01‐02 「世界最後のプロゲーマー志望高校生」



 「朝も早くから、熱心だね。くうぜ君」


 「そりゃまー、部活ですから、そらいろ先輩」


 「部活じゃないでしょ、研究会。部員二名じゃ部活になれないって」


 「だからこうして頑張ってるんですよ、朝も早くから朝練ですよ」


 「朝練って、する?Eゲーム研究会が?」


 「してるじゃないですか、現に、朝練」


 少年は話しながらも視線はフェイスグラス越しのモニターを見て、両手にフローターマウスを装着し、爆音で排熱し続けるプロゲーマー使用のPCを鳴らしながらゲームをしていた。


 両手を高速で動かし、フローターマウスに付いた大量のボタンとスティックを10本しかない指で器用に操作する。眼球は稼働限界を限界速度で四方に動かし、足元にすらボタンがあり、それを両足で華麗に押し続けている。


 そんな必死な有様でありながら、話し方は普段どおりだった。


 ここは今先市立誠心高校の、文化部の部室が並ぶ校舎の一角。扉には手書きの「Eゲーム研究会」と張り紙がしてある。


 その狭い部室に二人の生徒がいた。一人は冴えない感じの鬼気迫る男子学生…容姿は冴えないというレベルであるのだが、ゲーム中の彼は声をかけるのも憚れるほど鬼気が迫っていた。彼の周りの空気は、彼の足元にあるプロゲーマー使用のPC並みに発熱している。


 「一色いっしき 空是くうぜ


 この学校の一年生で唯一のEゲーマー研究会会員だ。部ではないから部員ではない。


 その彼の目線の隅に立っている女生徒。その容姿は地味であった。


 しかし地味なのはその印象だけで、女子校生としては少し高めの身長。平均を大幅に上回り制服を盛り上げている胸。引き締まった腹部とスカートの下から長く伸びる足。全てが全く地味ではない。


 しかしなんの手も入っていないつややかな黒髪と厚いベールのような黒縁の眼鏡が、その本性を隠すかのように、彼女を「よくいる女学生」というレベルに見せている。


 「淡井あわいそらいろ」


 キラキラネームの先端を行くかのような名前であった。空是の2つ上、同会所属の3年生だ。


 PCデスクの端に腰掛け、必死にゲームをしている空是を眺めるそらいろ。


 「今どき、プロゲーマーを目指しているのって、くうぜ君ぐらいじゃないの?だからEゲーム研究会に人集まらないんだよ」


 「なんでみんな…ゲームをしない!こんなに楽しいのに!」


 鬼のような顔をしながらゲームをプレイしている空是が言う。


 「そりゃ…プロになっても儲からないから?」


 そらいろが悲しい現実を言う。


 「馬鹿な!僕が子供の頃はプロゲーマープロゲーマーってみんな持てはやしてたのに!だから僕だってこうやってプロになるために朝練までして! 一生ゲームして暮らせるのに、なぜみんな目指さない!……ああ、クソ!」


 コントローラーから手を離して空是がのけぞる。


 「負けたの?」


 「負ける?僕がゲームで負けるわけ無いでしょ。。相手が回線を切ったんですよ。チキンめ!」


 「それは…くうぜ君と戦っても相手が楽しくないんじゃないの?」


 「こっちだって、回線切られて楽しくありませんよ。そらいろ先輩、ゲームは真剣にやるからこそ楽しいんです。純粋な力比べこそ楽しい。僕に負けることで相手は何かを学べるんです。相手を思いやる接待プレイなんて僕は絶対にやりません」


 断言する空是にそらいろは優しい顔で


 「だから私はあなたと対戦しないの、わかる?」


 「わかりません!」


 空是は真面目な顔で断言した。


 校舎の中が少し騒がしかった。それがこの外れにある部室練にも伝わってきたが、朝の登校が本格化した時間なので彼らの関心を惹かなかった。


 「だからね、くうぜ君、今はギグソルジャーの時代なの。ゲームできる人はみんなギグソルジャーやってお金を稼いでるの。Eゲーマーはね…絶滅したの!」


 「聞きたくない!」


 耳をふさぐ空是。その耳元に顔を近づけ更に続けるそらいろ。


 「そりゃそうだよ~ゲームが上手い人はみんな戦争に行って戦っているの。お金も稼いでヒーローになるの。ゲームじょうじゅでちゅね~って、えらいね~ってみんなに褒められるのに。くーぜ君はこんな部室で世界の裏に住んでる、同じくらいの変人と対戦して、相手を凹ませて回線切らせてるだけなんて~」


 「あ~!あ~!聞きたくない!」


 空是の反応を楽しんでいるのか、いつものようにからかうそらいろ。


 「僕は!」


 突然立ち上がる空是。そらいろはぶつかりそうだったが無事だった。


 「僕は、純粋にゲームがしたい。ゲームで世界一になりたいのに…。なんでそれすら許されない!ギグソルジャーなんて不順な、日雇いの戦争傭兵なんてなれるか!」


 若者の叫びを母親のような目で見るそらいろ。


 「でもね、くうぜ君。どっちにしろ、いつかはね…」


 そらいろが言葉を続けようとしていた時


、校舎に響いていた生徒たちの騒ぎ声のボリュームが何段階も上がった。彼らにもそれが非常事態であることが分かった。




 誠心高校1年教室。


 朝の登校時間、生徒たちがそれぞれに憂鬱であったり楽しげであったりする顔で教室に入ってくる。空っぽだった部屋に生徒たちが集い、徐々に教室という空気が生まれていく。


 「あれ、なに?」


 女生徒が怯えた声で窓の外を指差した。何人もの女子がその方向を見て小さな悲鳴を上げる。男子生徒もその方向を向くが何も見えない。フェイスグラスを起動していないのは自分だけだと気付き起動させると、彼の目にも通常ならざる光景が見えた。


 都市上空に浮かぶ戦艦と、それに向かって地上から昇る何本もの対空攻撃の火線が見えた。その光景を見た男子生徒の口から言葉がこぼれ落ちる。


 「戦争…?」


 


 実際の攻撃ではない。空に浮かんでいる戦闘艦は仮想の空間「メタアース」の空に浮かんでいるものだし、飛び交う攻撃も現実の物質を一ミリも傷つけるものではない。だが双方の攻撃は確実に「情報」を破壊する。


 メタアース内での攻撃はビジョンを持ったウィルス攻撃だ。ソレに触れれば電子製品もそれに内蔵されているプログラムもデータも修復不能なほどに汚染され破壊される。


 その破壊の尖兵たる降下兵士が母艦から飛び出し、中心部から街のいたる所へと降下し始めている。


 そのうちの9体が、生徒たちのいる学校に向かって飛んできていた。


 「来る!」「来るよ!」


 悲鳴のような声がクラス中で広がる。彼らのいる教室だけではない。空を見上げていた生徒がいる全ての教室で同時にその悲鳴は起きた。


 降下兵が落下の勢いそのままにグランドに着地した。


 ドンという大きな音がし、生徒たちの体を震わせた。実際には現実の世界には何も起きていない。落下の衝撃が窓ガラスをわずかに震わせることもなかった。だが「メタアース」を覗き見るデバイス「フェイスグラス」を着けていた人間全てには、その光景も爆音も感覚器官に届き、脳は着地の振動が教室を揺らし窓ガラスを震わせ、自分の足から背骨にまで伝わったと「錯覚した」。


 土煙のエフェクト効果の向こうから現れた装甲をまとった黒い鬼のような兵士が、挨拶かのように持っていたライフルで、3階の窓から無防備に見下ろしていた生徒の一人をを撃った。


 光弾はその生徒のフェイスグラスのホログラムディスプレイを貫き脳天に届く。メタアース内でヒットエフェクトが発生した瞬間、彼の持つ全ての電子デバイスはウィルスに汚染され破壊される。彼の所持している仮想通貨は消え去り、彼の個人情報は分断され破断される。。デバイス内にあったパスワード情報は悪用され、彼の利用していたあらゆるサービスを使用不能にされたのち、パスワード自体も書き換えられた。


 ウィルスはデバイス全ての電子回路に感染し、火花を放つほどに破壊された。


 フェイスグラスの内部が壊され、ホログラム出力レンズから真っ赤な光が溢れ出し制御不能になった。


 「レッド・ライト・オブ・デス」


 これはメタアース内で情報的に殺されるというネットミームにまでなっている。その赤い光は個人と個人情報の死を意味している。


 教室の窓際はその赤い光で照らされ、撃たれた生徒はまるでネット内の自分の情報の死を感じ取ったかのようにへたり込んだ。


 フェイスグラスを着けメタアースを見ていた他の生徒にとって、その光景はまさしく頭部を撃ち抜かれて死んだ同級生にしか見えなかった。


 「キャーー!」


 大きな悲鳴が上がった瞬間、教室の窓ガラスが次々と破壊され、窓際に立っていた生徒たちから赤い光の血飛沫があがり続けた。


 もちろん現実には窓ガラスは割れてはいない。メタアース内の座標は現実と完全に一致しているため、兵士の撃った弾丸はメタアース内の学校の窓ガラスを撃ち抜いて破壊し、そのガラスがメタアース内に舞っているだけだ。


 しかし同時にその銃弾は生徒たちを次々と撃ち抜き、現実世界において無視することができないほどの情報虐殺が、たしかに行われていた。


 グランドに立っていた兵士が手に持った巨大な銃器で教室を端から端へと掃射していく。他の兵士たちもそれぞれに、思い思いに発砲を開始した。校舎から悲鳴が上がった。兵士たちにはその現実の悲鳴を、メタアース内から聞くことができた。彼らより多くの悲鳴が上がるように工夫もして、楽しんでいた。




 Eゲーム研究会部室で、そらいろは自分のフェイスグラスの拡張モニターを開いて空間に学校内の情報を映し出した。


 最初は構内の不審者を想定していたためか、現実世界の様子を各種監視カメラや、生徒のオープンチャンネルの映像を数十並べてみたが、ヘタっている生徒や叫んでいる生徒だけで現状がわからなかった。


 「メタアース内か」


 そらいろはそのカメラ映像にメタアース情報を重ねがけした。


 一瞬で教室内に赤い光と破壊跡が重ねがけされ悲惨な光景に変わった。へたれこんでいた生徒達の本当の状況が重ねられ映し出された。


 「敵の強襲作戦だ…」


 学園内で起こった突然の戦争状況に声を失う そらいろ。


 空是はフェイスグラスの通話機能で、自分のクラスメイトと連絡を取ろうとしていた。


 「おい、宮下!何が起こっている?」


 空是のクラスメイトは通話に出たが、その声はありえないくらい怯えていた。


 教室の隅に斉射から逃れた生徒たちが寄り集まって座っている。恐怖に震える小動物の様に震えて固まり、逃避行動すら行えない生徒たちだ。


 「空是、、、空是、やばいよ…。ギグソルジャーが襲って来た。助けて…」


 その言葉に弾かれた様に空是は部室のドアに駆け寄るが、その行動をそらいろが止めた。


 「どこいく気? クウゼ君。まさか本当に助けに行くの?そこまで馬鹿だったっけ、君は?」


 彼女に目の前に立たれて動けない空是。そらいろを突き飛ばすほど、頭に血が上っているわけではなかった。そらいろは空是よりも背が高い。彼の睨みつける目を見下ろしながら


 「現実に攻めてきてるわけじゃないの。メタアース内で襲撃され、データが殺されてる。あなた、メタアースの中の兵士、殴れる?」


 「殴れません!」


 そう言いつつもスタート前の競走馬のように後ろ足に力が入っており、そらいろの静止が消えた瞬間に助けに走っていきそうな気配のままである。


 「だったらバカな事はやめなさい。そらいろ先輩はいつも正しいんだから、空是君はそこに座って、私と一緒に…」


 そらいろが顔をぐいっと近づけたため、空是の勢いが抑え込まれる。


 「私と一緒に隠れていなさい」


 「隠れる?」


 納得いかない提案に空是が押し返す。今度はそらいろがその圧に押され返される。


 「友達が、学校が!襲撃され。現にやられてるんですよ。死んじゃいないけど…無事でもない。そんなみんなを見捨てて、僕たちは隠れてるんですか?」


 「そういうこと、君、自分が無力だって自覚。ちゃんと持ちなさい」


 空是の眼前からひらりと身をかわしたそらいろは、再びテーブルに座り、その長い足を組んだ。そして手を上に上げて一つずつ数えだした。


 「ひとつ、君が今から教室に行っても、まったくの無駄。倒れているクラスメイトのそばに行っても何もできない。それだけじゃなくて、バーン!君も撃たれて、なけなしのお小遣いも個人情報も爆発四散」


 人差し指で空是の胸を撃った後で中指を伸ばす。


 「ふたつ、ここは校舎のハズレも外れ。何が起きても先生の目が届かない部室練。敵兵もこんなとこには来ない。ここに隠れていれば、無事にやり過ごせる可能性は高い。そうだね、クリップフィールドは15分くらいで閉じるから、それまで二人っきりでやりすごそうよ」


 教室からの悲鳴は遠いが、未だに止む気配もなかった。


 「みっつ、君が無意味に情報の命を散らすのを見ると、私が辛い…」


 最後の言葉は静かで優しげであったため、空是の勢いを完全に殺した。


 静かになった部室内。そらいろに見つめられながらうつくむ空是。悔しいが何もできない。その無力感をこらえるしかないのか?


 その彼の耳に再び、遠い教室の女生徒の悲鳴が届いた。


 ガシっとプロゲーマー専用シートの背を掴んだ空是が、その椅子に座る。


 ドシリとした衝撃を受け止めたプロゲーマー用シートが変形を始め、プレイヤーが最適のパフォーマンスを行うための体のポジションを作り出す。腰は深く、背もたれはリクライニングし顔がモニターと正対する位置にまで下げられ、ヘッドレストが頭部を固定する。アームチェストはプレイヤーの肘を持ち上げ、肘から先の両手の動きをビビットにフローターマウスに伝わる楽な姿勢を作り出す。Eゲーム研究会の予算をすべてつぎ込んだ、プロユースのゲームチェアだ。


 「ちょっと、クウゼ君!何してるの!」


 突然Eゲーム活動をし始めようとする空是に驚くそらいろ。


 「ギグソルジャー?襲撃?戦争?なにいってるんだ!アイツラがやってることはただのゲーム!それも一番卑しいゲームじゃないか!」


 「そうだけど、実際に攻撃を受ければメタアース内での自分を失う。やってることはゲームだけど、これは戦争だよ!」


 「違いますよ、そらいろ先輩。アイツラがやっているのは、戦争ではなくただのゲームです!」


 空是の瞳は輝いていた。やけくその炎ではない。突破口を見つけた男の瞳の輝きだ。


 その光がそらいろの瞳にも写る。


 「だったら!この僕が!負けるわけ無いでしょう!」


 フローターマウスを掴んだ瞬間。机の下のPCが爆音を上げる。空是が自宅から持ってきたPCパーツで作り上げたプロゲーマー使用のPC。旧式だがチューニングされた最高のグラフィックボードが加熱し、それを5つのファンが爆音で冷却する。


 「でもあなた、ギグソルジャー登録も、ゲームアプリも持ってないでしょ!嫌いだって言ってたじゃない」


 「そらいろ先輩、悲しいことですが、僕がやってるゲームの全てにはギグソルジャーモードが入っているんです!そうしないとメーカーも制作費が回収できないって…悲しいよなぁ!純粋なゲームなのに!」


 そう叫んで、モニターに写るメニュー画面から、禁忌としていたゲームモードを選択する。


 「WAR:KAR:GIG」


 クリックした瞬間、空是のフェイスグラスがフルフェイスドモニターモードに変わり、視界が変わる。座っているはずの彼の視界が、瞬時に立っている人間の視界に変わった。それも彼の視界のちょうど真逆、部室のドアを見ている視界だ。


 その視界から自分の後ろに立っている人間の気配を感じた。隣にいるそらいろには、もうその人物が見えているのか、驚きの表情をして見上げている。


 空是はゆっくりと首だけ回し、自分の背後の人物を見た。フェイスグラス越しに、立っている人物が見える。


 白い戦士の後ろ姿。スマートだが筋骨隆々、戦士の備えをまとった戦姿。モニター内現実、メタアースに投影され実現化されたプレイヤーアバター。


 「これが僕か」


 「そうみたい、これが君のゲームアバター…ねぇ空是君。ほんとに行くの?」


 そらいろが最後の心配をしてくれる。自分が突入しようとしている世界は日常のゲームの世界とは違う。


 口では威勢のいいことを言っていた空是だが、今まで立ち向かうことのなかった世界、メタアース内で行われている新しい戦争の世界にこれから入っていく。その恐怖が胸のうちに芽生えてきたが…それを超える自信があった。


 「先輩、僕は僕のゲームの腕前に、全ての小遣いと個人情報を賭けます。なぜなら」


 PCに顔を向け直し、フローターマウスを握る。


 「プロゲーマーはプロの傭兵よりも強い!」


 マウスをクリックし前進を命じる。


 視界内の世界が加速し、ドアを弾き飛ばし、廊下をありえないスピードで駆け抜ける。


 黒のギグソルジャーに支配された学校の中を、白い戦士が走り出した。


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