希望の街の情報屋2
通された黄金の館は、内装も異質だった。
単純ですっきりした空間が現れるものと予見したエントランスは、右手に数多の酒や文書を収納した棚と木製のカウンター、左手にスロットマシンやポーカーテーブルがある。
ティグラーブ曰く酒と博打が好きな性分ゆえ、近場にあったカジノバーが商売を畳む際に掛け合い、問題なく使える備品を買い取ったらしい。
「ミヅキレイナ、ヒノカミコウエン、アマギカケル、ユキハラヒョウカ…で、ソウクウランジンにソウクウフウジン、か。…ふーん…。」
思い思いに腰かけた僕達の名を復唱すると、ティグラーブは何やら
「…揃いも揃って、覚えやすい名前してやがるわね。」
「え~?そんなに覚えやすいかね~?」
「ええ。人間界じゃどうか知らねーけど、こっちじゃあんまり聞かねー名前ばっかりだから、スッと入って来やがるわよ。」
「
「自分とこの名前気色悪いとか言うな。」
注文した氷水を嘴から流し込みつつ自虐を垂れる左隣の弟に、野菜ジュースの入ったコップを握ったままで苦言を呈した。
「で…レイナ、だっけ。カオス=エメラルドに願いを言う権利を賭けるってのは、どういうルールで勝負するのかしら?」
「それを申し上げる前に、こちらも伺いたい事がございます。ティグラーブさんなら、カオス=エメラルドに何を願いますか?」
「おいどんなら?…魔界平和、一択ね。」
「へえ。格好の割には、偉くまともな願いだな。」
「…いや、そのクチバシに言われたくねーんだけど。」
「何だとこら!!」
「はい、抑えて抑えて。」
立ち上がって殴り掛かりそうになった風刃の首根っこを掴み、押し止める。
「…魔界の歴史って、はっきり言って浅いんだけどさ。全土で平和って時期はほとんどないに等しくてね。金だの、権力だの、領土だの…色んな理由であっちこっちに揉め事が起こりやがるのよ。」
「…聞いてるだけで気分悪くなっちゃうなぁ…。」
「気分悪いで済むなら、かわいいモンよ。当事者共は自業自得の極みだからどうでもいいけど、流れ弾喰らってくたばってる無関係の奴もいるのよ。…おいどんでも、数を掴み切れねーくらいに。」
微かな口惜しさを滲ませたティグラーブのぼやきで、皆の表情が明白に曇る。
「おまけに今ちょうど、カオス=エメラルドが騒がれてやがるでしょ。これ絡みの争いと来たら、とばっちりも他の比じゃねーわよ。挙句の果てに、
「…その
「あ、知らなかった?忌み子とか、ディザーって呼ばれてやがるヤローの兵団よ。」
「イミコ…そう言えばシュオルドって人、ボクたちがそいつの仲間かどうかって、気にしてたみたいだったよね。」
「ああ…警護役があれだけ用心してたって事は、相当危ねぇ野郎ってとこか?」
「へえ。良い見立てしやがるじゃない。…その通りよ。」
風刃の慧眼を称えると、ティグラーブは棚から1冊のファイルを取り出した。
「とにかく物凄い魄力してやがるヤローでね。記録によれば随分昔にも魔界の支配を狙って大暴れしたけど、何かの手段で封印されたそうだわ。…その封印とやらが解けちまったから、復活しやがったわけだけどね。」
「魔界の支配って…世界征服とかリアルに考える奴いるのか…?痛ぇ野郎だな…。」
「イタいなんて、呑気な話じゃねーわよ。従わねー相手は無論の事、忠実な部下から見も知らねー赤の他人まで、少しでも気に障ったら一瞬で消し飛ばすって有名なヤローなんだから。」
「何じゃそりゃ~?独裁者丸出しじゃねえのよ…。」
「聞くだけで面倒臭さしかない奴…。」
「なるほど、丁度良いお話を伺えました。ティグラーブさん、賭けのルールですが…。」
紅炎共々ディザーなる人物の噂に頭を痛めていたところ、それより遥かに差し迫った問題が、身内から生み出された。
「カオス=エメラルドを集める道中で魔界平和を実現してみせますので…これから私達に無料で情報を提供してくださいませんか?」
丁寧で慎ましやかな物腰からの大胆不敵な発言に、誰もが硬直した如く静まり返った。
それはつまり、無益な争いを起こす者達を一人残らず打ち倒してやるとの、堂々たる宣言に他ならない。
「…とんでもなくでかい台詞抜かすわね。もしできなかったら、どうしやがるの?」
「その場合は、ティグラーブさんにカオス=エメラルドをお譲りします。」
「ちょっと、月さん!?何言い出すんですか!」
「魔界平和にしねエとカオス=エメラルド没収ッて、こッちに不利過ぎンだろ!」
「ですが、お願いする内容が余りに重いですから、この位の不利は背負わなければ…。」
「…確かにな~…。」
紅炎が苦い面持ちで同意すると、異を唱えていた氷華君や駆君も黙り込んでしまう。
金の代わりとして認めて貰える情報料となれば、やはりカオス=エメラルドしかあるまい。
懐を温めてから情報を買う道も物理的には存在するが、時間の無駄に過ぎて机上の空論だ。悠長に構えていれば、他の者に有力な手掛かりを奪われるのが目に見えている。
「…なかなか面白い事言いやがるけど…いくら魔界に来たばっかりとは言え、話が見えてなさ過ぎよ。」
ジョッキになみなみと注いだビールを一口含んだティグラーブは、厳しい現実を告げる。
「テメーら、つい最近魄力のこと知って、ほんの1週間修行した程度だって言ったわよね?そんな有様じゃ他の小物共はともかく、ディザーのヤローは手に負えねーわよ。」
「やってやるさ。」
腕組みしたティグラーブに即答すると皆の視線を一身に受けたが、些かも動じなかった。
「カオス=エメラルドのために魔界くんだりまで来たんだ。ディザーだか
「…ふっ。ランジン、だったっけ?テメーはまた、自信過剰な野郎ね。」
「ナルシストなんでな、この男。」
「やかましい!!」
「…まあ、今の台詞には100%賛成だけどな。」
弟にぶつけるはずだった拳を、ぴたりと止める。
「カオス=エメラルド取れるかどうかで、身の振り方変わって来るんだ。どんなやばい奴がいようが、折れちゃやらねぇよ。」
「…心意気には感心しときましょう。けど…ざっと魄力探った限り、今のテメーらじゃ6人がかりでやっても、ディザーにホコリ1つも付けられそうにねーのよね。」
「じゃあ、もっともっと強くなってやるさ!ディザーとかいう奴もボコボコにできる位にな!」
先程よりも熱意を露わに、拳を握って高らかに告げた。
「そうね。賭けに乗ってやれるとしたら、テメーらにその程度の可能性を感じられるかどうかが全部よ。…って事で…レイナ。おいどんと手合わせなさい。」
テイグラーブは麗奈を指差し、対戦を求めた。
「こうして情報屋なんてやってんのも、永世中立の情報源になればいきなり殺される危険は減るだろうって考えての事でね。それが当たったもんで、大した魄力はしてねーのよ。そんなおいどん相手で負ける程ヘボかったら、いくら今後に期待なんて言われても賭ける気にはなれねーわ。」
「…魅月さんを油断させようって腹か?あんた、そこまで雑魚でもなさそうだけどな。」
「さて、どうかしらね?…まあ何にせよ、話の続きはレイナがおいどんに勝った時にしましょう。」
「承知しました!必ず乗って頂きますよ!」
「う~ん…何だかおかしなことになっちゃったなぁ…。」
「…まア、仕方ねエ。情報屋を味方にするには、これ位しか手がねエからな…。」
氷華君が頭を抱えれば、駆君は小さな溜息混じりで独り言の様にこぼす。
「そんじゃまず、広いとこに移ろうぜ~。」
万に一つも街に被害を出さぬよう、ファラームを取り巻く荒野へ移動する。
午後8時40分を回った地表は月明かりに満ち、言葉で表そうとするのも無粋なまでの美しさだった。
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