狂言誘拐始末
当然だが、アルス王子とユナはファラーム城でも散々叱られた。
特に王子の教育係でもあるシヴァの、悲しみと怒りの混ざった表情での小言は長かった。ガルシーさんとミルさんに止められていなければ、まだ数十分は続いていたかもしれない。
ガルシーさんを皮切りにミルさんとシヴァ、そして正座中のアルス王子とユナも僕達に土下座したところで、ようやく説教は一区切りとなった。
「…それにしても、アルス。そのユナ=ゾールという少女とは、どういう関係なのですか?」
「ああ…御紹介が遅れまして、失礼致しました。ユナさんは、僕の友人です。」
「友人?いつの間に出会っていたのです?」
「2ヶ月ほど前です。散歩をしていた際、白夜の泉で休んでいた彼女と出会いまして。」
「アルスく…王子様にちょっとお声がけしたら、世間話が弾んだもので…それからも何度か泉で会って、色々と話すようになりました。」
「色々と…?アルスよ。まさかとは思うが、町の機密事項などは喋っていないだろうな?」
「話してはおりませんが…ユナさんなら御存知かもしれません。彼女はジャボンの一員ですから。」
「まあ、ジャボンの?」
「…ああ…それで…。」
ミルさんや舞が納得したのとは対照的に、僕達は首を傾げていた。
「ジャボン?何それ?」
「その小娘みたく、風変わりな格好のヤツが集まってる隠れ里らしいよ。ニンジャ…だっけ?大昔、人間界にいたっていうスパイを現代で再興しようとしてるそうでね。」
「メイルさん、詳しいのですね。」
「いや、あたしも話に聞いただけだけどね。」
メイルが苦笑いする一方、アルス王子を除いた王室の面々は浮かない顔をしていた。
「…ユナ=ゾール。あなた、ファラームの情報を探るためにアルスに近付いたのではありませんか?」
「いいえ。王子様に出会ったのは偶然です。…正直に申し上げますが、王子様が仰った通り、私達ジャボンはファラームの情報をほとんど掴んでいます。それでも、改めて王子様から情報を引き出す必要があるとお考えになりますか?」
「…そう言われては、考えないとしか言えんな。」
「…では、もう1つ訊きます。あなたは…アルスと交際しようと考えていますか?」
「ああ、そこはご安心を。お互い、そういう目で見てはいませんから。」
「…そうですか。」
あっけらかんとした態度のユナにアルス王子も頷いたのを見て、シヴァは唇の端を微かに緩ませた。
「あれま?姫様、喜んでたりする?」
「…シヴァちゃん…ぶらこんだもんね…ふふ…。」
小声でのやり取りにお前が言うかと割り込む寸前だったが、無駄な労力なので飲み込んでおいた。
その後は僕達の意見も取り入れて貰いつつ、アルス王子とユナへの処分を決めた。
ファラームの刑法は人間界の日本をモデルにしており、2人の罪状は業務妨害罪、罰則は3年以下の懲役か50万円以下の罰金となっていた。
「しかし、王室にあるまじき不祥事ですからな。特例として、アルスをファラームから追放する、宝石収集を一定期間禁じるといった、法定刑にない罰をおまけする事も考えざるを得ないでしょう。」
なかなか出くわす問題ではないだけに、議論は難航した。
風刃や駆君やメイルが懲役3年をと望めば、氷華君は大迷惑な行いだったとはいえ反省しているのだから最短である1ヶ月の懲役か罰金刑で良いのではと唱える。
「ん〜…たっぷりお仕置きしてもらいてえのは同感だけど、それで二度と同じ事起こさねえって保証になるかね〜…?」
結局は今回の件で懲りているかどうかが全て。懲りていなければいずれ同じ事を繰り返すが、懲りているならこれきりの過ちで終わる。
そう語る紅炎の一言で、厳罰を望んだ駆君やメイル、更には僕や風刃さえも考えが揺れ出した。
最終的に、手持ちの宝石の処分によって工面する事と、1ヶ月間は宝石集めを自粛し学問と修練浸けの軟禁生活を送る事を条件に、アルス王子は罰金50万円の刑で済ませられた。
一方、共犯で同じ処分になるところだったユナは罰金を払える見込みがないからと自ら刑務所での労働を申し出たが、そこに舞が口を挟む。
「…この娘…執行猶予つけて…私達に…預からせて…もらえませんか…?」
カオス=エメラルド探しには情報がたくさん欲しい、ジャボンを味方に付けられれば心強いとの理由だった。
結果的にアルス王子を救った点では感謝しているが執行猶予はとミルさんが難色を示せば、舞は結果の話をするならユナが王子を連れ出したお陰でファラームはラダンに襲われずに済んだのではないかと語る。
「そんな…舞さまに似合わない詭弁です!ファラームをラダン=ベイルから守ったのは舞さまのお力であって、ユナ=ゾールの狂言誘拐ではないでしょう!そもそもアルスが全てを話していたなら、狂言誘拐などしておらずとも舞さまのような猛者が…!」
「…来てくれる人…いたかな…?…王子様が…ローガルスに行って…強盗に…睨まれました…殺されるかも…しれないから…助けてくださいって…言って…。」
シヴァは猛然と反発したが、舞の指摘にごく小さく呻いて押し黙った。
アルス王子が罪なき被害者と思われていた段階でも、捜索に名乗りを上げたのは僕達とメイルだけだった。まして全てが知られていれば王子の自業自得としか思われず、手を差し伸べる者などとても現れなかっただろう。
それは試験官として志願者を待ち続けたシヴァが、誰よりも身に染みている筈だ。
「…仰る通りですな。かしこまりました、舞さま。あなた方の監視の下、ユナ=ゾールに1年の執行猶予を付けましょう。」
アルス王子の軟禁期間中は一切王子に接触しない事も執行猶予の条件に加えられたが、ユナは僅かに眉を動かすのみで、大きな動揺は見せずに受け入れた。
「牢屋に入らずにお許しを頂けるなんて、恐れ多い幸せです。王子様共々寛大な処罰に止めてくださり、ありがとうございます。」
「…礼を言うなら、本当に甘い罰で済んだ時だろ。いちいち言うのも何だけど、そうなるかどうかは今後次第だぞ。お前も、王子もな。」
僕が念を押すと、ユナとアルス王子はその機会を貰えたから礼を言うのだと、揃って深々と頭を下げた。
「処罰の話はこんなところですかな。では、報酬をお渡しします。」
事前の約束通り、アルス王子が手に入れたカオス=エメラルドの欠片は僕達が譲り受けた。
ガルシーさん達は仕事を果たしたのだからやはり受け取ってくれと謝礼金も渡そうとして来たが、最初に金ではなくカオス=エメラルドを要求したのはこちらだからと、僕達は頑として断った。
どうせならメイルへの慰謝料にしてはどうかと意見したが、そのメイルもどんな名目であろうと仕事に失敗しておいて金だけ貰うなどあってはならないと辞退した。
「王子と小娘の始末も見届けさせてもらったし、そろそろ退散するよ。」
「あの、メイルさん。強盗ラダンの懸賞金ですが、貴女が受け取るのはいかがでしょうか?」
「…何を言い出すんだい。奴を倒したのはあんた達じゃないか。」
「舞さんがいらっしゃるまで私達が持ちこたえられたのは、メイルさんが一緒に戦って下さったからです。そのお礼という事で…。」
「…いいね…麗奈ちゃん…私も…そのことで…何か…お礼しないとって…思ってた…。」
「いや、あんた達、旅人なんだろ?あたしどころじゃなく、物入りだろうに…。」
「今の所は困ってないから、別に良いさ。必要になれば、どうにか稼いでやるだけだ。」
「…癪な話だが、魅月さんの言う通りだしな。あのハゲ野郎の手柄で借りが返せるなら、仕方ねぇ。」
なかなか受け入れないメイルだったが、最後には観念したように、そして嬉しそうに笑った。
「ははは…まさか、こんな商売敵に出会うなんてね。事実は小説よりも奇なりとかってのは、よく言ったもんだよ。」
メイルは倒れたきり目覚めないラダンをラムバルガの警察へ引き渡し、その足で一度帰郷する事を決めた。
ラダンの懸賞金で、病気の妹に手術を受けさせるという。
「しかしほんの1度共闘しただけなのに、でか過ぎる報酬を貰っちまったね。この借り、いつかきっと返させてもらうよ。」
「…借りならこっちにもあるからな。次に会う時は、てめぇをあっさり吹っ飛ばしてやるぜ。」
「いや、そいつは『借り』違いだと思うけど…まあいいか。楽しみにしてるよ。坊ちゃんなら―」
「坊ちゃん、じゃねぇ。蒼空風刃だ。」
斜に構えていた風刃が腕組みを解き、メイルを真っ直ぐ見据えて名乗ると、全員が目を丸くして静まり返った。
仲間達はあの風刃が反感を抱く相手に一定の敬意を示した点で驚いたようだが、メイルやユナや王室の驚き方は少しばかり違っている気がした。
「…どうした。ただ名乗るのが、そんなに変か?」
「…ああ、失礼。それじゃ、改めて。フウジンなら、すぐそれくらいの腕になれるだろうさ。あたしも、負けないように鍛えておくよ。」
メイルは縛られたままのラダンを、僕達は立ち上がらせたユナを引き取り、いよいよ解散の時となった。
「皆さま、この度は大変お世話になりました。」
「メイルさまの物真似のようですが、皆さまには大きな恩義ができましたな。一朝一夕ではとても返し切れません。」
「今後、私共で力になれそうなことがございましたら、是非お申し付けください。できる限り協力致します。」
「ハハ、そいつはどうも。まア、なるべく手焼かせねエようにしとくゼ。」
「…ねえ、ユナ。王子様。何も言わなくていいの?これから1ヶ月は会えないんだよ?」
「…それ、気を利かせて言ってんのか?嫌がらせか?」
「え、普通に気を利かせたんですけど?」
「…この場合、いっそ会話させねぇで引っぺがす方が気が利いてると思ったけどな…世の中ってのは難しいもんだ…。」
「どうせ幾つになってもそうだよ。お前は特にな。」
「うるせぇ放っとけ馬鹿野郎!」
明らかに本気ではない怒声と拳を繰り出す風刃と、それを軽くいなした僕は、皆の笑いを買う。
「…僕は1ヶ月、ひたすら辛抱するのみですが…ユナさんは…。」
緩んだ空気に後押しされてようやく沈黙を破ったアルス王子だったが、言葉は続かなかった。
カオス=エメラルドに関わるのがどれだけ危険かは、アルス王子もよく知るところ。これが今生の別れになる可能性も、十二分にある。
「…大丈夫だよ、アルスくん!ジャボンの忍者はズル賢いの!危険をやり過ごして生き延びるの、大得意なんだから!ご両親とお姉さんにお許しもらえたら会いに来るから、また色々お話してね!」
「…はい。また会いましょう、ユナさん。」
満面の、しかし明らかに強がりの笑顔を浮かべたユナに、アルス王子も意地で微笑んでみせた。
「もう良いな?そろそろ行くぞ。」
「はい。」
「精々覚悟してやがれ。今回の礼に、この先たっぷりこき使ってやるからな。」
「はい。過労死さえさせられなければ、何なりと。」
「さーて、どうなるでしょうねー?」
「「「「させる気か!?」」」」
黒い笑顔で陽気にはぐらかす氷華君に男性陣総出で突っ込みを入れながら、僕達はファラーム城を去った。
「…お父様。あの、ソウクウフウジンと名乗られたお方ですが…。」
「…ああ。
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