第60話
ゴードンと関係がズルズル続いているとは言え、もう商会とは全く関係ない。
商会長夫妻と話すのは気まずいから遭遇を避けているし、実の両親と顔を合わせることすらない。カガリだって滅多に見かけない。
たまに町中で柄の悪そうな男に囲まれているのを見ると、心配になる時もあるけれど――あの子は誰もが気後れするような美人だから、きっと上手いかわし方を熟知しているのだろう。
彼女がニコニコと笑顔で一言、二言話せば、男たちは大人しく去って行った。たまにしつこい手合いの男が居ても、タイミングよくゴードンが通りかかって追い払っているらしい。
その話が脚色されて、「ゴードンはいつもカガリを見守っている。あの2人は結婚間近らしい」なんて噂を聞いたこともある。本人がカガリについて何も言わないから、探るような真似はしないけれど……心中は穏やかではない。
カガリは瞬く間に、私の持っていた何もかもを完璧に塗り潰してしまった。
仕事の成績は私の遥か上らしいし、男女問わず職員からの人望が厚いという。あれだけ美人だと同性からやっかまれるのでは? なんて思っていた時期もあった。でも人間、あまりに美しすぎる者が相手だと屈服してしまうようだ。
美人で、人当たりが良くて、仕事もできる『商会の顔』。営業成績が良い上、ゴードンを慕っているからか商会長夫妻にも気に入られているらしいし――彼の心も、いつか塗り潰されてしまうのだろうか? それだけが恐ろしい。
なんでも持っていて誰からも愛される妹と、これと言って特徴のない私。しかも母の撒いた噂によれば、枕営業を繰り返した結果子宮に異常をきたして、全摘出したアバズレ。商会長夫妻を騙して裏で着服、横領を繰り返した恩知らずの泥棒だ。
正直、自分でも「よく町に顔を出せるよな」と思う時がある。とは言え全て嘘なのだから、堂々としていれば良いではないか。下手に町に姿を見せなくなったら、それこそ噂を認めたことになるではないか。それだけは私の残り少ない矜持が許さなかった。
結局のところ私は今も負けん気が強くて、可愛げがないままなのだ。
「少しぐらい付き合ってくれたって良いだろう? 全く、カガリはお前と違ってノリが良いのに……どうしてお前の方がお高く止まっているんだか。不思議な姉妹だよ」
男の言わんとしていることが分からないまま、手の痛みに顔を顰める。いい加減にして――と言いかけたけれど、それよりも先に手首の圧迫感が消え失せた。
顔に影が掛かって、パッと見上げれば見慣れた広い背中。ただ人混みに紛れただけで、ずっと様子を見ていてくれたのかも知れない。
心の底から安堵するのと同時に、商会の人間にゴードンと並ぶ姿を見られるのは良くないと思った。
「ゴ、ゴードン? 今日は内勤のはずじゃあ――」
「俺の予定なんてどうでも良いだろう、セラスに何をしようとした?」
「いやいや、本当に少し話がしたかっただけだ。セラスもゴードンも大袈裟だぞ、全く……」
「それなら俺も一緒に話を聞こうか。力ずくで連れて行こうとしていたようにしか見えなくてな」
男は俯いて気圧された様子だったけれど、しかしパッと顔を上げると、やけに強気な表情を浮かべていた。
「婚約破棄した女をいつまでも未練たらしく追いかけて――このことを商会長に話したら、さぞかし渋い顔をされるだろうなあ? ……セラスが」
「セラスは関係ない。俺の意志で、俺の好きでやっていることだ。彼女が責められるのは違う」
「それこそ、商会長からすれば関係ない主張だろう。婚約破棄したくせにゴードンをたぶらかして離さない。結婚することもせず、子供も産めない。ただ息子の人生を浪費させるだけの、最低最悪の女でしかないんだから」
安い挑発に乗ったゴードンが「お前!」と男の胸倉に掴みかかったので、慌てて2人の間に入って仲裁する。もっと早い段階で彼を突き放さなかった私の自業自得なのだけれど、こんな町中で修羅場など冗談ではない。
このままでは、いよいよ町に顔を出せなくなってしまう。……いや、もしかして男の狙いはそこにあったのだろうか?
ゴードンがここに居ることに驚いたぐらいだから、彼との喧嘩が目的ではなかったはずだ。ただ私を痛い目に遭わせて、二度と町まで来られないようにしたかっただけなのではないか。
……しかし、そこまで嫌われるようなことをしただろうか? ほんの少しだけ営業成績が上で、セクハラ発言をかわして、無視して――たったそれだけのことで? もう商会を辞めたのだし、そこまで執着される
男の行動理念を予想してみたものの、イマイチ腑に落ちなかった。私は不可解なままゴードンの腕を掴み、男を解放するよう促した。
――するとその時、聞き覚えのある高い声で「姉さん?」と呼ばれる。
久々に見た妹は相変わらず美しかった。そして彼女の横に並ぶ商会長夫人は、頭痛を堪えるような表情を浮かべている。
「ゴードンあなた、一体何をしているのよ……どうしてまた、セラスと一緒に――」
これはますます面倒なことになったと思いつつ、並ぶ2人がまるで母子のような気安い距離感であることに、私は少なからずショックを受けた。
夫人は元々カガリのことを気に入っていたのだから、良くしてくれて当然だ。だけど、子宮をなくす前は私があの位置に立っていたのに――あの場所は、私が居るはずだったのに。そう思うと、どうにも寂しい気持ちになってしまった。
実の両親だけでなく、ゴードンの両親からも愛されてしまうのか。私が欲しかったものを何もかも、カガリはいとも簡単に手に入れてしまう。
どうしていつも、妹ばかり――私は自分の犯した過ち全てを棚に上げて、恵まれた妹の幸せを妬んでしまった。
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