのか、拓海は少しだけ不機嫌になったものの、平和な時間が流れプールに着く。


「人、多っ」

「やっぱ混んでんなー。はぐれないようにしろよ」

「はーい」

 ビシッと敬礼もどきみたいなことをしてふざけていたら、自然に手を握られた。

「え……拓海、さん?」

「……迷子センター行くのもメンドーだからな。行くぞ」

 離すことは許さん、と言わんばかりにぎゅっと強く握られ、私は死んだ魚のような目になりながら拓海に引っ張られる。

 なんでこうなるかなぁ。

 絶対傍から見たら恋人なんですけど? いやいや、冗談キツいですわー、はは。

 はぁ、拓海にリードされてる……。

「いおり、オレこっちだから。着替えたら自販機の前で待ってろ。勝手に動くなよ」

「ママぁ」

「誰がママだ。いいか?」

「イエッサー」

「はいはい。じゃ、また後で」

 更衣室の出入り口で拓海と別れ、女子更衣室に入る。

 中には私と同じ年ほどの女子グループが楽しそうにキャッキャと話しながら着替えていた。 

 はよ着替えよ。

 タオルで体を隠しつつ、素早く水着に着替える。

 美琴ちゃんが選んでくれた水着は桜色の布地に白や黄色などの小花が散りばめられたかわらしい物だ。

 スカート丈は私の決して細くはない太ももを程よく隠してくれるので恥じらいを持たずに着ることができる。

 美琴ちゃんには「もっと照れ顔したほうがカワイーのに」と言われたけど、私の照れ顔なんて見ても仕方ないだろう。 


 着替え終えたらさっさと更衣室から出る。

 拓海に指定された自販機へ向かおうとすると、拓海の後ろ姿がちょうど見えた。

 声をかけようと片手を上げかけたところで、拓海がキレイなお姉さんたちにナンパされていることに気づく。

「ね、君一人? うちらと一緒に遊ばない?」

「高校生カワイー。遊んであげよっかぁ」

 お姉さんたちは二十歳前後の有り余る若さと美貌を惜しげもなく晒している。

 豊満な胸は面積の少ない布で包まれ、その存在を激しく主張している。

 キュッとくびれたウエストにスラリと長い手を当て、さり気なくポーズを決めているのもさすがとしか言えない。

「いや、連れがいるんで」

 そして、そんな美女たちをズバッと切り捨てる拓海も拓海でさすがとしか言えない。

 目の前にあんな素敵な女性が二人もいるのに、一体何が不満だというのか。

 しかし、ナンパされている拓海に声かけづらいな……。

「いおり、なにしてんだよ。早く来い」

「あ、あはは……」

 見つかってしまった。拓海には背中に目でも付いてるんか?

 お姉さんたちの視線が私の頭のてっぺんからつま先まで向けられる。

「……プッ」

「ふふっ」

 ……おい! 誰だ素敵な女性とか言った奴! 人のこと見て笑ったぞ!

 しかし、笑われたところで言い返せるような強さもスタイルも持ち合わせていない。

 すすす、と黙って拓海から離れようとすると手をガシッと掴まれた。

「人の連れ見て笑うような失礼な相手とは遊びたくないっすね」

 ギロッと鋭くお姉さんたちを睨みつけた拓海は、私の手を握ったまま無言で歩き出す。

 お姉さんたちは「なによっ」と握りこぶしを胸元で作り、プンプンという擬音が似合うかわいらしい怒り方をしていた。

 怒り方もかわいいとか最強か……?

「いおり、まずどこ行く?」

「流れるプール行こうよ。浮き輪借りて漂ってよう」

「お前それで半日ぐらい潰す気だろ……流れるプールは後」

「えー」

「えーじゃない」

「ママぁ」

「ママでもねぇわ」

 ズルズルと拓海に引っ張られ、着いたのはウォータースライダー。

 浮き輪に乗って滑るものから身一つで滑るものまで様々な種類が揃っている。

 流石街のプールだ。デカい。

「私滑るの下手なんだよね……」

「知ってる。下で受け止めてやるよ」

「それはイヤ……」

「冗談に決まってんだろ」

 ニヤニヤと意地悪く笑う拓海をジトッと睨みつけ、はぁ、と一つため息をつく。

 幼いころ、ウォータースライダーの下にあるプールが思ったより深すぎて溺れかけた記憶がよみがえる。

 あれ以来どうにも苦手意識が拭えない。

「じゃ、オレ先行くからいおり後から来いよ」

「さっきの冗談じゃなかったんですかね?」

「受け止めてほしーわけ?」

「違うし!」

 ああもう、拓海と話しているといつもこんな感じだ。

 楽しくて憎たらしい。

 拓海が私をからかってこないのなんて、眠いときぐらいなものだろう。

「あ、そうだ」

「今度はなに」

「水着、カワイーじゃん」

「っ、へ」

 まさかの言葉に、驚いて空気が抜けたような声が出てしまった。

 ポカンと漫画のように口を開けて呆ける私を置いて、拓海はさっさとウォータースライダーの列に並び始めてしまった。

 ……なに、今の。

 あーもう! 拓海って、こういうとき爆弾落とすよね!

 私は熱くなる頬を押さえながら拓海の後を追った。

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