9.ギュッてして

 その晩、彩夏は早くベッドに入った。

 涼真も何もやる気が起きず、後を追うように寝室へ移動する。子供の頃から使ってる二段ベッドは下が彩夏、上が涼真だった。

 そっと彩夏の様子をのぞき込むと、彩夏は布団にもぐった。

「緑さん、残念だったな。今度一緒に墓参りに行こう」

 涼真は声をかける。すると、彩夏は布団から両腕をニョキっと伸ばし、顔を隠したまま。

「涼ちゃん、ギュッてして」

 と、甘えてきた。

「ギュッって言われても……」

「昔はよくやってくれたじゃない」

「わ、わかったよ」

 涼真はベッドに腰かけ、彩夏をそっと抱き起すとハグをした。

 甘酸っぱい優しい香りに包まれ、クラクラする涼真。パジャマ越しに触れる彩夏のふんわりと柔らかい身体は理性を保つのが難しいくらいだった。

「ふふっ、やっぱりこうしてもらうと落ち着くわ」

 うれしそうな彩夏。

「いや、でも、もう子供じゃないんだから、あんまりこういうのは……」

 涼真は冷や汗を浮かべながら言う。

「ねぇ……、私が妹じゃなくなって……嬉しい?」

 彩夏はゆっくりと涼真の背中をさすりながら聞いてくる。

「えっ? 血がつながってなくても彩夏は彩夏、俺の大切な妹だよ」

 すると彩夏はバッと涼真から離れ、

「嬉しいかどうか聞いてるの!」

 と、言ってにらんだ。

「え? いや、それはどういう……」

 すると彩夏は、

「もう知らない! 出てって!」

 そう言って布団をかぶって寝転がり、ゲシゲシと涼真を蹴った。

「痛い! 痛い! 何すんだよ!」

 涼真は追い出され、渋々自分のベットに滑り込み、ふぅとため息をついた。

 もちろん、彩夏の言いたいことは分かってる。分かってはいるが、物心ついてからずっと妹としてしか接してない相手に、いきなりどうこう考える程、涼真も頭の整理が追いついていないのだった。

 そんなこと言いだしたら、血のつながっていない若い男女が同じ部屋で寝ている事自体ひどくおかしなことだったし、もし、男女の関係という話になれば今度は母さんとの関係がおかしくなりかねない。

 とは言え、経済的に自立するまでは家を出る訳にもいかないし……。

 涼真はぐちゃぐちゃと思い悩み、そしていつの間にか寝入っていった。

 

        ◇


「心の~♪ 翼を~♪ はば~たかせ~♪」

 耳元で歌われる伸びやかな歌声で目を覚ます涼真。

 う?

 気がつくと丸まって寝ている涼真の背中に、彩夏がピッタリとくっついて楽しそうに歌っていた。

「分かった分かった……ふわぁぁ……」

 涼真は渋々起きることにして、伸びをする。

「涼ちゃんの~♪ 上に~乗り~♪」

 しかし、彩夏は調子に乗って胸の上に乗っかって来て歌い続け、パジャマ越しに胸のふくらみを押し付けてくる。

「お、おい、ちょっと、当たってるって!」

 涼真はやり過ぎな彩夏にドギマギして思わず叫んだ。

「え? 何が当たってるって?」

 彩夏はいたずらっ子の顔をしながら、さらに押し付けてくる。

「起きるから! 起きるからちょっとどいて!」

「ふふーん、朝からJKのサービスを堪能してこの幸せ者め!」

 うれしそうに笑う彩夏。

 寝起きに好き放題やられてムッとした涼真は、

「もう少しボリュームがあった方が……」

 と、つい口を滑らせる。ピタッと止まる彩夏。

「……何? 今……何か言った?」

 彩夏はバッと身体を起こし、鬼のような形相でにらむ。

「あ、いや、そのぉ……」

 涼真は地雷を踏んでしまったことに、思わずブワッと冷や汗が噴き出す。

 枕をガッとつかんだ彩夏は、

「何よ! 小さくて悪かったわね! まだ大きくなってる途中なの!」

 と、真っ赤になりながら枕でバンバンと涼真をめった打ちにする。

 ひぃ!

 涼真は防戦一方である。

 ひとしきり暴れると彩夏は、涙目で

「涼ちゃんなんて、だ――――い嫌い!」

 と、叫んでドアをバン! と壊れるくらいの勢いで閉め、出ていった。

 涼真は『やっちまった』と顔を両手でおおい、大きなため息をつく。

「もうっ! 信じらんない!」

 向こうの部屋で彩夏が叫んでいる。

 涼真は多感な女子高生には、地雷があちこちある事を思い知らされた。

 後でちゃんと謝ろうと思ったが、こういう場合の謝り方が分からない。

 『実は小さい方が好みなんだ』ではないし、『思ったほど小さくはなかったね』でもないし、一体なんて言って謝ったらいいんだろうか?

 厄介なことになってしまったと頭をかきむしった。

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