第29話「守りたい盾」
黒髪に黒縁メガネ⋯⋯
地味な見た目からよく近所のおばさんたちからは“真面目そうな子”と囁かれてきた。
小中からのアダ名は”委員長“
引っ込み思案で人前に出ることが苦手な私にそんな活動ができるはずがない。
見た目に反して成績は中の下。
こんな私にも“人に頼ってもらいたい”という願望がある。
「はい! 私やります」
私のクラスには人が嫌がることにも率先して手をあげる女子がいた。
月野木天音さんーー
彼女はクラスのためにと汗を流して働いている姿がとても輝いていた。
その見た目だけではなく、「田宮さん」と、笑顔で手を振ってくれる彼女は、常に周囲を明るくしてくれる。
どんな困りごとにも積極的に取り組む彼女は、誰からも頼られる存在だった。
それでもこのクラスにはすごい男子が2人もいて、月野木さんですら“委員長”ではない。
だけど、私が月野木さんに憧れていくのに時間は掛からなかった。
月野木さんのようになりたくて、文化祭の準備をする露里さん、篠城さん、クラスでも目立つ女子2人に勇気を振り絞って声をかけてみた。
「わ、私にも手伝えることありますか?」
声が震えたーー
2人は困惑した表情で顔を見合わせた。
「いいよ、ここは私たちがやるから」
「田宮さんは忙しいでしょ」
と、やっぱりというべきか普段しゃべったことのない人が急に絡んで来られるのは気まずい。
遠巻きに遠慮されてしまった。
“別に忙しくないんだけどな⋯⋯”と、ボヤキながらひとりで図書館で読書をする。
聞こえてくる笑い声に交われない自分が悔しくてただ本のページをめくり進めていた。
ーーこの世界に来て私の人生は一変する
「田宮さん、お願い!」
うずくまる乾さんと石動さんを捕食しようと翼竜が襲いかかってきた。
私は怯える2人を庇うように翼竜の前に立ち塞がって鼻先にシールドを展開する。
興奮した翼竜が牙を向けて凶暴な顎をシールドに何度もぶつけてきながら突破を試みてくる。
迫る翼竜の顔は恐ろしいけど、しばらく耐えれば諦めて飛び去ってくれる。
「ありがとう田宮さん」「田宮さんがいてくれて良かった」
“絶対防御”
この能力を得た私はクラスの子たちから守ってほしいと頼られるようになった。
これも右条君が「お前の能力はどんな攻撃でも防ぐことができる。かなりのチート能力だ」
と、評価してくれたおかげだ。
人に頼られるというのは、なんと心地よいことなんだろうか。
自分の自信にもつながる。だから月野木さんはあんなにもがんばれたのか。
右肩にできたこの紋章がなりたかった私にしてくれたんだ。
***
「右条君、あなたが敵なんて複雑だけど。ここは守り抜かせてもらうわ。私の盾で」
そう言って田宮理香は左右の手のひらに等身大のシールドを展開する。
「俺は魔王、クライム・ディオールだ」
ニヤリと歯をのぞかせるクライム・ディオールは、鞘からセレスの刀を引き抜く。
「魔王? ああ、化け物たちの総大将だから」
ーー
対峙する2人の姿が消えた瞬間、戦闘がはじまる。
クライム・ディオールと田宮理香は瞬きが追いつかないほどのスピードで刃と盾を交わらせる。
ぶつかり合う金属音と火花だけが2人の位置を捕らえることができる。
クライムの剣撃は一秒間に22連撃、だが田宮理香はそれを全て防ぎきる。
“田宮のシールドを展開するスピードを上回ればダメージを与えることができると思ったが⋯⋯”
クライムはすぐさま頭を切り替える。
”ならば砕く!”
「来い、イリス!」と、クライムが手のひらを突き出すと、イリスはメイスに姿を変えて飛んで来る。
クライムはメイスを手にして、田宮理香めがけて力いっぱいに振り下ろす。
”ドーン“という鈍く重たい音が周囲に響く。
一撃一撃のスピードは遅くなるがその分一撃に込めるパワーは大きい。
「手がビリビリするぜ⋯⋯大丈夫かイリス?」
『うん。痛かったけど。このくらい私、耐える』
「この程度? それじゃあ私の盾は傷つかない!」
そう言って田宮理香はシールドを弾き飛ばす。
受け止めたクライムはその威力に後方へ押し返される。
田宮理香は2枚目、3枚目と次々に弾き飛ばしていく。
何重にも重なっていくシールドにジリジリと後方へ追いやられていく。
「あんなに押されているクライムははじめて見た」
「私もですぞ」
離れて待機しているライルとオッドはクライムが防戦一方となっている光景に驚く。
クライムは増してゆくシールドの重みに耐えきれず姿勢を崩してしまう。
次々に倒れこんできたシールドの下敷きになるクライム。
追い討ちを掛けるように田宮理香は上空に巨大なシールドを出現させ
クライムめがけて叩き落とす。
「お返しよ」
激しい衝撃音とともに土煙が吹き上がる。
「クライムーッ!」
ライルは思わず叫ぶ。
煙が晴れると瓦礫の隙間からクライムの手だけが見えている。
「私、強くなったでしょ?」
不敵な笑みを浮かべて田宮理香が歩み寄って来る。
***
「ごめんなさい」「ごめんなさい」私は涙を零してケガをしたクラスメイトたちに謝り続けた。
せっかくみんなに頼ってもらえる私になれたのにみんなを守ることができなかった。
ウェルス王国の兵士たちが守る砦に攻め入ったときのことだ。
相手の罠にはまりたくさんの矢が私たちに襲いかかってきた。
「頼む、田宮!」
その声に応えて私は両手を上空に翳した。
本来なら広範囲の防御シールドが展開されるはずだった。
だけどシールドは手のひらの中で緑色に小さく光って砕けた。
「シールド! シールド!」と、何度も繰り返し叫んでもシールドは光っては砕けるを繰り返すばかりだった。
奏功しているうちに矢が次々にクラスメイトに刺さってゆく。その光景が今も忘れることができない。
しばらく失意に暮れていると調査から戻ってきた右条君が声を掛けてきてくれた。
私はどうして自分の能力が発揮できなかったのか縋るように疑問を投げかけた。
「動揺だ」
「動揺?」
「心の不安定さが能力の発動に影響したんだ。田宮は想定外の攻撃にあって心が動揺した。
それで能力がうまく発動されなかったんだ」
「右条君、私はどうしたらいいの? 私はもっとクラスのみんなの役に立ちたい」
「強くなるんだ。レベルが上がれば能力の発動も早くなるし、心にも余裕が出来て動じなくなる。田宮の盾はもっと硬くなる」
もっとみんなに頼ってもらいたい。だから2度としくじれない。
頼ってもらえる私になるために私は敵と戦って戦って強くなった。
強くなるたびに身体の変化を実感した。
髪は紅くなり、メガネは捨てた。
紋章は次第に私を侵食する。
体型は大人びてきて、私を大胆にした。
***
「右条君の言う通りだった。強くなったら落ち着いていられる。強いって自信がそうさせるのね」
「見えたぜ⋯⋯」
「⁉︎」と、気づくと硬直していたクライムの手が指先だけ微かに動いている。
「お前の攻略法が!」
クライムは覆いかぶさっていた瓦礫を吹き飛ばして中から姿を現わす。
「叩いてダメなら貫けばいい! セレス姉さん、イリス来い!」
一緒に瓦礫の中から出てきたセレスとイリスは、全身を金色に輝かせて、魂体へと姿を変える。
二つの魂は一つとなってクライムの右腕に宿る。
金色の輝きが解き放たれると現れたのは大型のドリル。
ドリルは激しい機械音を立てて高速回転をはじめる。
クライムは腕に装備したドリルで田宮理香に殴りかかる。
田宮理香は右手にシールドを展開してドリルを受け止める。
「⁉︎」と田宮理香は目を見開く。
次第に自分のシールドにピキピキとヒビが入りはじめているのだ。
終始、余裕そうな表情していた田宮理香の顔が一変する。
次の瞬間、シールドが砕けて、ドリルが田宮理香の手のひらから腕を貫く、
「ぎゃああああ!」
肩から下の腕を失い、血が溢れ出す。
「腕が!腕が!」
反転、構成に出たクライムは攻撃を止めることはない。
田宮理香も残る左手でシールドを展開して、繰り返されるドリルを攻撃を防ぐ。
だが、その度にすぐに壊れてしまう。
「どうしたー? 心が乱れてるのか? 弱くなっているぞ」
「くッ」
田宮理香は顔を強張らせて新たなシールドを展開する。
突いたドリルの先端に火花が散る。
「それでいい」
クライムはニヤリとさせてドリルに力を込める。
力比べの末にクライムのドリルがシールドを砕いて田宮理香の腹部を貫く。
そのまま彼女を城壁を叩きつける。
次第に城を覆っていた防御シールドが消滅してゆく。
クライムは、「今だ!」と、リザーマンたちに指示して城へ突入させる。
雪崩打って攻めてくるリザードマンたちに兵士たちは歯が立たない。
間もなくして「仲間いたぞー!」と、囚われた亜人を発見したという知らせが響く。
***
安堵の声が混じる中、次々に囚われていた亜人たちをリザードマンが城の外へと救出していく。
その光景に田宮理香の目から腹部に刺さったドリルへとポタポタと雫が伝う。
「気づいたら私、悪者になっていたのね⋯⋯」
かすれる声で田宮理香は口を開く。
「紡木さんや鷲御門君に頼られるようになったのがうれしくて、それが日本にいた頃には考えられなかったことで⋯⋯」
田宮理香は「ぐはぁ!」と、吐血をしても会話を続ける。
「もっと頼ってほしくて、ほしくて⋯⋯そのために⋯⋯月野木さんたちを阻礙(そがい)して、
なのに打ちのめされて⋯⋯ああ、あの人は戦えなくても強いんだなって」
「他人(ひと)のためにマジになれる奴にはなかなか敵わないさ」
田宮理香の目に天音が村人たちに感謝されている光景がよみがえる。
「私はまだ月野木さんのようにはなれないのね⋯⋯」
「ああ⋯⋯月野木天音なんだ。そんなに容易くないさ」
「そうだったね⋯⋯ありがとうクライム・ディオール」
田宮理香は憑き物から解き放たれた穏やかな表情でクライムの腕の中でそっと息絶える。
つづく
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