第2話 雇い主
あまりにも突然の事に思考が追いつかない。周りをキョロキョロと見回すとゲームやアニメで見たような魔物達、人間っぽい人もいるが角がついていたり羽が生えていたり。私はその魔物達に囲まれる形で魔法陣の真ん中に立っていた。
周りの魔物がざわめいているが言葉は分からない。だが、あまり歓迎されている様子ではない。
魔王らしき人が隣に立っていた魔物に話しかける。その魔物が頷くとこちらに手の平を見せるようなポーズをとる。するとその手から緑色の何かが打ち出された。
反射的に手を出し防御しようとしたが私に触れた瞬間、私の体がぼわっと緑に光ってすぐに消えた。
「私の声が分かりますか?異界のものよ」
と先程、緑の何かを発射してきた魔物が言う。私はコクリと頷くと魔物が続けて話しかけてくる。
「今あなたに我々と意思疎通を図れる魔法をかけさせていただきました。あなたの言葉も私達にわかるはずです。試しに発言をお願いできますか?」
(なるほど、便利な魔法があるもんだなぁ……って魔法!?)
内心、初めて魔法というものに触れ少しワクワクしてしまった。とりあえず話してみる事にする。
「あの〜…ここはどこなんでしょうか?」
夢か現実か。はたまた地獄なのか。あまり嫌な結果は聞きたくない。
「ここは我らが主人、魔王エルキオ様の城である。貴公は長年続く人間との戦の防衛の要として召喚された」
にわかには信じ難いが、これが異世界というやつか。私は一つ疑問をぶつけてみた。
「防衛の要と言いましたが、私はただの一般人ですよ?」
周りが再びざわめき出した。魔王が言う。
「謙遜はよせ、それではその兜は何だ?」
「いや、これはヘルメットですよ」
私は少し笑いながら返答した。魔王はヘルメットとは何だ?という顔で隣と魔物をみる。
「魔王様、確か人間の言葉で『ヘル』とは地獄という意味だったかと。」
「『地獄』を冠する兜か。強そうではないか!」
私は上司に寒い親父ギャグを言われた時のような愛想笑いをした。盛り上がる2人、魔王はさらに続ける。
「その腰に付けているのはナイフか?」
「これはスクイジーです。ガラスをシャンパーで拭いた後、水を切る道具――」
「水を『切る』!クハハッ!そんな事が出来るのは、この大陸でもそうはおるまい?剣豪グラウスか剣神のヤツくらいなものよ!なぁサスタスよ」
「仰る通りです」
そんなに拡大解釈されても困るのだが、そんな事を思いながら改めて自分の格好を見た。ガラス掃除をしていた時と全く同じ格好である。
(まさかこんな格好で異世界に召喚されるとはね)
不思議と自分の中で『異世界に来た』という事実は受け入れられた。これがドッキリだったとしたらハリウッド並みの予算を自分如きに使うわけがないし、夢なら夢でいい。明晰夢は一度見てみたかったのだ。
魔王がこちらを向き言う。
「時に、人間よ。まだ名前を聞いていなかったな」
「私の名前は沖田、沖田創士と言います」
「ふむ…。沖田よ、元の世界では何をしておったのだ?どこぞの国の兵士か?それとも名のある剣士か?」
「いえ、掃除屋です」
――思っていた返答では無かったのか、少し間をおいた後、ハッと気付いたような顔をして魔王は言った。
「な、なるほど!敵を掃討する掃除屋ということか!今回は当たりだな」
(勘違いもここまでだと清々しいな)
苦笑する私をみて先程サスタスと呼ばれていた魔物が少し笑っているように感じる。周りを見れば何人かの魔物達も笑いを堪えているようだ。まぁ普通分かるよな、鎧を着ているわけでもない、あまりにも軽装、そして武器と呼ぶにはあまりにも弱々しい掃除道具。わざとでなければ相当な天然だな。
「すみません、私は建物や部屋などを綺麗にする掃除屋をやっております」
私は正直に本当の事を伝えた。魔王は僅かな希望が打ち砕かれたように落胆し溜息をついた後、一言「カシオンを連れてけ」と言った。
すると後ろでローブを纏った魔物が両脇を抱えられ扉の方に引き摺られていく。
「嫌だぁぁ!もうあの部屋は嫌だぁぁぁぁ!」
バタン!と扉が閉まった後も僅かに『嫌だ』と叫び声が聞こえる。
私は一連の出来事を固唾を飲んで見ていた。ここは魔王の城、魔王の一存で生死が決まる。下手をすれば死ぬよりも苦しい拷問にかけられる事だってあり得ることを何故失念していたのか。今になって少し膝が震えてだした。
「この人間…どうしたものか…」
魔王が一段と低い声で言う。こんな事なら嘘でも話を合わせておくべきだったのだろうか。頭をフル回転させ生き延びる方法を考えているその時である。
「お父様、その人間。ワタクシが貰ってもよろしいかしら」
声のする方を見ると、見目麗しい黒髪の女性が…悪魔の角が生えているが。
「ふむ、まぁいいだろう。防衛には使えそうにないしな」
「ありがと!さぁアナタ、あたしに付いて来なさい」
彼女は微笑みながら部屋を出ていく。あまりの展開の速さに考えが追いつかないので、とりあえず彼女の後をついていった。廊下を進み曲がり角を折れ、また廊下を進み――
これを何度か繰り返し、どんだけ広いんだこの城は!と思い始めた時、前を歩いていた彼女が振り返り、この異世界生活のファンファーレとも言える一言を放つのであった。
「アナタ、ワタシの配下になってこの城を掃除しなさい!」
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