第8話

☆☆☆


その通知が来ていたことに気がついたのは家に戻ってからだった。



スマホを確認してみると追体験アプリから『追体験完了しました』という文字が表示されていたのだ。



私はその文面を見た瞬間凍りつき、持っていたカバンを床に落としてしまった。



「追体験完了……?」



今日の出来事を思い出す。



由希が見知らぬ男に突然殴られたという衝撃的なニュース。



それは私が昨日追体験アプリに記入した出来事と一致しているのだ。



加害者がどんな人なのかはわからない。



だけど確かに私の追体験は実行されている。



私は椅子に腰をかけると大きく息を吸い込んだ。



そして今度はゆっくり丁寧に追体験アプリの使い方について読み直し始めたのだった。


☆☆☆


翌日学校へ行くと由希がクラスメートたちに取り囲まれていた。



「それで、どうなったの!?」



「道の横からいきなり男が飛び出してきてね、私を殴ったの!」



「知ってる人?」



「ううん、知らない人。大きなマスクをつけてたから顔はよくわからなかったんだけどね、知り合いにいきなり人を殴るような人なんていないもん」



由希はまるで武勇伝のように語る。



真純は興味なさそうに自分の席で鏡を見ていて、夕里子は少し羨ましそうな視線を由希へ向けていた。



殴られたことがそれほど嬉しいことなら、私も3人にやられたことをここで全部ぶちまけてやろうか。



一瞬そんな無謀な考えがよぎったけれど、それは本当に一瞬のことですぐにしぼんで消えていった。



どうせ私にそんなことをする勇気はない。



午前中は由希の武勇伝でもちきりだったが、昼頃にもなるとさすがにみんな飽きてきていた。



由希の周りに集まってくるクラスメートもいなくなって、そうなると3人の意識の中に私が入り始めた。



4時間目にはいつものように後ろからゴミを投げつけられて、点数をつけて遊ばれて、昼休憩になると「片付けとけよ」と、夕里子が私の机の下を指差して命令してきた。



私の机の下にはまたゴミや消しクズで溢れていて、近くの席の子たちが迷惑そうに顔をしかめた。



そしてトイレから戻ってきたとき机に出しておいたお弁当がなくなっていることに気がついた。



カバンに入れたままだっけと思って探してもない。



机の中にもない。



呆然として自分の机の前で立ち尽くしていると、3人の笑い声が聞こえてきて顔を向けた。



視線がぶつかると3人はどっと大きな笑い声をあげる。



背中に冷たい汗が流れていくのを感じながら3人に近づいていくと、真純が鋭い視線を向けてきた。



「なに?」



「あ、あの、私のお弁当知らない?」



3人にこんな質問をしなきゃいけないなんて。



笑われたりバカにされるとわかっているのにどうしようもなくて奥歯を噛み締めた。



「あぁ、それならあそこだよ。さっき自分で歩いて言ってた」



真純がそう言って指差した先はゴミ箱だった。



青ざめ、慌ててゴミ箱に駆け寄って中を覗き込んだ。



同時にまた笑い声が聞こえてくる。



ゴミ箱の中には見覚えのある青いお弁当風呂敷があった。



そっと両手を差し込んで取り出すと私の両手は小さく震えていた。



「夕里子やるじゃん」



由希の声が聞こえてきて私は勢いよく振り向いた。



夕里子のいやらしい笑顔がこちらを見ている。



「中身は無事じゃん? よかったね」



真純からの嫌味にまた奥歯を噛み締めながら、私は自分の席へと戻ったのだった。



☆☆☆


席に戻ってすぐ、私はスマホを取り出した。



今の時間を確認して入力し、更に実行犯であったろう夕里子の名前も入力した。



心臓は早鐘のように打っていて、気分は吐きそうなほど悪い。



机の上に置かれたお弁当箱を広げる勇気はなかった。



中身までいじっている時間はなかったはずだけれど、1度ゴミ箱に捨てられたものであるし、あの3人が触れたものでもある。



もう信用はできなかった。



机に座ってみじろぎもできずにいると、3人が同時に席を立つ音が聞こえてきた。



「今日は天気いいから中庭行こうよ」



お弁当箱を持ってぞろぞろと教室を出ていくその後姿をにらみつける。



思っていたとおりイジメはエスカレートしている。



それに、クラスメートたちだって私がいない間の出来事を見ているはずだ。



それなのに誰も3人に注意しなかったその事実が胸を痛めた。



机の上で握りこぶしを作ったその時、夕里子の悲鳴が聞こえてきて視線をむけると、夕里子がなにかに足をひっかけて派手にころんだところだった。



ころぶと同時に手に持っていたお弁当箱を投げ出してしまったようで、床にはおかずやらご飯やらが散乱している。



運悪く袋から出して持っていたみたいだ。



「ちょっとなにしてんの夕里子」



真純がため息交じりに言う。



「だって、急に足になにかが……」



そう言いながら自分の足元を確認するが、そこにはなにもない。



夕里子は眉を寄せ、首をかしげている。



「もう、さっさと掃除してよね」



迷惑そうな声で真純に急かされ、夕里子はしかめっ面をしたまま立ち上がったのだった。

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