11‐04 「KILL The R┃℃Η パート4」 第十一話 完



 戦闘開始から20分が経過し、攻略側部隊でもっとも銀行に近づいているのはタダオたち3人の爆弾設置チームであった。


 それを追う空是と友禅寺が二番手という状況。それ以外のギグソルジャー達は街中の住人があやつるゾンビ兵に苦戦し、すでに6割近い損害を出していた。


 一人のギグソルジャーを倒すのにゾンビ兵が10名以上倒されているという割合であるのに、ゾンビ兵の数は減ったようには見えない。「街中全てが敵」という現実の恐ろしさだ。


 しかしそれでも、空是達は銀行の眼前にまで迫っていた。


 


 「次はお前だぞ!」「「お前だけ逃げれると思うな!」


 ゾンビ兵の海を分断するバンカートレイルの上を走りながら、タダオとタラがまぴゆきに迫る。まぴゆきは泣きそうな顔で二人に前方に押し出されている。 


 「あ~~クソ!なんで届いてないぃ!


 …支援要請!バンカートレイル…さんびゃ…」


 「400!」「400払ってお前も破産しろ!」


 後ろの二人から鬼気迫る怒号が飛んでくる。


 タダオのにつづいてタラも支援要請を行い、その貯金をほとんど失っていた。


 「よんひャく!」


 まぴゆきが貯金を代償にした結果、空から400メートル分のバンカートレイルが降ってきた。


 衝撃音と共に、彼らの行く先に新たな安全な道が生まれた。その先端は銀行の敷地手前にまで届いている。


 「おぅ!」


 まぴゆきが苦痛に満ちた声を上げた。自分の貯金額を見たのであろう。


 「金を払えば、勝てる。これがペイ・トゥー・ウィンだよぉ~~!」


 同病に憐れむことなく、タダオは楽しそうだった。


 3人は新たにできた長い堤防道路に飛び移った。




 「おい、あれにタダ乗りしようぜ!」


 空是と共に屋根の上を走っていた友禅寺が敵兵を蹴散らしながら提案した。


 彼らはタダオたちからだいぶ遅れて、3本目のバンカートレイルに飛び移った。


 


 「マクダールくん!」


 ヘカトンケイルバンク・キュゲス支店の頭取AIが、銀行の目前にまで敵の仮設堤防が届いたことに焦りの声をあげる。


 「やるねぇー。ここまで届きそうじゃない。じゃあ、そろそろ奥の手だしますか」


 前に出たマクダールは両腕に付けた腕時計型デバイスをクロスさせて起動する。


 一瞬だけ、彼の背後に彼のアバターが姿を現す。一瞬だけだが、危険な印象を与える姿だった。


 「それじゃあ…」


 マクダールは両手の指でターゲットスコープを作り、新たにできたバンカートレイルに照準をつけ、フランス語でコマンド入力した。


 「アルム・デ・トリーシュ《チートウェポン》


 ル・カオ・デ・ベア《ワームの混沌》」




 その瞬間、彼の周囲500メートル以内の全てのゾンビ兵の体が引きつり、一瞬停止した。そして一箇所に向かって吸い寄せられる。精緻な兵士の形をしていた彼らの体から、ポリゴンが引っ張られて飛び出す。特徴的な三角が彼らの頬や首、腹や眼球、どこからでも伸び一方向を目指す。その三角に遅れて、体全体が飛び出して移動する。壁も屋根も無視して、一箇所に。


 数百人が無表情に地面を引きづられて、くっつきあう。くっついてくっついてくっつく。


 それらが塊になり、固まりと固まりが結びつき、結びつきがどこまで伸びていく。


 そして、


 まぴゆきたち三人の前のバンカートレイルが地面からの突き上げに砕け、大きな破片となって空に飛んだ。


 その破片が小石に見えるような、巨大なミミズが地面から伸び上がり空中でのたうつ。


 バンカートレイル上にかがみ込んでいる三人には見えた。その表面がすべて敵兵でできている、表面にびっしりと並んだ敵兵が目を見開き体がつねに痙攣を起こしている。その痙攣により巨大なミミズの全身の表皮が波打っていた。


 「うげぇ!」


 赤黒い呪われた巨大地虫が登場したのだ。三人共に気分が悪くなるのは仕方なかった。


 「チート…?」


 「いや、グリッチだ! キャラの位置情報に破綻を起こして一体化させている!」


 タダオの説明は巨大ワームの体当たりを避けるために中断された。トレイルがさらに破壊され半分の長さになった。


 敵兵の異常な挙動と地形判定無視の合体はグリッチと呼ばれる類のものだ。


 「おそらくだが、住民に配ったPCに最初から仕込んでやがったんだ。頭からケツまで道具としてしか見ちゃいねぇ」


 ワームの表面に浮かぶ兵士の顔は無表情だった。苦悶や嘆きの顔でないのがさらに不気味だった。


 のたうつ巨大ワームがトレイルを破壊し続ける。それとともに住宅も何もかもが押しつぶされていく。


 「こんなのBANされるだろう、ふつう!」


 タラが異常な事態に文句を言う。


 「ギリギリやな。むしろBAN覚悟の最終手段って感じや」


 それは使い手であるマクダール自身も分かっている。


 「タイムオーバーギリギリまでやらしてもらうぜ」


 両腕をクロスし、銀行前の最後の番人として彼らの前に立ち塞がっている。


 まぴゆきの背中に背負った重機関銃が火を吹くが、直径4メートル、長さ30メートルの巨大ワームは移動し続けているため、表皮を削ることしかできない。人体の薄皮がボロボロと剥がれ落ちるのみだ。


 巨体にかかわらずその動きは早い。銀行前のマクダールの手の動きに合わせて、のたうち回り破壊を続け、まぴゆきたちの行く手を阻む。


 「無視して進もう!この虫は銀行自体を傷つけることはできない!」


 タラが巨体の隙を狙って前に進んだ。周囲の敵兵は全てこのワームに吸い寄せられて周りにはいない。ワームさえ抜けられれば銀行までの間に邪魔するものは敵兵も建物も存在しなかった。銀行の敷地内にはいれば勝ったも同然であった。


 「させないんだな、これが」


 マクダールが両手を舞踊のように複雑に動かすと、ワームの先端ではなく腹の部分が飛び出すように動いた。重力や地面判定を無視する動きだった。


 「!」


 背中にワームの巨大な腹がぶつかってきた。タラの体は巨体に弾き飛ばされる衝撃ではなく、位置情報を狂わされる不快感を味わった。


 「う、動けない…!」


 タラの体は大多数の敵兵の絨毯の中に飲まれていく。いくら足掻こうとキャラの位置情報が0,0,0の数値のまま動かない不条理感がタラを襲う。内部から殴り爆裂を起こすがそれすらも飲み込まれていく。


 「このやろおォォ!」


 正面から向かってくるワームの顔に全開の火力をぶつけるまぴゆきであったが、そのワームには眼も脳もない。全てが外部からコントロールされる異常なキャラだった。銃撃もむなしく正面から飲み込まれるまぴゆき。彼が撃ち続ける発射音の移動から、彼が体内に飲み込まれていく軌跡だけが聞こえてくる。


 「うわぁぁぁ!」


 最後に残ったタダオに、その巨体を預けるかのように倒れ込むワーム、しかしその動きはいくつもの爆発によって阻止された。


 「おっさん!大丈夫か!」


 友禅寺と空是が間に合った。


 爆弾を抱えるタダオの安否を気遣うのは友禅寺にまかせて空是がワームに飛び込む。


 空中で分身が生まれ、衝撃波が幾度も響く。彼のチートウエポンによる多重斬撃もワームの表皮を削り体幹にまで届くものであったが、切断にはいたらず、ワームの表面は新しい兵士の体によって埋められ、無傷な状態に戻った。


 「ナイフじゃ駄目か!」


 空是はワームに飲み込まれる前に距離を取った。


 「す、すばらしい!しかし、こんなことをして君のアカウントは大丈夫なのか?」


 ワームの鉄壁ぶりに感心した頭取AIが、彼の警備主任のBANを心配した。


 「大丈夫…とは言えませんね。かなり派手なチートですから。あと数分でBANを食らうかも知れません。しかし、これも皆様のためです。この不肖マクダール・マルカ。世界の安定のため、預金者の資産のためにアカウトンを投げ打つ覚悟です」


 苦しげな汗をかきながらもニコリと笑うこの男の顔は、そのまま宣伝のスチル写真に使ってもいいくらいのものであった。


 「マクダールくん…」


 その献身ぶりにはAIといえど感じ入るものがあったのか、言葉が続かなかった。


 「どうするよ?けっこう無敵っぽいぜ」


 友禅寺の言葉に、残ったタダオと空是は振り返る。


 「もう時間がないよ!」


 空からのミラノのよる徹甲ウィルス弾の狙撃もワームの動きを止められない。


 「僕と友禅寺が、囮になるから、その間に」


 空是がタダオの目を見る。彼の爆弾を銀行に設置するのがこの作戦の唯一の目的だ。残りの二人はどうなろうと構わない。


 「了解した。派手にやってくれ」


 それを分かっているタダオはすぐさま承知した。


 「チートウエポン:ライデンバレット」


 変形した友禅寺のライフルから放たれた弾丸は着弾した瞬間、雷を放った。次々とワームの巨体に弾が当たり、雷が長い巨体の上で何度も暴れた。単体の敵であればいかなる巨人をも屈服させるこのチートも、30メートルサイズのモンスターを想定したものではない。その効果はあまりに限定的で、電流が流れた部位の兵士がバリバリと痙攣するだけだった。だが派手ではあった。ワーム上に突如発生した雷の乱舞は操作するマクダールの視線を奪った。


 「グリッチ対チートか?相手になるぜ」


 手首を返してワームの首をもたげさせる。敵の姿を視界に捉えた。


 友禅寺に向けて首が持ち上がる。派手なだけの攻撃に効果があった。ワームの顔のない先端には放射状に人間の顔が固まっていて、それでけでも恐怖を呼び起こすものであったが、友禅寺は勇敢にも立ち向かい派手に攻撃し注意を引いた。


 その間にタダオは潰れた家屋の影を進み、銀行へと一歩一歩近づいていく。秘匿回廊の接続時間の限界が近い。チャンスはこの一回しか残されていないだろう。


 建物の影から銀行の建物が見える。あともう少しだった。


 「おおっと」


 マクダールの視野は広く、抜かりはなかった。右手をすいっと横に動かしただけで、ワームは友禅寺への興味を失ったように、突然方向を変えタダオに向かって体を伸ばした。


 重い爆破装置を抱えるタダオには、建物が落ちてくるかのようなその攻撃を避ける手段はなかった。


 押しつぶされた、と思った瞬間には空是の体がそこにあった。彼はタダオとワームの間に出現し落ちてくるワームの体を両手で支えていた。当然ながらワームの巨体を彼一人で支えられるわけはなく、横たわったワームの体の一部が持ち上げられ、なんとかわずかなスペースを作って、タダオを守っていた。


 しかし、彼の両手はずぶずぶとワームの体内に飲まれている。頭の一部も体内に入っている。両足を地面に付けていられるから、まだ位置情報を失わずにすんでいる、という状態だった。そこから挽回することなど、空是にも不可能であった。


 「空是君!」


 タダオの体の上に空是が盾となり存在しているからタダオは飲み込まれないですんでいるが、ワームの体は屋根のように二人にのしかかっており、両者ともに絶体絶命の状態になっていた。


 「空是!」「空是くん!」


 友禅寺は攻撃をしながら叫ぶが、彼にも救う手段などなかった。上空のミラノもそうであった。


 「おっしーね。もう少しだったのに。でも残念ながら、勝つのはいつも金持ちなんだよ」


 銀行の前に立つマクダールは両手をクロスした構えで敵兵の最後の攻勢を防いだ。全ての攻勢を防ぎ、金持ちの資産を守りきったのだ。


 「くそっクソっ」


 上空からあがきのような狙撃を続けるミラノ、彼女は自分たちの船のロビーに積まれた貨物の異変には気づいていなかった。


 不要とされいくつも置き去りにされていった貨物の中に、ひときわ大きな貨物があった。人より大きなその貨物には内容物のデータはなく、誰一人触っていなかった。


 その貨物が突然開いた。


 弾け飛ぶようにフタが開き、内部のものが外の世界に向かって走り出した。


 ミラノが視線の端に捉えたのは、地上に向けて飛び込む金色の…


 


 対空攻撃はすでに止んでいた。誰一人、空を見ているものはいなかった。街の各地で起こっていた戦闘も、ほとんどが現地軍の勝利で終わり、最後の戦闘が中央の銀行手前で行われていた。


 空から見てもでかい、その巨大なワームが僅かな銃撃を受けながらも、ゆっくりとした動きで地上の残り物を押しつぶそうと揺れていた。


 彼女には、それだけで全てが分かった。


 降下の加速が増し、地上とワームがどんどんと大きくなる。彼女は背中に装備された唯一の武器を取り出した。


 巨大な刀。伸ばした切っ先が空気と空を切断し、蒸気の雲を引いていく。


 加速は止まず、敵の直ぐ側まで来た。


 「チートウェポン:アスラ・アフターイメージ」


 彼女の体から残像が生まれる。5つの残像が落下スピードの速さに遅れ距離を広げる。


 早ければ早いほど、離れる残像。それぞれに刀を持ち同じ様に構えている。


 友禅寺が、彼女の降下に気づいた。


 その時には、5つに別れていた彼女の刀が振り下ろされ、ほとんど同時にワームの体を切り裂いていた。


 一人による5連撃がワームの胴体を半分まで切り裂いた。


 木こりが木を切り倒すかのように、ワームの幹の半分が三角の破片になって飛び散る。


 切った勢いで反転した彼女が、残像と共に着地をする。


 5体が同じ場所に次々と着地する。


 半切断されたワームが体の自由を失い、暴れる。空是達に乗り上げていた部分も飛び上がって離れた。


 空是が、タダオが、友禅寺とミラノが、その彼女を見た。金髪の女性型アバター。


 彼女の姿を見たのは、わずか二日前。


 ロシアでの作戦時に会っていた、彼女は。


 「ロシアの、ヴェーチェル…」


 空是にとっても、馴染み深いアバターが彼らの窮地を救った。


 ゆっくりと刀を構えるヴェーチェル。残像が何本もの腕と刀を生む。まるで阿修羅像だ。


 「Дава『とっとと済ませましょう。私まだ、引っ越しもすんでないの』ехал.」


 彼女の言葉が翻訳され伝わる。


 おもわず奮い立ち立ち上がる空是。


 再び斬りかかる彼女のチートに合わせて自分のチートも放った。


 「チートウエポン:アスラ・アフターイメージ」


 +「チートウェポン:クイックマヌーバ」


 両者の刃が多重に映し出され、空間を切り裂く巨大な破断を作り出す。


 吹き飛ばされたワームが山なりを作った後、二つに分断され別々の方向に向かって倒れていく。


 


 「ど、ど、ど。どーするんだ!警備主任!」


 頭取AIが内部の処理の混乱そのままに言葉を詰まらせた。彼らの目の前で銀行の最後の守護神が真っ二つにされたのだ。


 頭取は浮いたボールの体をガシガシとマクダールにぶつけるが、彼は無反応であった。


 「おい!貴様!なんとかしろ!奴らを殺せ!貧乏人をこの銀行に近づけることなどあってはならんことだぞ!」


 AIが作り出せる貧弱な恫喝に気づいたのか、マクダールは先程までとは違い、本当に陽気な笑顔で答えた。


 「頭取、あれ見えます?」


 彼は山向こうを指差していた。何筋もの黒煙に隠れて山はよく見えない。


 「なにを言っている?なにか援軍でもいるというのか?何も見えんぞ」


 ビーチボールを小脇に抱えるかのように、頭取AIの端末を抱えたマクダールは根気よく山向こうを指差しながら付け加える。


 「ああ、メタアースではない、現実の世界だ。メタアースのレイヤーは切ってくれ」


 言われるがままに、頭取は視界のメタアースレイヤーをカットする。それだけで戦場の光景は消え、普段よりも静かで死んだような街とその向こうの山が見えた。


 遠くの山から、ピンクと黄色の煙が昇っていた。


 「なんだあれは?」


 「クリッピングフィールドに囲まれていると、外部からの情報が遮断される。戦争中は誰もこちらに情報を送れない。秘匿回線を通らない限りね。だからああいう原始的手段が役に立つ」


 「なんなのだアレは!」要領を得ない男の返事に怒るAI。


 「狼煙だよ。あれは俺の仲間からの合図だ。インドのアイガイオン支店が落ちたってな」


 「…?、なに!」


 「落ちたんだよ、ついさっきな。こっちよりも警備がヘボだったようだ」


 マクダールの顔に、雇われ人としてのへりくだった表情がなくなっていた。脇に抱えていたAI端末をツマラナイおもちゃの様に手放し自由にした。


 「貴様、何を言っている。アイガイオンが落ちた…?、それではこのキュゲス支店が落ちれば…!」


 「そう、世界の富豪共が溜め込んだ資産の全てがロストする。その台帳情報はあまりにも膨大すぎて誰にも復元できないだろう。世界の7割の富が行方不明の後、別の人間たちによって再回収される」


 「お前、いったい何を」


 「ここまでってことですよ、雇い主様。AI経済などという狂った妄想は我々が終わらせる」


 マクダールの目には頭取AIの姿は守るべき物ではなく奪うべき物として映っていた。


 彼の両腕の腕時計デバイスが鈍く光る。


 彼のアバターが彼の背後に現れる。


 白とオレンジのシンボルカラーを有し、獣のような表情のそのアバターは


 「神罰部隊…」


 頭取AIは自分が飼っていた獣の正体を初めて知った。しかしその情報はネットに放出される前に消える。


 マクダールのアバターの拳に生えた短刀が、頭取AIの端末に突き刺さっていた。挿入されたウィルスが頭取の頭脳を崩壊し、情報の一辺も残さなかった。


 「さてと、後始末は連中に任せるか…いがいと脆かったな。ヘカトンケイルバンクなんて、名前負けもいいとこだぜ」


 そう言って戦場を再び見るマクルーダの目には強い光があった。彼の目には窮地を脱した空是達の姿が映っていた。


 彼はガレージから旧式のエンジン式バイクを持ち出した。完全ノンデジタルの機械に乗り、ファベーラの街を走り去る。もうこの街には彼の行く手を邪魔する兵士はいなかった。




 「OK、準備できた」


 クリスタル素材のような銀行の壁面に取り付けられたドリルで等間隔に穴を空け、そこに爆弾を詰めていく。時間がないため残ったメンバー総出で行った。タラとまぴゆきはグリッチに飲まれた状態から戻れなかったため、そのまま帰還となり、ヴェーチェルを含めた4人での作業となった。ミラノは上空で索敵にあたったままだが、寄ってくる敵はいなかった。


 爆弾の設置は完了し、あとは爆破だけとなったが、タダオの手は震えていた。自分の手で世界経済を爆破するかのようで躊躇してしまう。


 空是の手が重なり、友禅寺の手も重なり、ついでにヴェーチェルも手を重ねた。


 「ここまできたら、一蓮托生だな」


 大人らしく諦めの言葉を口にしたタダオが、みなの手の力を借りてスイッチを押し込んだ。


 世界最後のヘカトンスケイルバンクのクリスタルな表面にヒビが入る。


 結晶と結晶がきしみ合う嫌な音がしてから、正立方体の建物は粉々に吹き飛び、


 世界の残り23%の富の情報がロストした。




 富豪たちが溜め込んだ世界経済の7割の資産、それがばら撒かれ行方不明となる。復旧させる手段はほとんどなかった。




 息を吐いて現実世界に戻った空是。


 馴染みあるフルカウル式のゲーミングブース内。PCとフローティングマウスが見えた。ハっと気づいてそのパーテーションから顔を上げる。


 突き出している他のメンバーの顔も見えた。みな、先程まで戦場にいて世界の命運を決める戦いをしていた。それなのに、その行く末よりも気になるものがある。


 気になる人がいる。


 全員の顔が同じ方向を向いていた。


 出撃前には空であったはずのそのゲーミングブースには、今は使用中のランプがついている。


 そこから、輝く金髪の頭部が現れた。ブースから出てきたのは一人の少女。


 綺麗な、美しいと言っていい少女の姿。歳は空是と同じくらいか。彼女があのアバター「ヴェーチェル」の本体であるのは明らかであったが、空是にとっては初めて見る本体の顔だった。


 彼女は注目する全員の顔をゆっくりと眺めている。落ち着いている。見知らぬ顔に怯える様子もなく、空是の顔を見た時、すこし笑顔になったと彼は思った。


 そして、口を開く。


 「ミナサン。ハジ、メ。マシーテ。


 ワタシハ、レナータ・Ермолаева・Тумановаデス」


 たどたどしい、AI翻訳を通さない日本語での自己紹介であった。


 それは残像を伴った可憐さとなって、空是を何度も貫いた。  


 

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