第23話 嘘と真実

 王子が己の醜さに茫然自失していると、魔王が語りかける。


「お主が7年もの間、何も覚えておらんというのを信じろというのか?」


 王子は手と膝を床についたまま固まっている。フィティアが魔王の横へと近づき、耳元で囁く。


「魔王様…コレどうぞ」


 魔王の手に渡されたのは、まるでダチョウの卵に装飾を施したようなモノだった。それを見た瞬間サスタスの表情が変わる。


「そ、それは天界の⁉︎なぜあなたが?」

「さあ?なぜかしら?」


 魔王がその卵のようなものを眺めながら聞く。


「サスタスよ、これを知っておるのか?」

「それは天界の道具で『嘘を見分ける卵』と呼ばれています。それを手に乗せたまま嘘をつくと色が黒く変色するんです」


 魔王はその卵が本当に効果があるのか試してみる事にした。


「オーリリー、これを持ちなさい」


 オーリリーにそれを渡すと魔王は質問をした。


「暇な時は何をしてるのだ?」

「そりゃあ筋トレだよ!」


 卵は白いままだ。


「話は変わるが、…好きな人出来たか?」

「んなっ⁉︎い、いねぇよそんなもん!」


 顔を真っ赤にして否定するオーリリー。卵は下から黒に侵食されていった。


「うわ!なんだこの卵!気持ち悪い」

「ふむ、本当に黒くなるな」


 サスタスを疑っていた訳では無いが、本当に黒くなる事が分かったので、オーリリーに卵を王子に渡すように告げる。王子はオーガの王女に少しビクつきながら卵を受け取った。


「さて王子、本当に7年間の記憶がないのであるな?」

「本当です」


 卵は白。


「お主の父が、魔物を狩り始めたのも知らないのだな」

「嘘です!父がそんな事をするはずありません!」


 卵は白。


「後ろにいる沖田という人間を、お主が刺し殺そうとした事もか?」

「はい…全く…」


 卵は変わらず白。


「ふむ…嘘ではないのか」


 魔王は天井を見上げ、少しばかり思案を巡らせる。


「一つ聞くが、王子よ。お主が記憶を無くす以前、我々は人間が襲ってこなくなったと感じておったのだが、間違いだったのだろうか?まぁ一部冒険者との交戦はあったが」

「間違いではございません。20年近く前でしょうか。私の父、クリニア王は魔物達の生息地侵害を禁止しました。魔物達との協調を目指すことにしたのです」

「それが何故、急に侵略など始めたのだ?」

「いえ、わかりません。私の記憶のない間に、何かあったのかと…」


 卵は白いままだ。周囲の者達がその王子の言葉を聞いてざわつき始めた。


「黙って聞いてれば…いけしゃあしゃあと!」


 口火を切ったのはデッドアイだった。


「たとえ記憶が無かろうと、こいつが創士を殺そうとしたのは事実なんだから罰はあって然るべきでしょ!」

「まぁまぁ落ち着いて」


 ビシッと王子に指をさすデッドアイを引き止めるように創士は王女の肩を掴む。


 王子がデッドアイの方へ振り向くと口を大きく開けて狼狽した。


「……マーシャ⁉︎……いや、魔族か。しかし、似ている…」


 魔王とサスタスは驚いて顔を見合わせる。いや、新参者の魔族以外は皆驚いたはずだ。なぜ、王子の口からデッドアイの母であるマーシャの名前が出てきたのか。魔王は王子に尋ねた。


「お主、マーシャという名前をどこから知った?」

「私の乳母として働いていたマーシャという人物にそっくりだったので…。父に魔物達との協調を提案した人物です」

「……マーシャ。お前だったのか」


 魔王は目頭を押さえながら呟いた。


「え?え?どう言う事?」


 デッドアイは周りをキョロキョロと見るが、他の王女達も困惑気味だ。すると魔王は神妙な面持ちで話し始めた。


「デッドアイ…お前には小さい頃『母は死んだ』と伝えていたが、実は違うのだ…」

「どう言う事?」

「知っての通り、マーシャは病弱だった。魔王城は人間には住みづらい場所だったのか、容体は悪くなる一方でな…」


 確かに、ここの衛生面は人間の病人には悪影響だろうと創士は思った。


「ある日、マーシャは『死ぬ前にやり残した事がある』と言って、ここを去っていった。その後の足取りは分からなんだが、どうやら王城に居たようだな。それで、王に我々との協調を申し出た、と…」


 デッドアイは天井を見上げながら口を尖らせて考え込んでいる。


「うーん…、つまりお母様が本当は死んでなくて、王城へ行って私達との和平交渉をしに行ったって事?」

「まぁ…そうだな」

「ということは!お母様はまだ生きてるって事⁉︎」


 ぴょんと跳ねて手を叩いて喜ぶデッドアイに、心苦しそうに王子は告げる。


「残念ですが…」

「そう…」


 俯いて項垂れるデッドアイ。


「王子よ、お主の考えを聞きたい。我々人間と魔族は手を結べると思うか?」

「…私はマーシャが話してくれた人間も魔物も共存した世界に憧れました。同時に夢物語だとも思いました。ですが彼女を見て、決して夢物語ではないと気付きました」


 デッドアイに残るマーシャの面影を見たトーデス王子は、魔王に手の中の卵を突き付けながら言った。


「我々は共に歩める!」


 白く輝く卵を見つめ、魔王は玉座から立ち上がり王子の前へと歩みを進める。王子よりも遥かに大きな身長の魔王は顔の高さを合わせるように片膝をつき、王子に言った。


「マーシャを信じてくれたお主を、私も信じよう。マーシャが命を賭けて伝えた言葉、これを無駄にしない為にも、王子には一度王城へ戻って内偵をしてもらいたい」

「分かりました」


 魔王はサスタスに王子の帰城の手配と、今後の王子との連絡の一切を一任した。




―――王城―――


「王様!王子が戻りました!」


 王城内部では王子が城下町で行方不明になった事件で大騒ぎだった。


 王子の護衛役だった腕の立つ従者三人が重症。店の店主も『何も覚えていない』と言うばかり。手掛かりも少なく八方塞がりかと思われた矢先の出来事だった。

 突然王子が戻ってきたのだ。それも無傷で。城の者たちは皆安堵し王子の帰城を喜んだ。ただ一人を除いて…



「この忙しい時に何をやっとるんだ貴様は!」

「申し訳ございません、父上」

「余計な事で作戦が遅れたらどうする⁉︎」


 怒鳴るだけ怒鳴って、王は踵を返して去っていった。王子の直感が告げる。昔の父では無いと。この記憶から失われた7年の間に何かあったのは間違いなさそうだ。

 サスタスから注意されたのは『催眠術をかけた者が城内いるかもしれない』という事。全員が容疑者であるこの城で、催眠にかかっているフリをしながら情報収集をしなければならない。


(骨が折れるな…だが、これも国の為…!)


 王子の孤独な戦いが始まった。

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