第30話 愛の葉

 魔王城の大広間に大勢の魔物と人。テーブルには豪華な料理や酒などが並ぶ。さながら立食パーティーの様だ。魔王の玉座の隣には、もう一つの玉座が設られていた。そこに座るのはクリニア王。王と魔王が並ぶ姿を誰が想像できただろうか。


 ドラゴンマウンテンでの一件後、王都に戻ったクリニア王は王子から事の顛末を聞く。大臣に話を聞こうとしたが、鍵のかかった部屋の中に服だけ残されているという、まさに密室失踪事件。結局犯人は分からないままだ。王は記憶を失う前の様に魔族との和平を目指す。王子が魔王との連絡を取りやすくしてくれたおかげで、事はスムーズに運んだ。

 人間と魔物が手を取り合う、すぐに全員が切り替えられるとは思わない。浸透していくまでには時間がかかるだろう。

 その第一歩として、この式典が開かれたのだ。



「ハッチマンさん!」

「おお、ハイド殿!しっかり鍛錬は積んでおるか?」

「えぇ、もちろん。そちらの綺麗なお方々は?」

「ムルトゥ王女とブラン王子だ。…王子だからな?」

 ハイドは驚いた顔をした後に、しまったという顔をして苦笑いをする。

「なかなかイケメンの騎士様でごぜーやすねぇ!」

 グヒヒとよだれを垂らしそうにニヤつくムルトゥは、ブランがハッチマンの後ろに隠れている事に気付く。

「そういえばイケメン騎士様、あの吊り目の嫌味ったらしい顔をした四騎士の人はおらんと?」

「えーっと…アガヒドゥさんの事ですかね?彼は部下の命を危険に晒しただけでなく、各地で悪行を重ねていたので今は地下牢に隔離しています」

「だってさブラン」

 ムルトゥがブランの肩を叩く。ブランはホッとした様な顔をした。

「ところで…あの騒ぎは一体…」

 ハッチマンが顔を向ける方をみんなで見ると、そこにはサスタスに求愛し続けるアイスゼンの姿があった。

「すみません。彼女は執着心といいますか…愛情が重すぎるところがあって…」

 ハイドは申し訳なさそうに説明をする。ハッチマン達はサスタスが普段しないような表情なのが面白くて笑っている。


「ね!ね!私達もついでに…」

「離れてください!私は魔王様のお側で仕事を…」

「大丈夫よ!ほら、うちの王様とお話ししてるでしょ?邪魔したら悪いわよ〜」

「…アナタ誰?」

 つかつかと近寄って来たのはレサーナ。

「あらエルフさん、こんにちは。ワタクシこのお方のフィアンセのアイスゼンと申します」

「誰がフィアンセですか!というか離してくだ…なんでこんな力強いんですか⁉︎」

 これは修羅場になりそうだと、周りは面白そうに眺めている。


「ゴホン。え〜、皆さまこちらにご注目下さい」

「準備が整いました。皆様、盛大な拍手でお迎えください!」

 カシオンとミシオンが大広間の大扉を開ける。


 扉の向こうから現れたのはバンフートとオーリリー。

バンフートは、まるで貴族のような衣装に身を包むが筋肉が多いせいかパツパツである。オーリリーはオーガが婚礼の際に着る民族衣装のようなものを着ている。

 並んで入場する2人、拍手に包まれながら2人の王の前へと歩みを進める。


 クリニア王が先に口を開く。

「今日、このよき日にこの式が開けた事、嬉しく思う。バンフートよ、我々人間は長きに渡り彼等と対立してきた。そしてついに和解をする時がきた。これに先駆けてそなたがオーリリー王女と結婚すると言った時は嬉しかったぞ。それで…確認なのだが、私の悲願の為に無理をして結婚する…わけではないよな?」

「愚問です、王よ!私はあのドラゴンマウンテンでやり合った時から惚れておりました!」

「そうか、ならば良い。心から愛する者と結ばれるのが一番だからな」

 クリニア王は、次は魔王の番と思い隣を見る。

「エルキオ殿⁉︎どうなされた⁉︎」

 魔王エルキオは静かに涙を流していた。近くにいたマーガレットが駆け寄る。

「あらあら、アナタどうしたの?」

「我が子が…家庭を持つことになるとは…」

「まぁ!感動して泣くなんて、魔王の威厳が台無しね」

 みんなの笑い声が大広間に響く。


「それでは皆様、只今よりオーガが婚礼の際に行う『儀式』をしますので、知らない人間の方も多いと思いますからご説明させていただきます」

 サスタスが説明を始める。

「オーガ族は婚礼の際、新婦側の父が新郎へ本気の一撃を叩き込みます。これをもって親から新郎へ娘を渡す、力が全てのオーガらしい儀式ですね。ただ、今回は父が魔王様なのですが…まだ泣いてますね」

「はいはーい!お父さんはオーガではないので、私がやりまーす!」

 元気よく手をあげながらオーリリーの母、マーガレットがぴょんぴょん跳ねる。

「ちょ…母さん!」

「ガッハッハ!お義母さん!全力でどうぞ!」

 

「ケガをしなければよいが…」

 ハッチマンが心配そうな顔で呟くと隣にいたハイドも心配そうな顔をして言った。

「そうですね、鎧を着てないとはいえバンフートは筋肉の塊。あのご婦人が手首を痛めなければよいのですが…」

「違う違う、逆だよ」

「えっ?」


「それじゃあバンフート君、娘をよろしくね」

「任せて下さい!お義母さ…ドゥぉぉ!」

 マーガレットが腰を落として見事な正拳突きを放つと、バンフートは一直線に壁へと吹き飛んでいった。

 会場は再び笑いで包まれる。


 しかし、そんな中でも暗い表情の魔族が1人。

 エーデルは横目で彼女の顔を見る。時折思い出した様に作り笑いを浮かべるが、いつもの明るい彼女はあの日から見ていない。

 デッドアイはあの日消えてしまった彼をずっと探している。


 式も進み皆それぞれ歓談している中、クリニア王が魔王へ質問をする。

「エルキオ殿、この前言った私を助けてくれた者は見つかったか?」

「アイ!こっちへ来なさい」

 魔王はデッドアイを呼びつける。

「彼は見つかったか?」

 王女は下を向いたまま首を振る。

「そうか…」

「私から説明させて頂こうかしら」

「うお!フィティア!急に現れるなと何回言えば…」

「クリニア王、初めまして。フィティアと申します。お探しの人物、実は召喚者なのです。人間達もかつて勇者と呼ばれる者達を召喚していたからお分かりかと思いますが、目的を果たした召喚者がどうなるか…」

「ふむ、言い伝えでは元の世界に戻るとか…」

 デッドアイが驚いた表情で顔をあげる。

「そう、今回彼が呼び出された理由は『人間からの攻撃に対する防衛』。その根本にある願いは『人間との和平』。和平までの時間稼ぎとして防衛策をとっていましたが、もうそれも必要ないと『この世界』に判断されたのでしょう」

「えっ…じゃあつまり…創士は…」

「元の世界に戻された、と考えるのが妥当でしょうね」

「そう…ですか…」

「国を代表して、この世界を変えてくれた礼を言いたかったのだがな。まぁ元の世界に戻れて本人も嬉しいのではないか?」

 きっと創士は元の世界に戻れて喜んでるはず。死んだわけじゃない。でもどうして心は晴れないのだろうか。

(サヨナラくらい、言わせてよ…)


 突然、大広間の中央の床が光り始める。中央付近に立っていたものは何事か分からず、とりあえず端へ移動する。何かの演出なのかと皆思っているのか、期待した様な眼差しで中央を見つめる。

 魔王はサスタスを見るが、この演出はサスタスの耳にも入っておらず、首を傾げるジェスチャーで答える。

 すると光る床に魔法陣が展開する。サスタスは召喚士のカシオンを見るが、カシオンも何も知らない、自分の魔法陣ではないとジェスチャーで答える。


 魔法陣から人影が現れると、誰よりも速く駆け寄り飛び付いたデッドアイ。あまりの勢いに、そのまま倒れてしまう。

「あんた…どご行っでだのよ〜」

 大泣きしながら強く抱きしめる。

「痛い痛い!…なんか戻されちゃいました」

 突然の事に、一同驚いている。

「戻された人間が再び送られて来るなんて…ありえない」

 フィティアは珍しく驚いた表情をみせ、デッドアイに組み敷かれたままの創士に問いかける。

「あなたは現世に戻ったのでは?」

「それが、元の世界に戻るってなったんですけど、女神様に止められまして、どうやら魔族の血が混じってるとからしくて。元の世界に戻るにあたって能力を没収するらしいんですけど、血を抜いたら死んじゃうじゃないですか。それでどうするか女神会議をしてたらしいんですけど、結局1ヶ月近く経って出た答えがここに戻すって事らしいです」

 デッドアイが「あっ…」と言って固まったのをフィティアは見逃さなかった。

「呆れた。前代未聞よ!こんな事。というか、魔族の血が入っても生きられるのね人間って」

 フィティアは創士の体を舐め回す様に眺める。


「この世界を救った英雄のご帰還だ!皆の物、宴の再会だ!」

 魔王がグラスを掲げると、周りの者達もグラスを掲げ人間も魔族も入り乱れてのどんちゃん騒ぎが始まった。

種族も年齢も性別も飛び越えて、この世界が進むべき道を表している様だった。


 久々の酒のせいか、それとも雰囲気に飲まれたのか、創士はすぐにほろ酔い状態になった。これ以上飲むと碌な事にはならないのは現世で経験済みであった。

 部屋の壁にもたれて少し休む。あちこちから笑い声が聞こえ、楽しそうにしているのを見て創士は現世を思い出す。あの世界もこんな風に色んな人種が笑い合えたら楽しいのになぁ、そんな事を考えていると両王がやって来た。

「沖田殿、貴公が私の洗脳を解いてくれたこと、改めて感謝する!」

「いえ、私は私に出来ることをしたまでです」

「それで、今後はどうするつもりかね?よければ王都来なさい。家も用意するし、役職も用意しよう。ちょうど四騎士も一つ空席ができたことだ。悪い話ではないとは思うがね」

 創士はまさに英雄の様な扱いに少し心躍る。すると横からもたれかかる様にしてベロベロに酔っ払ったデッドアイが酒臭い顔を近づけてくる。

「な〜に話してんのよ〜、おじさん達と話ししててもつまんないでしょ〜……ぐぅ…」

 デッドアイは創士の肩にもたれかかったまま寝てしまう。そのままずるりと倒れそうだったので慌てて抱き抱える。

「クリニア王、大変ありがたい申し出ですが、私はこの王女の配下という事なので…一応。すみません。この人ほったらかすと危ないので誰かが見ておかないと」

「そうかそうか、いいんだ。自分の好きなようにしなさい」

 クリニア王は満面の笑みで答えるが、隣にいた魔王がある事に気付く。

「おい、沖田よ。そのペンダントはどうした?」

「アイ王女に頂きました」

 すると横から今日の主役のオーリリーが口を挟んでくる。

「そうだぜ親父、これはアイが風邪で寝込んだ時、創士が持ってったプレゼントのお返しにくれたんだぜ!」

「薬草ですよ?」

「いや創士、実はあれ薬草じゃねぇらしい。なぁ王様、人間はエルダートレンドの桃色の葉っぱを誰かに渡す事あるよな?」

 クリニア王は少し考えると隣の魔王の肩を叩きながら笑い始めた。

「はっはっは!そういう事かね!沖田殿は薬草として『愛の葉』を渡した、そのお返しにペンダントをもらったと」

 創士も魔王も急にクリニア王が笑い始めた意味が分からず、キョトンとしている。

「あれはな、冒険者の間でよく使われるものなのだが、あの葉っぱを結婚したい相手に渡すというプロポーズ方法があってな、良い返事の時は自分の身に付けている物を相手に渡すという…」

「沖田!お主は病気で苦しむ我が娘にプロポーズをしたというのか!」

「いや本当に知らなかったんですって!」

「そんな卑怯な事許さんぞ!」


 みんなの笑い声は夜通し続いた。

 デッドアイが渡したペンダントは、『感謝』のプレゼントだったのか『愛の葉の返事』だったのかは、彼女以外は分からない。

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