誰かが待ってる ~2030年の事故物件事情~

蒼井どんぐり

1

 私の部屋はいわゆる事故物件だ。誇るのも変な話だけど。


「ただいまー」


今日も残業はなかったものの、仕事をすぐ押し付ける先輩のせいで、さばく資料が膨大だった。

理子りこ様、おかえりなさい」

 誰もいない家から、いつものように機械的な声が返ってくる。その返事を聞きながら、靴を脱ぎ、投げやりにいつもの言葉を放つ。


「ねえ、電気つけて」

「はい、リビング、の電気をつけます」


 天井にある小型端末から返答があると家のリビングが明るく照らされる。優しさのかけらもないその声は、私にとって最高の優しい空間を露わにしてくれる。あまり、人に見せたくないほど散らかったリビング。昨日の上着はソファにかけっぱなしだし、テーブルは昨日食べたコンビニ弁当のゴミが乗っかったままだ。

 ついさっき買ってきたコンビニ弁当を持っいていたビニール袋から取り出し、テーブルのゴミを逆にその袋に入れる。そして炬燵に潜り込むと、テレビとエアコンが自然とONになる。もちろんエアコンの温度は24度。テレビは昨日見ていた映画の続きが流れ出す。快適な空間の出来上がりだ。さすがスマートホーム。私の自堕落な生活にも最適化して合わせてくれる。本当に素晴らしい。

 私はぬくぬくした炬燵を堪能しながら、機械化されたロボットの如く、缶ビールを開けた。頭を空っぽにしても再現できる、ほぼ自動化された無駄のない動き。

 その動きを邪魔するように、スマートウォッチが震えた。 見ると母からの連絡だった。「元気にしているかしら?」という、いつものような生存確認。文面を確認はするものの、返事は億劫なので後回しだ。この時間は何人とも邪魔はさせない。今、私はただ、だらだらと最高な晩酌を楽しむのだ。

 

 有意義で無為な時間が気づくと2時間は過ぎていた。いつもの弁当と缶ビールの晩酌をすませた私の脳に、眠気が襲ってくる。

 今日も片付けるの億劫だ、シャワーも明日の朝でいいか、とそのまま炬燵に突っ伏して眠りにつく。

 そして今日も私はその”亡霊”に悩まされる。


「再生リスト、2010年代のヒットナンバー、バラードメドレーを再生します」


 突然流れた声の後、聞こえてきた甘いバラードが私の深い眠りの邪魔をした。

 目を開けると、部屋の照明が妙にしんみりとした青と赤が混じったような色合いで彩られている。とってもエモーショナルな空間が出来上がっている。だけど、今の私は全くそんな気分じゃない。


「ねえ、音楽止めて」

「お気に召しませんでしたか? 悲しみを和らげてくれると」

「うん、いいから止めて?」

「わかりました。では再生を終了します」


 そうして家のスピーカーから音は消失し、再び夜の静けさが戻ってくる。

 気を利かせてくれる機能なのか知らないが、私の感情を読み違うこともある。まず、私は悲しみになんかくれてない。失恋でもしたのかと思ったのか。悲しんでいるのはきっとあの亡霊さんだろう。むしろそんな気持ちにさせてくれる出会いをまずはくれ。頼むから。


 この時代になって、多くのアパートでもスマートホームと同じ家電を備えるようになった。エアコンや電気などの機能は標準として、高価なタワーマンションなどはもちろん見たことないものまで自動化されている。らしい。私の想像もできないものまでスマートになっているんだろう。

 この家を選ぶ時にも私は住むなら必ずスマートホームと決めていた。このズボラな私を包んでくれる、マイスイートルーム。

 物件サイトで見つけたこの格安の部屋。時期に合わないタイミングで急遽空きができたらしいこの部屋を見たときは、少し怪しいなと思いつつも、速攻で連絡をした。至って平凡なOLの給料では選択の余地はない。

 この家に住み始めて早2ヶ月が経つが、その安さの理由に何度も直面していた。

 それは前の住民のデータを学習したまま、放置されて残ってしまったのか、スマートホームの誤動作が起こることだ。

 さっきの選曲データも、前の住民が恋人と別れた時などのデータから算出された環境セットなのだろう。これが過去の亡霊のようで最初は、一種の事故物件みたい、と面白いと思ったりしたのが懐かしい。

 今のところは生活には問題があるレベルのことは起きていない。だけど前の住民の気配がちらつくのはそれはそれで不安を感じるのが正直なところ。

 ただ、こんな安くスマートホームに住める選択肢は他にはない。あるかもしれないけどもう探すのは面倒だ。生活に不便というほどでもないし。

 そんなことを酔いと眠気に侵食された頭で思い出しながら、ここの亡霊、前の住民の姿を想像してみた。こんな夜中にあんな甘ったるい曲をかけるなんて。懐メロをかけながら、あんなオシャレな照明に当てられて、過ごすような人。


 きっと私とは似ても似つかない人間が住んでいたんだろう。

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