第12話 天才職人
アルウが史上最年少でセティ神殿のオシリスのレリーフを手がけたというニュースは、テーベの職人社会に響き渡った。このニュースを聞いたパシェドはさすがに苛立った。貴族相手の御用聞き職人となったパシェドではあったが、彼は自分こそはテーベで一番優れた職人であり芸術家だというプライドがあった。ところがアルウの出世は彼の自尊心を打ち砕くのに十分すぎる破壊力があった。
「あの盗人小僧が」
パシェドがどんなに貶してもアルウの評価は上がり、アルウが有名になればなるほど、パシェドは嫉妬を抑えきれない。
「俺が認められないのは、腐敗した神官達に賄賂をやらなかったからで、アルウが認められたのはアメンナクテが友人の市長レクミラや神官団に手をまわしたからだ」
パシェドは根も葉もない嘘をテーベの職人仲間に流し敵対意識を露わにした。
そんな夫に早くから愛想をつかしていた妻のヘリアは、息子のパロイに栄達の夢を託していた。そこでヘリアは高位の神官に賄賂を贈り、息子をアビドスに行かせることに成功した。
ところが自分の実力が認められてアビドスの職人集団に派遣されたと思い込んでいたパロイは、いつまでたっても認めてもらえないばかりか、先輩職人達の使いっ走りばかりさせられ、ノミや金槌ひとつ握らせてもらえないことに激しく抗議した。しかも自分の目の前で、かつて、知恵遅れ、泥棒乞食、と軽蔑していたアルウが認められ光り輝くのを目の当たりにすると、彼の自尊心は激しく傷つき、気も狂わんばかりに嫉妬した。
セティ一世の肝煎り事業であるアビドス神殿建設は、エジプト中はおろか、周辺諸国からも選りすぐられた建築家、彫刻家、絵師を集めて建設が進められていたので、ほとんど不正や縁故でこのプロジェクトに参加している者はいなかった。もし仮に実力の無い者がこの神殿プロジェクトに参加できたとしても、高度に組織化されたプロフェッショナル集団の緊張関係の中で認められ生き抜くことはどだい無理な話だった。
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