つめたさに触れる

一宮けい

ケチャップ

 彼女と会うといつもつめたさに触れる。

 熱を感じさせてくれる子はいっぱいいるのに、彼女に会うといつも冷たくて痛い。だからそういう意味で特別なのかもしれない。


―――――――――――


 目の前が赤く染まってる。一瞬見たらちょっとホラーかもしれないけど、その赤はポップすぎてちょっとついていけないきがした。さっき新歓コンパの内輪のノリみたいに。


 新歓コンパで満足に食べることも話すこともできなかった僕は大学の生協の脇の、水分を多く含んでじっとりしているベンチでホットドッグを食べていた。何度も舐めていた唇が少し切れて、ケチャップが沁みるが構わずに食べ続けた。


 新歓コンパだけじゃなくて、このところ上手く行かないことが多かった。大学の勉強がきつい。周りなんてヘラヘラしてるのに要領よくて、自分はどんどん置いてきぼりにされている気がした。


 力加減をミスして、ぽたぽたと冗談みたいに赤い液体が地面に落ちていった。あ、だりい。


 拭くに拭けず、ホットドッグも食べたいという中途半端な気持ちのまま固まっていた。


「大丈夫?」

 目の前に女の子が立っていた。全然気が付かなかった。

「はい、これ」

 彼女は袋に包まれた状態のままウェットティッシュを僕に突き出す。

 僕は口をあんぐりと開けたまま上目遣いで彼女を見る。彼女が一瞬キョトンとすると、やがて、

「ああ、君は食い意地がはりすぎてるんだね。早く食べなよ」

と言って、彼女は隣の席に腰掛けた。

「…なに?」

 手にケチャップをだらだら流しながら僕は言った。

「食べ終わったらウェットティッシュあげるよ」

と言って、彼女はクリーム色のポシェットから裸の文庫本を取り出すと関係なさそうに読み始めた。

 その行動に驚くものの、まあとりあえずこのホットドッグをどうにかしたかったので、犬のようにただ噛みつきながら食べていった。


 ポシェットの他に帆布でできたお弁当サイズのトートを取り出して、山ほどの保冷剤に囲まれたタッパーの中身を確認していた。タッパーの中にはタルト型のアルミホイルの入れ物の中に白い物が固められていた。それが大量に入っている。


 …氷のタルト? 


 夢中で食べながらも片目でその中身を確認した。


 食べ終わると殺人鬼のような手元になった。懺悔せねばならぬぐらいの血糊だ。


「はい、よくたべました〜」

 ぴりっとお手拭きを開けると、彼女は僕の手にウェットティッシュを置いた。

「…ありがとうございます」

「いーえ」

 学内にいるせいか、誰かも知らない女の人と話しててもさして警戒心がなくなるのは不思議だ。

 ウェットティッシュが赤く赤く染まっていく。このウェットティッシュ、触れると少しだけ刺すような感覚がある。たぶんアルコールが入っているのだろう。


「あ、口、口にもついてる」

 彼女はおもむろにもう一枚ウェットティッシュを開けて僕の口に当てた。

「え…ちょっ、痛っ…」

 アルコールが唇に冷たさが沁みる。

「え、怪我してるの? 真っ赤だからわかんないな」

「…大丈夫、別に」

「痛そう、痛いんだよね? うわあ」

 なんだか野生的な眼つきで、彼女は僕の唇を見る。

「面白い?」

と僕が聞く。

「うん、まあ面白いね」

「…何が? 痛がってるのが?」

「そー、痛がってるのが」

 よくわかんねー女。


「わかんねえって顔だ。わたし楓っていうの、またね、くいいじくん」


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