第12話
☆☆☆
結局、3時間目の体育は夕里子たち3人との休むことにしたようだ。
運動靴がない夕里子と一緒に3人共教室で自習ということになった。
もちろん、勉強なんてしてないとわかっている。
だけどそんな3人を羨ましいとは思わなかった。
今日の体育の授業は私の大好きなテニスで、3人がいないことで思う存分体を動かすことができるからだ。
私はもともと体を動かすことが大好きなのに、あの3人がいるとどうしても前へ出ることができなかった。
少しでも活躍しようものならあとから何を言われるかわからないからだ。
「井村さんすごいじゃん!」
久しぶりに本気で体を動かしたあと、クラスメートの安倍多美子だった。
多美子は小柄で瓶底眼鏡をかけていて運動はあまり得意ではない。
だけど成績は優秀で学年トップと言われていた。
「え、ありがとう」
入学して最初の頃挨拶を交わしただけの多美子に突然声をかけられて、声が裏返ってしまった。
「井村さんって運動得意なんだね?」
「うん、一応は」
「普段そんなふうには見えないからビックリしちゃった。尊敬する」
多美子は本当に私のことを尊敬している様子で目を輝かせているので、私は余計に緊張してしまって返事に困ってしまった。
こんなふうにクラスメートから褒められることがあるなんて、思ってもいなかった。
「今度テニス教えてね?」
多美子にそう言われ、私は自分の頬が熱くなるのを感じた。
「もちろんだよ」
私は笑顔でそう返事をしたのだった。
誰かに褒められるだけで自分に自信がつく。
単純だと笑われそうだけれど、人間はそこまで複雑な感情で動いてはいないと思う。
嬉しいと笑うし、悲しいと泣く、ただそれだけだから、自信がついてもいいと考えることにした。
「体育館からグラウンドを見てたよ。テニスうまいんだね」
着替えて教室に戻るとまっさきに太一が話しかけてきた。
「だけど大丈夫? あんなに活躍したらまたなにかされたりしない?」
こちらは無視しているのに、太一は必要に話しかけて私の机までついてきた。
そのデリカシーのなさに苛立ち、にらみあげる。
相変わらず身長ばかり高くて役に立ちそうにない男だ。
「私、もうあんたは必要ないから」
もともとそれほど必要だと感じたことはなかったけれど、私はキッパリとそう言い切ったのだった。
☆☆☆
放課後になって昇降口を出たところで校舎の壁に隠れていた3人が出てきた。
私は自然と足を止めて3人と対峙する形になってしまう。
他にも行き交う生徒たちはいたけれど、誰も私達を気に留めて立ち止まったりはしない。
みんなそれぞれの予定があり、人生を送っている。
私にかまっている暇なんてないんだ。
「ちょっと来てよ」
由希が口角を上げて歪んだ笑みを見せながら私に言う。
「今日は早く帰りたいの。お母さんの手伝いをしなくちゃ」
早口に行って3人の横を通り過ぎようとしたが、由希に腕を掴まれてしまった。
腕の力はバカみたいに強くて下手をすると骨が折れてしまいそうだ。
「わかった、行くから話して」
顔をしかめて言うと、由希は今度は満足そうな笑みを浮かべたのだった。
3人に連れてこられたのは校舎裏だった。
校舎裏には花壇があり、いつも用務員の先生が仕事をしているから呼び出しの場所にはそぐわないはずだ。
それなのに体育館裏よりも近いこの場所を選んだということは、なにか焦っていることでもあるのかもしれない。
今まで放課後に呼び出すときには事前に伝えられていたし、今日はどこか違うことはたしかみたいだ。
「お金持ってる?」
校舎裏に到着するやいなや、夕里子がそう聞いてきた。
「え?」
私はキョトンとして聞き返す。
「お金だって、聞こえなかった?」
由希が私の体を校舎の壁に押さえつけて言った。
「お金って……持ってないけど」
まさか金銭を要求されるとは思っていなくて、頭の中が真っ白になってうまく把握できていない。
私はただ3人の顔を交互に見つめるだけだった。
「ちょっと見せろよ」
夕里子はそう言うと私のカバンを勝手にあさり始めたのだ。
「ちょっと、なにするの!?」
とっさに止めようとする私の体を由希と真純が押さえつけた。
夕里子はカバンを開けるとそれを逆さまにして教科書やノートを地面に撒き散らした。
その中にピンク色の財布が混ざっている。
去年の誕生日にお母さんがくれたものだった。
「やめてよ!」
叫ぶと真純が手で口を塞いできた。
呼吸が止まり、鼓動が早くなっていく。
「早くしなよ夕里子」
「わかってる」
真純の言葉に急かされるように夕里子が財布の中を確認し始める。
「なに? たった500円?」
財布の小銭入れから硬貨を取り出した夕里子が力の抜けた声で言う。
「嘘でしょ? お前、どこに隠してんだよ」
由希が言い、スカートのポケットやブラウスの胸ポケットに手を突っ込んでくる。
だけど出てきたのは生徒手帳とハンカチだけだ。
学校に行くときにお金は必要ないから、500円玉一枚だけ入れるようにしていたことが功を奏したみたいだ。
「わかった。じゃあ明日までに三万円用意してきて」
最初真純の言葉の意味がうまく飲み込めなかった。
だからぼーっとしてしまって返事もできないでいると、真純の平手打ちが飛んできた。
パチンッと乾いた音が響いて、すぐに痛みがやってくる。
「返事は?」
人に反論させないすごみのある真純の声に私は「はい」としか返事ができなかったのだった。
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