第9話 高宮のお礼と謝罪

1996年8月5日(月)


「あー。のど乾いちゃったな」

アカリが天を仰ぎながら、誰に聞かせるともなく宣った。

食べるのに夢中で、飲み物飲んでなかったからな。

アカリの奴……。


「麦茶あるよ。アカリちゃん」

清水さんが麦茶が入ったボトルを出す。


「麦茶もいいけど。ジュースの気分かな?

ちょっと買って飲んでみたいのよね。あれ」

そう言ってアカリはある店舗の方に顔を向ける。

トロピカルジュースとかが販売されている。

こういう場所の売りものは例によってお高いが

過剰な宣伝広告が張り出されていた。


「あっ。私も飲みたい!」

甘いもの好きの清水さんもその意見に乗る。


「俺も行こうかな?」

さっきみたいな変な虫がまとわりつくとマズいと思い、言ったつもりだった。


「あんたは荷物番」

だがしかし、アカリがご無体な指示を出す。


「だったら高宮と遠藤も行ってきなよ」

女子三人だとまたナンパ目的の男に付きまとわれるかもしれない。

なんやかんやで遠藤も男だ。

高宮も連れて、いっしょに行ってもらった方が良いだろう。

そう思って提案した。


「その私。ちょっとだけ疲れちゃって、だから私も荷物番してます」

高宮が俺の提案をやんわりと断った。

そうなると。男が一人。高宮の方にいた方がいいことになる。

恋人同士にしてあげたいところだが……。そうなると……。

うーん。なんだか人員配置がメンドクサイ……。


「じゃ。僕。高宮さんと鬼塚の分も買ってくるよ」

おいおい。遠藤いいんかい?


「高宮さん。桃のジュースあったと思うからそれにしようか?」

おおう。彼女の好み把握してるよ。遠藤君。やるぅ。


「うん。お願い。遠藤君」

高宮が笑顔で答える。

流石。ツーカーというやつですね。


「鬼塚は?」

遠藤が俺にも聞いてきた。


「いつもの。アクエリがあればそれで、なけりゃ何でもいいよ」


「分かった」



俺は高宮と荷物番をすることになり、高宮が話しかけてきた。

「あの。有難うございます。鬼塚君。

私。鬼塚君にお礼と…それと謝りたくて」

さて。要領を得ない。

はて?

謝る? なんかあったっけか?

お礼はなんとなくわかるけど……。


「お礼ってもしかして図書室の告白のこと?」


「はい。そうです」

あー。図書室での告白の裏話を遠藤は高宮にしてるようだった。


「でも。俺の方こそ。サンキュ。今日も誘ってもらって楽しんでるし

それにまぁ。遠藤も悪い奴じゃないからさ。手伝ったまでだよ」

遠藤は決して悪い奴では無い。

ただし厄介事を持ってくる奴だけど……。


「遠藤とは上手くいってるみたいだけど。どう?」


「はい。付き合ってて楽しいって素直に思えます」


「そりゃ。良かった」

二人が上手くいってるならそれでいい。

それと改めてお礼がしっかり言えるいい子だなぁとも思った。

正直、遠藤にはもったいない。

さて"お礼"は分かった。

でも"謝る"ってなんだろう?


「お礼はまぁ分かるけど。謝るって。高宮。俺に何かした?」


「あの。ちょっと私、鬼塚君の事が怖い時があって。

それが態度に出てたかなと……

あ。今は。そういうの無いですけど……」

あー。そゆこと。


「遠藤君。しきりに鬼塚君のことを言うんです。

あいつのおかげで付き合えたって。いい奴だって」

あいつ。そんなこと言ってんのかよ。

背中がかゆくなった。


「まぁその。しょうがないよ。俺の中学の時の噂。聞いてるんでしょ」


「……。一応。聞いてます。あの本当なんですか?」


「尾ひれついてる噂が多いけど。肝心のとこは本当だよ

"四人殺しの鬼塚"。

中二の時に上級生四人と喧嘩して、一人病院送りにした」

だから本当は四人殺しじゃない。

そもそも殺してない。

一人病院送りにしただけだ。


「なんでそんなこと?」


「うーん。まぁ。色々問題ある奴らだったんだよ」

本当の理由は話さない。

それは今も昔も同じ。

そう決めてる。

それはトモサカとの約束だ。


「俺の噂。酷いもんだろ?

ヤクザとつるんでとか、薬やってるとか。

その辺は嘘なんだけどな……」

なんとういか。ウワサに尾ひれがついているのは知っていた。

大概は大嘘なんだが。


「えぇ。それに近いのがありました。けど遠藤君が違うって

アイツはそんな奴じゃないって。言ってて」

それを聞いて、俺の中にある

遠藤の評価がちょっぴり上昇した。


「そう言えばさ。アイツの何が良かったの?」


高宮が少し考え込むそぶりを見せる。

「いろいろあるんですけど。話が合うとか、趣味が合うとか。

それに、遠藤君は頑張り屋さんなので、見てると

何か私も頑張らなきゃって本当、素直に思えるところとか……」


「そういや。遠藤の奴。部活でいつも俺に勝負挑んでくるんだよ。

……負けるのに」

そのおかげで俺はただでアクエリが飲めるのだが。


「……。それ。もしかしたら私のせいです」


「んっ。どういうこと?」


「あの。私中学でも高跳びしてたんです。その時、私より高く飛べる先輩がいて

ずっとその先輩を目標に飛んでたんです。それで記録が伸びて……」

だからか。あいつ…。

そういや"身近に目標作ったほうがいい"とかなんとか言ってたぞ。確か。


「そっか。だからか。……」


「9月の新人戦。頑張ろうな。俺もアイツも5000mで出るし」

そう言った瞬間。少しだけ高宮の顔が曇っていたのを俺は見過ごしていた。


「あっ。そう言えば、ロイター板も有難う御座います」

思い出したように高宮が付け加えた。


「上手く使えてる?」


「うん。

……でもやっぱり試合だと、不安……かな。

大勢の人の前だと。私ちょっと…」

人前の恐怖か……。分からなくもない。

結構、観客入るからな。陸上競技場の声援も思ったより響く。


「私。中学から陸上の高跳びしてるんですけど……。

試合になると緊張して練習程飛べなくて……」


やはりというか。高宮はそういうタイプか。

練習だとすごい成績だすけど、試合だと全然駄目になる。


「その。鬼塚君は緊張しないんですか?」


「俺? するさ。けど。この緊張を楽しんでやろうって思ってるけどね」


「緊張を楽しむ? ですか」


「そう。結局、予選タイムとか、これまでの顔合わせとかで

何となくわかってんだよ。勝てそうかどうかって。

俺はねー。そんなに速い方じゃないからさ。

負けるんだよ。

中学の大会で3位以内なんて入ったことないし。入選するのがやっと。

だから気楽な部分もあってさ。

緊張しても、この観客たち見返してやろうとか思って走ってる。

まぁ。いつも負けちゃうんだけどさ……」


「そう。なんですか」


「……。高宮の記録だと。いいとこ行けるだろうね。

それがプレッシャーかもしれないけど」

"星峰"は陸上に力を入れていたはずだ。

彼女の高跳びの記録もなかなかのもんだ。

ベストの記録でいけば当たり前で予選は通る。

それだけに何故、中高一貫で陸上も強い"星峰"を辞めてまで

この公立高校に来たのが不思議ではあるんだが…。



親の事情かねぇ……。

収入が減ったとすりゃ私立はきついからな。

そういうのは聞かない方がいいんだろうな……。


「……」


「緊張して失敗したら、遠藤にぶつけちゃえばいいんじゃない?」


「どんなふうにですか?」


「アンタのせいで負けたのよ! って。アカリみたいに」


「そ。それは。遠藤君にも愛川さんにも悪いですよ」

高宮が恐る恐る答えた。


「アンタ! なんか私の悪口いってたでしょ!!」

そこには両手を腰に当て仁王立ちしてこちらを睨みつけるアカリがいた。




口は悪いのは知っていたが

お耳は大変良ろしいようで……。

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