第42話 鹿の群れ

鹿エリアの入る手前の森で、俺達は陣を張る。


ゴブゴロウが真ん中に座り、両端に五匹づつ大狼が待機する。


その後ろにゴブイチと俺、さらに後ろにゴブイチが指揮する大狼十匹が控えている。


ゴブサンは鹿エリアの森の中で、潜み、手頃な鹿を探している。

とりあえず五匹の鹿の群れがいたので、大狼を単独で走らせる。


その大狼は、スルスルと鹿の群れに近づいて、突然に襲いかかった。

大狼がもう少しで噛み付ける寸前。


鹿の群れはびくっと反応したが、逃げる事なく、各々おのおのが角を向け、狼を寄せ付けまいと対峙する。


一頭の鹿の角が魔力の輝きを放ち、角が火をまとう。


襲いかかった大狼は、警戒して立ち止まり、唸り声を出した。


火玉ファイアボール』が飛んでくる。


大狼は予想していたかの様に、容易く後ろに避けて逃げ出した。


鹿の群れは怒り、大狼を追い立てる。


大狼は右に左にと『火玉ファイアボール』を避けながら、森の中を駆け回り、俺達のいる陣まで、鹿の群れを連れて来た。


全てを千里眼で見ていた俺は、仲間達に戦闘が始まる事を伝えた。


俺はゴブイチの手を振り払い前に出ようとするが、中々ゴブイチは離してくれないので、しょうがなく抱っこされたままゴブイチと一緒に前に進む。


俺がやる!俺がやるんだと、必死になって伝えるとゴブイチも納得してくれた。


そうすると森の中から大狼が飛び出して来た。


俺は顔だけ大狼が出て来た森に向け、準備する。俺の眉間に魔力が集まり、真っ直ぐな角がえる、角の先端から魔法陣が浮き出て来る。


森の中から『火玉ファイアボール』が飛んで来た。それと共に鹿の群れが躍り出る。


俺も瞬間、『火玉ファイアボール』を打ち出し、飛んで来た魔法を打ち消した。


森に爆音が木霊こだまする。


足の止まった鹿の群れに、ゴブゴロウが手槍を投げて一頭仕留めた。ゴブゴロウ達の大狼が回り込んで退路を塞ぐ。


俺はメタメタに『火玉ファイアボール』を撃ち放ち、四頭の鹿を葬った。


危なかった。ゴブゴロウに全部取られるかと思った。冗談はさておき、中々の魔法の精度と威力、スピードに俺は満足して、元の位置に下がるようゴブイチに指示する。


杖は無くてもいいが、やはり狙いを付けやすいし、何よりもかっこいいので、俺の眉間の角はアリだな、気に入ったので、暫くこのまま角を生やしておく。


休みの間も角狼の格好をして待っていると、また一匹の大狼が囮になって、鹿の群れを四頭引き連れて来た。


ゴブイチに催促して前に出ると、また

火玉ファイアボール』が飛んで来る。


今度俺は『土壁ウォール』出して、『火玉ファイアボール』を防いだ。

連続して来た『火玉ファイアボール』も合わせて俺が『土壁ウォール』を出して難なく、防ぎ切る事が出来る。

今度は鹿の足元に『土壁ウォール』で大きな角を生やして傷をつけた。

一撃で仕留められないので、よろめいた鹿の腹に再度角を鋭くして突き刺した。鹿は光の粒子になって消える。


満足出来なかった俺は、二段活用を思い付く、残りの鹿の一頭の足元に角を生やした。

その鹿はすんでの所で角を躱したが、俺は生やした角の先端から追加で鋭い槍を形成して突き刺す。

鹿は躱して足が止まった隙を突かれ、土手っ腹に俺の槍を受け、光の粒子になって消えた。


残り二頭、ゴブゴロウがまた投げ槍ですぐに一頭仕留めてくれる。

最後になった鹿は決死の特攻を試みて、俺とゴブイチに襲い掛かる。

鹿の角に火がつき、後ろ足だけで立ち上がると渾身の『火玉ファイアボール』を撃って来た。


バーン!

俺は『土壁ウォール』を出して防ぐ、巨大な炎の渦が巻き起こる。


バコーン⁉︎

鹿はそのまま突っ込んで『土壁ウォール』を角で突き刺し破壊する。


炎の渦から鹿が飛び出て、ゴブイチと俺に迫った。


ゴブイチは左腕を引いて俺を庇い、長剣をスッと音も無く、抜刀し、そのまま右腕一本を上段から振り落とす。

『衝撃波』が美しい大きな半円を描き現れた。


鹿の勢いは相殺され、彫刻の様に立ち止まる。


一瞬の静寂。


ゴブイチはいつの間にか長剣を鞘にしまい、陣までゆっくりと歩いていく。


カッコいい!俺は素直にそう思った。


当たり前の事を当たり前に出来る。只、それだけの事が、何かを守る必殺の剣になるのかぁ、素晴らしい。


俺も素振りでもしようかな?

子狼の俺は抱っこされながら想うのであった。今は無理だけど。


ゴブサンが帰って来る。

今のところ良さそうな鹿の群れは無さそうだった。


無理はしたくないので、このまま休憩する事にした。


土壁ウォール』では、攻撃と防御の区別がないので分かりづらい、

名前を変えた方が良いと思う。


防御はそのまま『土壁ウォール』でいいが、攻撃は、『土角』『土槍』なんだかしっくりこない。


『魔槍』はあるし、『魔角』だと「まつの」?「まかく」、イマイチ。


魔、魔、魔。まてよ、俺は狼、狼爪、

狼牙! 『狼牙ろうが』カッコいい!

狼牙ろうが』に決定。


ふふふ、俺の刃の餌食となれ!『狼牙ろうが』なんて、なんかくすぐるものがある。


俺は抱っこされながら、反省会もしくは魔法研究会をしていると、どこか悲しげな瞳で俺を労るゴブイチと目があった。


恥ずかしい。自分がとても恥ずかしい。ゴブイチは不言実行、黙々と素振りを繰り返し、衝撃波までモノにして、実力と信頼を得ているのに、

俺は、俺は、

ゴブイチに抱っこされながら、ほとんど動かず、妄想に妄想を拗らせ、仲間達も管理も丸投げで、

ダ…、ダメ…、?


ゴブイチがいつくしむ優しい手触りで、俺を撫でる。ヨシヨシ、ヨシヨシと俺を撫でる。

言葉では伝わらない絆が、しっかりと俺を包んでくれる。

誰も価値を見出せない、くだらないモノでも、子どもの狼だって、

護ります。守ります。と、ヨシヨシ、ヨシヨシとゴブイチは俺を撫でつけるのだった。


ただ、黙々と、ただ、淡々と俺を撫でつける。




いつの間にか、俺は寝てしまった。


俺の仲間も寝ている様だ。


俺は素晴らしい体験をしている。


ダンジョンは厳しい事も要求されるが、大切なモノを沢山くれる。

間違いない真実だ。

財宝や宝物なんてなくても、俺はよかった。この素晴らしい冒険が、仲間が、俺を突き動かす力となり、誰も見向きもしない価値がある。

俺は選んでここにいる。

誰かに選ばれた訳では決してない。

俺は選んでここにいる。


俺は夢現ゆめうつつな足取りで、いつの間にか、独り鹿のエリアに足を踏み入れていた。


微かな光に誘われ、森の奥に歩いていく、だんだんと明るく、ついには眩しさに目のくらむほどのまぶしさのに先に、俺は雄雄おうおうしく立ち上がる美しい一頭の鹿王をみとめた。


鹿王は、俺に気づくと、不思議そうな瞳で、


あの時の、強く、儚き光…。


伝えてきた。


俺を知ってる。


俺は弱さを恥じ。


俺は鹿王に、強さを求めた。


鹿王はただ、


有れ、


と美しくたたずんでいた。



俺は美しいオーラを浴びながら、心が動かされた。


不意にゴブシロウの微笑みが浮かぶ、名前も付けなかったゴブリン達の勇姿が浮かぶ、


美しいと思った。


ゴブイチの姿が浮かぶ、先程の剣技は美しかった。


美しいとは有り方なのかもしれない。


今、俺がいる世界、

選んでここにいる世界に、

俺はどう有る、


美しく有れるのか?いや、有るのだ。


名前無きゴブリン達の様に有るのだ。






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