第22話 小休止中の幸せな会話~みっともない愚者共を見るのは疲れる~
監獄から城へと戻ると、私は疲れていたのか、アザレア様の腕の中に倒れ込んでしまった。
「「御后様?!」」
ブルーベルと、サイネリアが駆け寄ってきた。
「御后様、大丈夫ですか?」
「今すぐ医師を――」
「要らぬ、ストレリチアは疲れているようだ。少し休ませたい」
アザレア様がそう言うと、ブルーベル達は私の服を着替えさせてくれた。
簡素に見えるけども、質のよいリラックスできる服。
着替えが終わるとアザレア様が私を抱きかかえてベッドまで運んで寝かせてくれました。
「陛下、私達が――」
「いや、余が見ていよう。何かあったら呼ぶ故、下がれ」
アザレア様がそういうと二人は頭を下げて部屋を出て行った。
「――リチア」
アザレア様が私の頬を撫でてくれた。
「無理を……していたのか?」
「……いいえ、連中のみっともない様を見て……少し疲れただけです」
アザレア様の言葉に私はそう返す。
「……本当、どうしようもない奴らだと今更ながら再度認識しました」
自嘲気味に言えば、アザレア様は優しく髪を撫でてくれた。
旅の頃は痛んで、短かった髪は、今は長くなり、村娘だった時よりも綺麗になったように見える。
「……」
ふと、私は本当に、アザレア様の后でいいのか不安になる。
あんなどうしようもない奴らに騙され続けたような馬鹿なのだ、私は。
そんな、私が本当にアザレア様の傍にいてもよいのだろうか?
不安が沸き上がる。
そんな私を見透かすように、アザレア様が私の手を握ってくれた。
「リチア、其方が他者を信じるという気持ちを蔑ろにしてはならない、信じて裏切られた其方の苦痛は私には分からぬ、其方は私ではないからだ」
「……アザレア様」
「リチア、其方は良い家族に恵まれている。良き隣人達に恵まれている。彼らは其方を信じ、其方の言葉を信じた。疑う事もできただろう『勇者がそんなことをするわけがない』とな。だが彼らは其方を信じた。それはリチア、其方が彼らに対して行った事が積み重なったもの、其方が人を信じようとし、尽くしてきた。それを否定してはならない。其方の歩みの全てを否定してはならない」
「……」
「リチア、あの連中の事は其方の中で汚点として残るのは仕方ない。だが――」
「私は、それがあったからこそ、其方と巡り合えた。敵としてではない其方に、私は出会えたのだ」
アザレア様の言う通りだ。
確かに私はあの連中に裏切られた。
そして、見切りをつけて村に帰った。
村に帰った結果、連中は捕まり、監獄行き。
そして私は、城に呼ばれてアザレア様と出会った。
正直王様や使者の方々に裏切られた内容言うのは辛かったけど――
正直に言ってよかったと今なら思う。
確かに私は「勇者達」からすれば「裏切り者」だけど、私からすると裏切ったのはあいつらだ。
私の信頼を踏みにじって裏切ったのは連中だ。
だから逃げたあの時の判断は間違ってない。
そう思えるようになった。
――アザレア様、貴方様のおかげで――
アザレアは少しずつ顔色の良くなっているストレリチアの様子に安堵していた。
幾ら割り切れるようになったとはいえ、ストレリチアにはあの連中の醜態は精神を疲弊させるものであったことが良く分かった。
そんな連中を信じていた、そして裏切られた。
その事実をストレリチアが笑い話にするなり、何も思わなくなるなりするにはもう少し時間がかかりそうだと思った。
「アザレア様……」
「どうした、リチア」
「……本当に、私の様な女でも良かったのですか?」
不安げな表情で見つめてくるストレリチアにアザレアは苦笑して頭を撫でる。
「何度だって言おう。私は其方が良い。私は其方を愛している」
「……」
「――それならば、其方はどうなのだ、私で良いのか? 他の種族のロクに知らん輩共に『魔族』と『魔王』と呼ばれた私だぞ?」
「アザレア様が、いいです。私は貴方様を愛しています……誰よりも……」
「なら良かろう。それに其方は城の者や私の民から既に后として認められている。恐れることなど何もないのだよ」
幸せだった。
もしこれが夢なら、私はずっと醒めないままでいたいと思う程に。
「夢などであるものか」
心を読んでいるかのようなアザレア様の発言。
そして頬を摘ままれる、ちょっと痛い。
「愛している、リチア。私は其方を愛している」
口づけをしてもらった。
「ああ、今から式が楽しみでたまらない――のだが、少し不満だ」
「……何が、ですか?」
アザレア様の言葉に少しだけ不安になる。
「其方の身内等に其方の美しい姿を見せるのは多少は我慢できる。勿論配下達もだ」
「……はぁ」
「――なのだが、他の今更私に媚を売る連中にまで見せねばならんのが気に食わんし、一番気に入らないのは式では着ない方だが、花嫁衣装で美しい其方をあの愚者にわざわざ見せねばならんというのがかなり不満だ」
「……では、止めてもいいですよ?」
アザレア様がそういうならやめてもいい、別の方法を考えればいいから。
――だって、こんなに愛されてるんだもの――
「まぁ、不満ではあるのだが――」
アザレア様は優越感たっぷりの笑みを浮かべた。
「あの愚か者が手放した其方の美しさを、見せつけてやるのも一興ではある」
そう言って私に口づけをした。
触れるだけの優しい口づけ。
私達とは異なる、少し冷たい唇の感触が伝わった。
「――肉欲に溺れ、地位に目がくらんで其方を裏切った愚者。今は独房で来るはずのない助けの存在にすがっている惨めな罪人を、其方はどうしたい?」
アザレア様の言葉に、私は笑みを浮かべて答える。
「現実を見せてあげたいのです。そして少しだけ『希望』を抱く様な言葉を言って――」
「絶望の底へと叩き落したいのです」
私、貴方の事を信じてたの。
でも、貴方は約束を忘れ、破り、そして私を裏切った。
だから許さない。
苦しんで。
それと貴方には伝えないけど、貴方の子どもは大丈夫。
憎んだりしないわ。
貴方の両親に、おじさんとおばさんに育てるのをお願いするから。
貴方みたいな存在に育たないように、お願いして。
貴方達みたいな暴力的な輩なら、憎い相手の赤ん坊を目の前で殺したり、最低な事をするだろうけど、私はしないわ。
貴方の子どもは憎まないから。
憎むのは私を裏切った貴方達と、貴方達を擁護した連中だけ。
優しくないのは知ってるわ、心が狭いのも知ってる。
でも、頑張って我慢したのよ?
貴方達と、違って。
「……其方はもう少し我儘でも良いと思うのだがなぁ」
アザレア様がそう言って私を撫でてくれた。
「私……十分我儘ですよ?」
「やれやれ、本気でそう思ってるから質が悪いが、それもまた其方の愛おしいところでもある」
呆れたような、でも優しい声でアザレア様は言う。
「愛している、リチア。だから、我慢や無理な事はしないでくれ。何かあったら私を頼ってくれ。もっと私を頼ってくれ」
「……はい、アザレア様」
アザレア様は頬に口づけをしてから、髪を撫でてくれた。
「アザレア様」
「どうした、リチア」
「愛しています。だから、どうか御傍に」
「勿論だとも、私のリチア。愛しているとも、其方が死ぬまで、否死んでも私は手放さぬ」
アザレア様の言葉に、私は自分がこんなに幸せでもいいのだろうかと、不安になった。
「リチア」
「……はい、アザレア様」
「いいのだ。其方は幸せになってよいのだ」
アザレア様の言葉はとても優しくて甘い、どんな砂糖菓子よりも甘くて優しい。
安心したら、少しだけ眠くなってしまった。
「無理をせず、眠るといい」
頭を撫でられる感触を感じながら、私は目を閉じた――
アザレアは小さな寝息を立てるストレリチアを見つめた。
温かな頬を撫でる。
「――安心せよ、私は其方を愛し続けよう」
優しい声をかけて、目を少しの間だけ閉じた。
「ははは、存外根性がない輩ばかりだな。自尊心だけが他の者より高いだけの愚者達」
アザレアは赤紫の目を開いた。
目はより赤く染まっていた。
「罰を、死ぬまで受け続けると良い、罪人共――」
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