第26話 理想のタイプ

 ドラゴンマウンテンでの戦闘が始まる少し前、王城の門番に止められていたのは沖田創士であった。無理もない。王子に合わせてほしいという見知らぬ男を易々と通すほど甘くはない。ゲームの世界とは違うのだ。


 しかし、創士が身に付けていたペンダントを見せ「ベルライト家の者だ」と言うと1人の門番が城内へと入っていく。しばらく待っていると門番が初老の男性を連れて戻ってきた。整った身なりを見るに、執事とかなのだろうと創士は予想した。


 初老の男性がペンダントを覗き込む。するとその男性は門番達の方へ向かい、彼等に小声で何かを言っているのだが、創士の位置からは聞き取れない。


「こちらにどうぞ」


 そう言うと、初老の男性がついて来いとばかりに城内へと歩いていってしまった。慌てて後ろをついていく。


 城内は魔王城とは違いとても明るく、豪華な調度品はホコリひとつも無い。しばらく歩いていると違和感を覚える。どうやら遠回りをしながら歩いている様に感じる。そんな事を考えていると、初老の男性はこちらを見るでもなく、歩きながら質問してきた。


「ところで…ベルライト家が外部の人間を迎え入れたという話は聞いた事がないのですが…そのペンダントはどちらで手に入れたのですかな?」


 明らかに怪しまれている。見た目ただの一般人が貴族を名乗っているのだ。当たり前も当たり前。


「こちらで働いていたマーシャという方の娘の…」


 と、ここまで言いかけた所で創士は一瞬悩んだ。自分はデッドアイの何だろうか?友人?部下?あまり深くは考えず無難に答えることにした。


「コホン。マーシャさんの娘に雇われていまして、以前体調を悪くされた時に薬を渡したら、お礼にと頂いたのです」


 案内人の足が止まった。慌てて創士も足を止める。


 ベルライト家のマーシャが、ここで働いていた事を知る者は少ない。それを知るこの男を案内人は信じていいものか悩む。


 すると廊下の向こうから偶然にも王子がこちらに歩いてくる。王子は創士に気付く。


「あなたは『あの時』にいた…」

「あっ王子、こんにち…」


 と創士は挨拶をしながら王子に歩み寄ろうと一歩踏み出した。


「スティーブ!」


 王子が声を荒げた事に驚いて創士は立ち止まると、自分の喉元に突き付けられたナイフに気が付いた。


「もうよい。その者は怪しい者ではない」


 そう言うと、スティーブと呼ばれた男性は一瞬でナイフをどこかに隠し、何事もなかった様にいつもの立ち姿に戻る。冷や汗の止まらない創士は依然として硬直したままだ。


「すまない、私の護衛が勘違いをしていた様だ」


 トーデス王子がスティーブに目で合図をすると、軽くお辞儀をしてスティーブは戻っていった。


「それで…どうしてここに?」


 創士は息をしていない事を思い出し、膝に手をついてぜぇはぁと苦しそうに息をする。


「まずは落ち着いて下さい。えっと…そういえばお名前を伺っていませんでしたね」


 創士の背中をさすりながら、王子は優しく声をかける。大きく深呼吸をして落ち着いてから創士は話し始めた。


「沖田…創士と申します。王子、私を王に合わせてほしいのです!」

「そう言われましても、王は今ドラゴンマウンテンに出陣してますし…」

「えっ⁉︎」


 創士は王様というのは、戦の時は城で踏ん反り返っているものだと思い込んでいた。なので王子に取り次いでもらおうと城に来たのだが失敗だった様だ。


「沖田さん…でしたっけ?あなたはヒトですよね?なぜ魔王城にいたのですか?」


 創士はこれまでの経緯をトーデス王子に話す。


「……なるほど。違う世界から召喚されたと。確かにかつて我々も魔物を倒す為、『勇者』という者を召喚したと聞かされた事があります。という事は沖田さんも『勇者』のように特別な力をもっているのですか?」


 創士は日本での生活をトーデス王子に語った。


「ははっ!つまり、あなたは『ただの掃除屋』だったのに召喚され、処分されそうになったところを王女に拾ってもらったと。まるで喜劇のような展開ですね」


 腹を抱えて大笑いするトーデス王子。


「くっくっ…!そ、それで、どうして王に会いたいのですか?」


 創士は計画を王子に話す。初めは笑いの余韻を引きずったまま聞いていた王子だったが、次第に表情は真剣な顔へと変化していく。


「…分かりました。急を要するのですね」


 創士がコクリと頷くと、トーデス王子は口元を手で覆いながら考え始めた。


「私の浅知恵で申し訳ないのですが、一つだけ戦場で王に近づく方法を思い付きました」


 そう言うと王子はついてきて下さいと、廊下を歩き出した。




――――――



「オラァ!」


 オーリリーの『巨大なたがね』がバンフートの脳天めがけて打ち下ろされる。バンフートが大剣で受け止めるとオーリリーの鳩尾へと前蹴りを放つ。後方へと蹴り飛ばされたものの、たいしたダメージではない。


「ガッハッハ!オーガの娘よ!なかなかのパワーだな!さぁ、もっと来い!」


 大剣を肩に担いで、左手で手招きをする。明らかな挑発だが、オーリリーはこういう真っ向勝負が好きなのである。


「お前も見掛け倒しでなくて安心したぜ!」


 猪突猛進で相手に突っ込むオーリリー。バンフートは脚を大きく開き、大剣を握る腕に力を込める。


「爆ぜろ!大地よ!」


 大剣を地面へと振り下ろすと、オーリリーの進行方向の地面が盛り上がる。そんなものはお構いなしに突っ込んでいくオーリリーが上を通過した時、地面が爆発を起こした。辺りが土煙で覆われる中、オーリリーは上空へと吹き飛ばされる。しかし空中で身を翻すと、そのままバンフートの頭上から落下しつつ攻撃を放つ。が、それをバックステップで躱す。


「高い所は好きじゃねぇんだ。あんまり打ち上げてくれるなよ?」

「そうかそうか。それはすまんな」


 巨大たがねを引き摺りながら、近づいていくオーリリー。大剣を握り直し、次の行動を窺うバンフート。両者の力は拮抗していた。




――――――


「走力強化!持久力上昇!」

 身体能力向上の魔法をかけながら急ぐ影が一つ。

(急がないと…エーデルちゃんが…!)

 目的地である頂上へと到着する。


「サスタスさん!エーデルちゃんが…」

 デッドアイに運んでもらったはずのムルトゥが息を切らして走ってきた。サスタスは異常事態が発生したのかと身構える。

「どうしました?ムルトゥ」

「このままやと、エーデルちゃん!人間殺すかもしれへん!」

「……どういうことです?」




 魔龍人のエーデルが放つ爪撃は人間など容易に切り裂く。しかしアイスゼンはそれらをヒラリと躱していく。頭に血が上ったエーデルの攻撃はことごとく避けられる。

「これでは新兵の訓練にもなりませんわ…もう少し当てる気で攻撃なさっては?」

「だまりなさい!」

 怒りを込めた蹴りを放つが、これも容易に避けられてしまう。しかも避けられながら斬られるというオマケ付きで。エーデルの皮膚は硬く、部分的に鱗のある部位もある。なのでたいしたダメージは無いのだが、手玉に取られている様で怒りは増すばかりだ。


「それにしても…硬いわね。女としてもっと柔肌であるべきじゃないかしら?」

「癇に障るのよ!その喋り方!」

「私はねぇ…血が見たいのよ。その体を真っ赤に染めて這いつくばる姿が見たいのよぉ!…あら?そもそも龍人の血って赤いのかしら?」


 舌打ちと共にエーデルが爪撃と尻尾のコンビネーションを見せるが、ヒラヒラとまるで舞い落ちる花びらを相手にしている様に当たらない。


「私、飽きてきちゃいましたわ」

 アイスゼンがそう呟くと、距離をとる様に後方へ大きく飛ぶ。すると空中でくないのようなものをエーデルに向けて投げた。エーデルはそれを余裕で手の甲で弾き飛ばす。


 しかし弾き飛ばしたはずのくないに隠れて、もう一本のくないが飛来していた。防御に間に合わずくないが刺さるが魔龍人の皮膚を貫くまでには至らず、少々血が出た程度だった。ダメージは無いもののトリッキーな攻撃に少しだけ面を喰らったエーデルの頭上から、複数の針状の棒手裏剣が降り注いだ。


「痛っ!痛ててて!」

「あらあら、もしかして見えなかったのかしら?」

「そんな子供の遊びみたいな事してないで、正面からぶつかって来なさいよ!」

「あーやだやだ…自分の土俵で戦えないからって。実力不足でなくて?」


 エーデルは上空へと飛び上がり、空中から遠距離魔法で攻撃しようと魔力を練るがうまくいかない。それどころか、徐々に高度が下がり地面へとへたり込んでしまった。


「効いてきた?私の毒。勿体ないからあまり使わないのだけれど…光栄に思いなさい?」


 体が思うように動かない。かろうじて顔をあげ睨み付ける。

「そんな目で見ないでちょうだい…感じてしまうわぁ…」

 アイスゼンがエーデルの手の上にナイフを落とし、すかさず上から踏みつける。

「あぐっ…!」

 手の甲を貫通し、ナイフは地面まで刺さる。

「我慢しなくていいのよ?もっと泣いて、喚いて、懇願しなさいな」

「しょ…しょーもない趣味ね…!これだから行き遅れたババアは…」

「なっ…!」

 アイスゼンの顔が怒りで真っ赤に染まる。剣を握りしめるとエーデルの首を目掛けて大きく振りかぶる。

「死に晒せぇ!」


 突如アイスゼンの体が真横に吹き飛ばされるとともに、遅れてきた突風に土が舞い上げられエーデルは目を閉じる。

「やれやれ、ムルトゥから聞きましたよ。エーデル王女は煽り耐性が低すぎるから、人間を殺してしまうかもって。まさか逆に殺されそうになっているとは。油断しすぎですよ」

 物凄い勢いで飛んで来てアイスゼンを吹き飛ばしたのはサスタスだった。サスタスは状態異常回復の魔法をかけると、手に刺さっていたナイフを引き抜いて簡単な治癒魔法をかける。

「エーデル王女は頂上でお爺様の警護にあたってください」

「ですが…!」

「長老もエーデル王女と一緒のほうが喜ばれるでしょう。それにこの敵…相性悪そうですし」

 エーデルは吹き飛ばされたアイスゼンの方を睨むと、大きく深呼吸して体に付いた土を払った。

「分かりました。それでは頂上に行って参ります」

「あぁ、そうそう。ムルトゥ王女とデッドアイ王女もいますので『仲良く』お願いしますね」

「……善処します」


 エーデルが長老の元へと飛び去っていくのを確認した後、サスタスは吹き飛ばしたアイスゼンの方を見る。

 元天使の最高速で障壁を張りながらぶつかったのだ。並みの人間ならば一撃で戦闘不能になっていると思うが、おそらく相手はフィアタントの四騎士。そう簡単にやられるとは思わない。


「やってくれたわね…」

 案の定、起き上がりこちらへと向かって歩いてくる。

「どこの馬の骨か知らないけど、私の遊びの邪魔をしな…い……」

 アイスゼンは口をぱくぱくさせながら止まった。サスタスは首を傾げてそれを見つめる。

「み……みつけた……」

 アイスゼンは手を震わせながらサスタスを指差す。はて、この方とは初対面の筈だがと思いつつサスタスは覚えてる限りの記憶を呼び覚ます。

「ついに見つけたわ!私の王子様!」

 きゃっきゃっと飛び跳ねながら喜んでいるアイスゼンを見てサスタスは冷笑を浮かべながら呟いた。


「頭おかしいんですか?あなた」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る