24 トーヤの選択、光の選択

 光はトーヤを取り巻くようにゆらゆらと波を送る。トーヤの心の内が分かったようだ。


『本当にそれで良いのですか』


「ああ」 

 

 光の質問にトーヤが短く答えた。


「結局、俺にはそれしか選べねえってこった。そうは思ったが、時間はあるってことで色々考えさせてもらった。本当にそう思っての結果なのか、それでいいのかよくよくな。いくつもの道を見て、その先を考えて、それでもいいと自分で思えるだけの猶予をもらったってとこだ。俺が後悔しねえためにもな」

 

 言ってからトーヤは少し俯く。


「けど、それでいいのかどうか、俺にも自信はねえ。自信はねえが、やっぱりどう考えてもそれしかねえんだ」


『そうですか』


 光が優しくまたたき、その光を見て、トーヤが思い切ったように聞く。


「なあ、あんたも神様だってもなんでもかんでも思った通りできるってわけでもねえよな。見てたらなんとなく分かった。だったら、俺を好きなところに降ろしてやるってのも、もしかしたら、そんなことやっちまたらえらいことになるんじゃねえの?」


 光は何も答えずまたたきも変えず、同じように光り続ける。まるで無言で答えることこそその答えだというように。


「もしも、俺が生まれた時からやり直したい、そう言ってそこに落としたとしたら、あんた、なんか罰を受けたんじゃねえかってそんな気がした。違うか?」


 光は何も答えない。


「考えてみりゃ、あんたからマユリアとシャンタルはできてる。考え方も似てるんじゃねえかと思ったんだよ。まあ、シャンタルは何考えてるか分からん部分も多いけどな」


 やっとすこし光が笑ったような気がした。


「八年前だ、マユリアがこんなことを言ってた。もしもシャンタルが心を開かず、俺に見捨てられて聖なる湖に沈むようなことがあったら、自分とラーラ様も役目を終えたら後を追って湖に沈むつもりだったとな。何しろ元が同じようなもんだ、きっとあんたも同じようなことを考えてたはずだ。自分でやったことの責任を自分で取るためにあんなことを言った。違うか?」


 トーヤの質問に光は少しだけ困ったようにまたたいたが、


『可能性です』


 と答えた。


「可能性、か」


 トーヤが復唱した。


「つまり、なんらかの罰を受ける可能性はある、そう思っての上での発言ってことだよな」


 光は困ったように少し沈黙したが、やがてこう言った。


『すべてはわたくしの始めたこと』


『二千年前の神々との約定やくじょう


『人の世に残るためにアイリスは神の座を降りました』


『剣士と共にこの世界に生きるために』


『そしてわたくしはこの地に残ると決めたのです』


『残された人を守り続けるために』


『アルディナはそのようなことはおやめなさいとわたくしをとどめました』


『それをどうしてもと残ることを選んだのはわたくしです』


『神々が去ると知って絶望をしている人を、どうしても見捨てることはできませんでした』


『それがわたくしにできる唯一のこと、そう思っていたのです』


 まるで涙を流すように光が揺れる。


「言われるまでもなく、あんたが人を思ってくれての上でのことだってのはよく分かってる。慈悲の女神、人を守りたい一心いっしんのこと、ありがたいと思ってる。嫌味でもなんでもなくな。ただ、神様だって間違える、そういうことだってのももう分かった」


 トーヤの言葉を光は黙って聞いているようだった。


「ありがとうな」


『トーヤ』


 光が初めてトーヤの名を呼んだ。


「なんだよ、びっくりするな。ずっと他人行儀にあなた呼びだったのによ」


 トーヤがからかうように言う。


『名を呼ぶということはその名を支配するという意味にもなります』


『名を呼ばせるということは支配を受け入れるということ』


『ゆえに呼べなかったのです』


「それを呼んだってのはどういうこった。俺を支配しようってな意思は感じねえんだが」


『今のあなたには誰の支配も及びません』


『あなたは誰の支配も受けず、誰に言われることもなく、自分の意思で道を選んだ』


『あなたがこれから切り開く道は、神すらも見えない道に進むこと』


『たとえそれが闇に続く道だとしても』


『わたくしはその選択を受け入れます』


助け手たすけでトーヤ』


『この世界をよろしくお願いいたします』


「おう、任せとけ。って言いたいところだけどな、どうなるかは俺にも分からん。あんたや俺が望むようになるのか、それとも女神マユリアの思う通りになるのかはな。けど、やるだけのことはやるさ。それで勘弁してくれ」


 トーヤの言葉に光が柔らかく笑った。


「じゃあ、決めたからにはもう行くわ」


『ええ』


「あっと、その前に」


 トーヤは穏やかな表情で光に言う。


「色々と世話になったな。さっきも言ったがやれるだけのことはやる」


『ええ、お願いいたします』


「えっと、これでもうここに来ることはない、でいいのかな」


『おそらくは』


「あんたともこれっきりか」


『少なくとも、この場に来ることはもうないでしょう』


「ってことは、違う形で会うことはあるってことか」


『可能性です』


「可能性な」


 この単語にトーヤは初めて柔らかく笑った。


「そんじゃとりあえず挨拶だけはしとくか。ありがとうな。会えたらまた会おう」


 光はトーヤの言葉に答えるように空間を揺らし、トーヤは選んだ場所へと降りていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る