第2夜 FRIDAY NIGHT 第1話 長——っ!

FRYDAY NIGHT

9:00pm

笑い声が........................。

...............................想い出に変わる。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「あら~、いらっしゃ~い。また来てくれると思っていたわよーー♡」


 聞き覚えのあるドSママの声に迎えられて、常松はカウンター右奥の席に座った。

その席は、一昨日の夜に沙希が座っていた場所だ。


 何故、その場所を選んだのかと聞かれても、特に何か意味があるわけではない。

強いて言えば、常松は端っこの席が好きだからである。


 独身貴族を気取る30代崖っぷちの常松は、軽度のスナッキー状態(※スナック中毒者の意)に陥ってしまったらしく、再びスナック不二子に足を運んでしまった。

 

しかし、この店にハマった奴と思われたくないので、あらかじめ来店する言い訳を用意していた。


言い訳とは、ママの名前を確かめるというハッキリいって、どうでもいい、言い訳である。


 金曜日のこの時間、スナック不二子のピークには早いらしく、客はまだ、ひとりもいないようだ。

薄明かりの店内には、シャレたジャズが静かに流れている。ザッと見渡してみるとシックな雰囲気があり、ママの毒舌さえなければカッコつけて飲めるお洒落なBARのようである。


(俺が一番乗りみたいだなー。時間が早すぎたのかな?)


「今日は、早いんですねー」

香奈ちゃんが、ボトルを出しながら話しかけてくる。


「このまえ来た時は、せっかく入れたボトルをあまり飲まなかったから、今日はゆっくり飲みたいと

思ってね」


「あらあら、そ~んなウソ♡つかなくたっていいのよ~。私のことが忘れられなくなっちゃったからノコノコとやって来たんでしょう。恥ずかしがらなくていいのよ〜、大抵の男はみ~んな私の虜になっちゃうんだから~、やっぱり、私の美貌と大きなオッパイが罪なのよねー」


一昨日、初めて入った時と同じように、ママが両手で大きな胸を持ち上げながら、常松にウインクを飛ばしてくる。


「そうそう、ママの巨乳が忘れられなくなっちゃってさー! 一日も早く会いたいっつうか、見たいっていうか、もう居ても立っても、たちっ放しになっちゃうほどで・・・って、お~~い! 違うっつうの!!」


常松は、ここぞとばかりに、慣れないノリツッコミを試してみた。

さすがに、前回の二の舞にはならないぞ!という意気込みが感じられたが、それも束の間だった。


「違わないわよ~。一昨日も私を舐めるような目線で~、っていうか、目で犯されそうなほどに見つめられちゃったしね~、あっ! でもネ、私って競争率が高いんだから〜、ものにするのは大変よ~」


(うわーー相変わらずだなー、しかもなんか、イラッとくるなーー!!)


「いやいや、そんな目で犯すほど、見てないっすよ!」

「いいのよ!そんな言い訳しなくても~、別に怒ってないから~。それに、目で犯す分にはタダだから!」


(ええーー! この人、お金とるのかよ!!?)


「いや~、ママはかなり高嶺というか、高値の花だからさー、俺みたいな奴じゃあ、つり合いが

とれないでしょ」


常松は、ドSママには敵わないと思い、反論を避けて下手したてにでることにした。


そして、ウイスキーを一口飲むと、さりげなく話題を変えてみる。


「ところで、金曜日って、やっぱり客足が遅いの?」


「そうなのよ。だいたい金曜日はそうなのよね~。この手の店って1軒目のお店で盛り上がったあと、いらっしゃる方がほとんどだから」


「そりゃあ、そうだよね。やっぱり、1軒目から来る奴なんて、そうはいないですよね」


「それがいるのよー、だから、ここも早くから開けてなくちゃいけないのよ」


「店は何時に開けるの?」

「だいたい7時か7時半よ」


「じゃあ、開店早々に来る客がいるの?」

「もちろん、いるわよー。毎日じゃあないけどお~」


「そんな早い時間から、ここに来ちゃうっていうのも、なんか哀しいよなー」


 と、その時、店の奥にあるトイレのドアが開いた。


 中から登場したのは、スーツ姿のキザっぽい男だ。なんとなく常松と同世代であろうか、そして

ちょっとクール気取りの佇まい。しかし、そのわりに、顔はイマイチどころかイマヨンくらいドイヒーなつくりで、TVに出てくるチンパンジーの園長にクリソツである。


(ええーー!! こいつ、いたのかよ!! いつからいたんだよ?)


「お帰りなさ~い。はい、どうぞ」

一番左奥の席に着いたその客に香奈ちゃんがおしぼりを渡す。


「ちょっと、ニヘイちゃーーん、いたの~? 随分長〜いこと個室から出てこないから、この店に来ていることを

すっかり忘れちゃっていたわ~」


(おいおい、こいつ、えらい長いことトイレにいたんだなー!っていうか、ママも客がいること忘れるなよ!

 いや、それよりも、こんな早い時間にスナックに来て、デカイ方をしてんなよ!!

 なんだか臭いが染み付いてるんじゃないのかー? ニヘイちゃんはさあ!

 っていうか、こいつが開店と同時に店に来ちゃう奴なんじゃあないのかよ)


 たぶんウ○コをしていたらしき不細工なニヘイちゃんは、やたらと気取った感じがする男で、常松はそういうキザっぽいカッコつけた男が全く好きではなかった。


しかも、匂ってきそうな気がしてならないので、余計に印象が悪い。


というよりも、容姿がそこそこ端麗であれば嫌わないのだが、だいたい気取っている奴のほとんどが顔のつくりは残念だったりする。ファッションだけはやたらと気合いを入れまくり、自分は“オシャレでハイセンス”だといわんばかりの態度が気に食わないのである。更に、この手の奴に限って、上司へのゴマスリが自分の仕事だと勘違いしている

ロクでもない野郎だったりする。


大をしてきたであろうニヘイちゃんと呼ばれる男もそういうタイプの男で間違いないだろう。


 常松は、早くもニヘイという男から嫌~なオーラを感じ取っていたが、ついでに、しばらくはトイレにも行きたくないなーと考えていた。


 そのニヘイが香奈ちゃんに向かって口を開いた。


「今日は、可愛い香奈ちゃんもいることだし、歌でも歌おうかな。なんだか、香奈ちゃんも俺の歌を聴きたそうな顔しているしねえ」


(うわーー!! こいつはなんだ、おい! そのセリフは! っつうか、くせーセリフだよなー。あっ、ウ○コしたから、臭いのか!!)


「じゃあ、JOOWY(ジョーイ)の曲がいいなー。私、JOOWYのバラードって大好きなの」

「あっ、俺の十八番ね!いいよー!」


 どうやら、カラオケを歌うことになったニヘイちゃんはマイクを持つと何故か、ナナメ45度の姿勢になる。

何やら切なくなってきたのか、機嫌が悪くてしかめっ面になっているのか、それともクールな感じで気取っているのか、よくわからない表情をつくっている。


(マジかよー! あいつ、トイレ長いくせに、顔も汚いくせに、JOOWY(ジョーイ)を歌うのかよ!全然イメージに合わないけど、でも、顔がヘンテコリンな奴は歌がうまかったりするからな。っつうか、下手だったらニヘイじゃなくてサンペイとか、ヨンヘイとか、ゴヘイって呼んでやろうかな)


 何を隠そう、否、隠す必要もないが、常松はJOOWY(ジョーイ)の大ファンであった。


 “JOOWY”とは、80年代に彗星のごとくあらわれ、結成後わずか4年ほどで、日本のロック界の頂点に君臨し、その翌年には解散してしまった伝説のロックバンドである。


日本のロック史上において、現象と新たなスタイルを確立させた唯一の存在である。


このバンドの魅力は、曲のクオリティの高さはもちろんだが、オーディエンスをひきつけるスタイリッシュなライブパフォーマンスにあった。


特にヴォーカリストの火室丈介(かむろじょうすけ)の圧倒的なカッコ良さに、常松は魅了され、そして憧れていた。


だから当然、常松の十八番も“JOOWY”の曲である。


 そんな常松の十八番を奪うかのようなこの男の歌は、どれほどのものなのだろうか?


そのニヘイはクールな表情をつくっているようだが、常松には、何が気に入らないのか不機嫌そうな顔をしたチンパンジーの園長にしか見えない。


 常松が注目するなか、店内にカラオケの前奏が流れてくる。


 “JOOWY”の有名なバラードナンバーだ。


ゆったりとしたテンポだが、どこか小気味の良いカッコ良さを感じるメロディー。


誰もがよく知る素敵なメロディーに思わずリズムをとりだす常松。


すると突然、ゴマスリが得意そうなニヘイが歌い始めた。


~♪「つくりわ〜ら…………」


(おい、なんだこいつ?)


が、すぐに声がとまる。


(んっ?)


どうやら、歌の入りがかなり早すぎたようだ。


(ダッサーーーーッ!!)


(まだ、そこは前奏だっつうーの!!)

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