第6話 間谷恭弥

 四限、英語の授業が終わった後の事だった。

 皆が一斉に席を立ち、机や椅子で床を擦り、地響きを起こし始める。

 待ちに待った昼食タイムとなるハズだったのだが……。


「——お前らに聞きたい事がある!」


 その人物はタンッ、と授業簿を教卓に置き、咳払いをした。

 ——間谷挟弥またにきょうや。英語教師かつ、オワクラの担任教師でもある。

 七三に分けるには足りない髪、眉間には苦労の跡であるシワとシミ。シワシワなシャツと糸のほつれたネクタイで首を絞める、身だしなみの足りない印象を受けるだろう。

 その男の一言で、事は始まった。


「——篠崎の体操着がなくなったそうだが、誰か心当たりはないか!」


 教室中がざわついた。

 とりあえず、俺は篠崎の方へ視線を向けると、あわあわしながら自分の振舞い方を模索していた。


「は、体操着⁉」

「ヘンタイじゃん、誰だよ盗んだヤツ!」

「このクラス終わってんな……いや、最初から終わっていたのか……」


 驚くもの、密かに嘲笑したり、話をネタで煽ったりする者、様々な反応だった。

 しかし、間谷は非常に嘆かわしいといった顔色をしている。


「ていうかなんで先生が知ってるんですか~?」


 クセのある嘲笑混じりの声、佳乃である。

 勘の良い俺は『絶対にコイツだ』という確信に近いものを感じた。

 それに対して、間谷は告げる。


「今日の五限は体育の授業だろう。俺はこのクラスの担任、生徒の持ち物を把握しているから、今日篠崎の体操着袋がない事に朝気付いたんだ。昨日置いてあったモノが今日ないなんておかしいだろう? だから、僕は彼女に問い詰めてみたんだ」

「問い詰めたって……もしかして、篠崎を壁に追い詰めてあんなことやこんな事をして……?」

「バカ者、お喋りを楽しみにしにきたんじゃない」


 逐一、言葉の一つ一つに反応する不良女子の佳乃。

 だが、彼女はクラスの空気を一番に読んでいるといっても過言ではない。

 面倒そうに、皆が弁当の準備をし始めているのだから。

 しかし、間谷の言葉は続く。


「それで、篠崎はぎこちない返事をするから、絶対に盗られたんじゃないかと疑ってかかったんだ。どうなんだ、お前ら!」


 見た目は汚らしく、終わっている大人という印象を受けるのに、やることは常に熱血教師だ。

 それもそのハズ、今やコイツは学年主任を任されたややエリート街道を歩む、スペックの高い教師なのだ。

 今年に入って、ここの主幹教諭を任された上に『このオワクラを何とかします!』と息づいていたのだから、こんな問題事、放っておくわけはないだろう。

 けれど、よくやるなぁ……と思うのが正直なところ。次の赴任先への予行演習だろうか?


「私たち、何にも知らないと思いま~す」


 佳乃の意見に、皆が同調するように何も言わない。

 仮にも、クラスを仕切っている佳乃の意見だ。

 波風を立てないようにしたいという想いなのだろう。

 だが、そんな事は間谷にとって関係ない。


「君は関係ないって気持ちかもしれないが、これはクラス全員の問題、連帯責任だ。誰かがやった事は全員の責任だって、このクラスのルールで決めたじゃないか!」


 まぁ、お前が勝手に設定したんだけどな。

 それに反論するように、歌乃は言う。


「あら、昨日最後まで残っていたのは私だっていう証拠があるじゃない? 先生、教室から私の帰る所を見ていましたよね、なのに疑うの?」

「……け、けれど、確実な事は言えない」

「他のクラスの子がやったのかもしれないじゃない。どうせ、オワクラの連中が真っ先に疑われるのだからって、悪巧みをした誰かが……」


 歌乃が言い終わる前に、間谷が言い出した。


「お前らああぁぁ~~~~ッッ!」


 落雷の落ちる音がした。

 間谷が力任せに、教卓を横に蹴り飛ばしたのだ。


「どうして、クラスメイトの事を想ってやれないんだっ! 盗まれたんだぞ、傷付いているのは篠崎なんだぞ! なのに、どうしてそんな無関心でいられるんだッ!」


 こうも簡単に激怒する、非常に鬱陶しい教師だ。

 機械は叩けば治るという考えなのだろうか。いや、もしかしたらそうなのかもしれない。

 俺もそれに近い考えを持っているからな……。


「あの、先生分かりましたから、隠されたのかもしれないし……一旦教室中を探して、それと他のクラスの子から体操着借りて今日は終わらせよ? 一日じゃ片付かない問題だと思うし……」


 佳乃の名演技だった。

 申し訳ないというしおらしい態度、俺まで感服してしまう。

 それを見た間谷も——


「そ、そうだな、熱くなって悪かったな……けれど忘れるな、俺はお前らをちゃんと見ているんだからなっ!」


 また、熱いセリフが飛んでくる。

 このクソ熱い気候の中、更に暑苦しくなる。

 そして、クラス全員で周辺を探す事にしたが、結局何も見つからずじまいだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る