【短編版】落ちこぼれ呼ばれた俺は真の能力を隠すどころか知らない〜この国が成り立っているのが俺のおかげって知ってた?〜

佐々木サイ@100万PV×2達成

短編版


「お願いします!私の息子を!」


「すまないな、市野君。もう決まった事だ。」


わずか7歳の少年の処刑が行われようとしていた。少年は寝ていて、そんな彼に3人の男が銃を構える。


「放て!」


合図とともに無惨にも一斉に引き金が引かれた。


しかし、放たれた弾丸が少年を貫く事はなかった。

全ての弾丸はその少年の寸前で急に止まった。

そして、まるで何事もなかったかのように下に転がった。


金属音が辺りに響く。


「な!これはどういうことだ!」


「わかりません!恐らくこの少年の能力スキルでしょう。続けますか?」


「あぁ、頼む。時機に魔力切れになるだろう。」


「は!!!」


再びマシンガンが火を噴く。

しかし、傷一つついていない。


「ダメです、魔力の減少が確認できません。」


「まさか!マシンガンとはいえ、銃弾だぞ?魔力を使わずに無効化するとは…」


「化け物だ。」

「別の手段をとる事にする、能力者を呼べ。」


その後能力者の攻撃も全てを無力化し、彼の処刑は保留となった。





ん〜


何かがベット中。否、パジャマの中に潜り込んでいる気がする。


嫌な予感がして飛び起きると予想通りの人物がしがみついている。


「おい、可憐起きろ〜」



同じ兄妹とは思えない美貌を放つ少女は俺の妹、市野いちの 可憐かれん

こいつを一言で表現するならば

勉強から運動まで何から何まで完璧の一言につきる。

それはもちろん異能力スキルもだ。

1つ下の妹は中学の時の校内ランキングは毎年1位だった。


欠点をあげるとしたら、人見知りな所と未だに兄離れが出来ていないところだ。


っと、この可愛さに騙されてはいけない。

もう7時、8時には出ないと間に合わない。

肩を掴んで揺すって起こそうとする。


「ん〜?お兄ちゃん〜も〜朝?」


「あぁ早く起きろ。もう7時だ。」


「は〜い、お兄ちゃん!」


可愛くて返事をすると瞳を閉じた。


「おい、何寝ようとしてんだ。」


「あと5分お兄ちゃん成分を注入されて〜」


さらに激しく締め付けてくる。

普段ならここでこの可愛い生き物をなでなでするが、今日は時間が無い上に新学期の初日。


「起きろ!流石に新学期の今日は遅刻出来ない!」


「分かりました、お兄ちゃん」


可憐はベットから起きると自分の部屋にと戻って行った。

俺も制服に着替えて1階に降りるといつもの光景を目にした。


俺の両親が抱き合いながらキスをしているのだ。


昨日の夜も少し声が聞こえたし、お楽しみだったようだ。

35歳にもなって何してんだよと言いたくなる。俺は今年17歳になるという事で接して欲しい。いわゆるできちゃった婚だ。

父の結人と、母の咲夜はとても仲が良く、仲のいい夫婦選手権があれば新婚の夫婦にも負けないだろう。


だけどその前にその光景を毎日見せられる息子の気持ちにもなってほしい。


「おはよう、結月」

「おはようございます、結月」


「おはよう、父さん、母さん」


こちらに気付いた両親は笑顔で声をかける。

俺も「おはよう」と返して食卓に座る。


すると、着替えを終えた妹がゆっくりと降りて来た。


「おはようございます、お母様、お父様そして、お兄ちゃん」


短くまとめた茶髪に制服がとても似合っている。


「お兄ちゃんどうですか?」


「うん、よく似合っているよ。思わず見惚れちゃった。」


「えへへ〜ありがとうございます、お兄ちゃん」


「相変わらず、仲がいいなお前ら。」


「当然です、お父様!私たちは来年、結婚しますので!」


飛びっきりの笑顔で椅子に座る俺に後ろから抱きついてきた。


「いやいや、兄妹だろ?俺たち。」


「いいぞ!父さん応援する。」


「あらあら、困っちゃうわね~政府に兄弟婚を認めて貰いましょうか?」


「ちょっと父さんも母さんも悪ノリしない。」


そして、朝食を食べ、学校へ向かった。


まったくこの二人は仕方のない人達だ。俺たちは正真正銘の兄妹、実は義理でした~なんて展開はない。


ちなみに、俺の部屋は鍵が掛かっており、夜は花蓮とは別々の部屋で寝ている。

つまりそういうことだ。



✳︎



ここは神代異能学園、日本に存在する異能力育成機関の一つでいわゆるエリート校だ。

何故雑魚能力の俺がどうしてこの学校に入学できたのか、それは俺の両親が、結構すごい人だからだ。


つまり裏口入学だ。日本でも有名な市野家の長男があの有名な神代に入れなかったとなったらメンツが丸つぶれになるからだ。


明らかにやる気のない先生の合図で、授業は数分で終わり、解散となった。


俺は、無言で席を立つと出口の方へ向かう。しかし…


「お兄ちゃん、どこに行く予定ですか?」


冷たい全てを凍らす声が聞こえる。

ポタリポタリと夏なのにも関わらず冷や汗がたれる。


「いや、その~」


「あ!もしかして私のもとに来ようとしていたのですか?えへへ、ありがとうございます、お兄ちゃん♡では早速校舎を案内して下さい!」


「あ、うん」


妹に対して全く逆らえない結月であった。


ブラコンに捕まってしまった俺は、姫様を案内する事になった。色々な所を周り終えた後、俺たちは最後の目的地ヘと足を運んだ。


「ここが神代学園のドームですか!広くて大きいですねお兄ちゃん!」


「あぁ、そうだな。」


第1アリーナ


この神代学園が保有する2つの訓練場のうちの1つで、ここで毎日ランク戦が行われている。ちなみに俺は参加した事がない。


「お兄ちゃん、私もやっていい?」


「いいぞ。相手になるやつはいねーと思うが」


「はい!」



元気よく返事をすると、受付へと走っていった。

相手がいなかったりすると、自動で生徒会が組み合わせを組んでくれるシステムなので誰でもできる。



✳︎



しばらく待つと妹の番が始まった。会場に出てきた可憐は観客(俺)に手を振りながら正面に立つ。

その表情は自信に満ち溢れていた。


「頑張れ、可憐ー!」


後で何か言われそうなので一応応援しておく。


「うん!観ててね〜お兄ちゃん〜」


すると、嬉しそうに手を振り返してきた。

周りから嫉妬の目で見られている気がしなくもないが、何も感じない。気のせいである。


カウントダウンがゼロになると、対戦相手である男が勢いよく前に飛び出した。


「喰らえ!」


男は、2本のナイフを真上に投げた。そして急に起動を変えると可憐目掛けて落下した。


しかし、ナイフはそのまま地面に突き刺さる事なく空中で静止した。

観客の多くが疑問の声をあげる。

そして、先程までいたはずの可憐の姿が突然消える。


「あの野郎!どこいった!」


男は完全に見失い怒鳴り声をあげる。


と思ったら、次の瞬間男の目の前に可憐が現れた。突然現れた可憐に驚き男は右に飛びそのまま体勢を整えようとした。

しかし、男はもう一度地面に着地する事なく鈍い音をたてながら壁に激突した。


「しょ、勝者、1年Aクラス 市野 可憐!」


審判の先生が大きな声でそう宣言した。


誰も何が起こったのか理解出来なかった。

可憐の能力は俺と違って『加速』と『減速』の2つ。

両方とも向きは変えられないが、捉えたものの速さをいじる事ができる。個数に上限はなく。物理攻撃主体の相手であれば間違いなく勝てる。さらにこの能力の恐ろしい点は『マイナス加速』と『マイナス減速』も可能である点だ。


そんな最強ぶっ壊れチートを誇る我が妹は残念ながらというか当然ながら、に載せらてしまっている。

危険レベル8

一般には公開されていないが、監視もついているらしい。




俺は能力が弱いという点以外は全て普通の人より恵まれている。


中等部の頃、俺にちょっかいを出そうとした3人の生徒がいた。

俺のことを能力を使って殴ろうとしたのだ。


その3人はたったそれだけの事で退学処分になったのだ。普通ならば反省文の提出、最悪の場合でも停学処分が妥当なところだ。


さらに、この話は悪い方向へ進む。

なんと次の日、3人は遠くへ引っ越していった。


おそらく、俺の親が何かをしたのだろう。

それ程、うちの家の力は強い。


また、大きな権力をもっており、本気を出せば憲法すら改正できるらしい。


俺は、そんな市野家の長男で次期当主ということになっている。




午後の授業を終えた俺は忌々しい生徒会を訪れていた。

普段ならばこんな面倒事の塊のような場所に行かないが、妹に「来てね、お兄ちゃん」と、可愛い声で言われたのでここは行くしかない。

行かなかった場合の事など、考えたくもない。と言う訳でやって来たのだがそこには思わぬ人物がいた。


「こんにちは、市野君。元気そうね。」


「は、はい、桐生さんにおかれましてもお元気そうで…」


「それで?私に言うべき事があるんじゃないの?」


「言うべき事ですか…」


えっと…なんだろう。心当たりがありすぎる…

こいつに関わると面倒なので俺はここ1週間ずっと、用事があると言って、逃げ…戦略的撤退をしていた。


「その件につきましては、多大なるご迷惑をおかけして大変申し訳なく…」


「で?」


鋭い眼光が俺に突き刺さる。俺のHPがごりごり削られていくのを感じる。

我が妹を呼べばすぐさま助けに来てくれるだろう。だが、そのあとはどうする…

最悪の展開がいくつも想像できるぞ?


俺の脳内にあるコンピューターが導き出した答えは


「お詫びのしるしとして、何でも言うことを聞く所存です!」


「何でもね。」


「はい…」


そう答えながら、俺はなんて事を言ってしまったんだと後悔する。

恐怖で思考回路がバグっていたのだろう。

訂正をしようと思ったが、時既に遅しであった。


「そう、ならば今から私の買い物に付き添いなさい?」


「へ?」


「聞こえなかったの?私の買い物に付き添いなさい、と言っているのよ。」


回答が予想の斜め上過ぎて、間抜けな声を出してしまった。


「は?何言ってんだよ。何で俺が」


「今何でもするって言ったよね?さっ行くよ」


「断る、俺は今日ここで妹を待たなきゃいけないんだ。」


「ならそれ、キャンセルするわ。」


「いや、俺の妹はだな…なんというか…めっちゃ怖いんだよ。そんなことしたら何をされるか…」


「私が行くと言ったら行くの、あなたに拒否権はないわ。それと、どーしてもというなら私があんたの妹を止めてあげるわ。」


「ま、マジすか?ならぜひお願いします。」


俺は、妹の監視から逃げられるという提案に二つ返事で了承した。

これほどの好機滅多にないからだ。


そして俺は、桐生に連れられて近所のデパートに買い物に行くことになった。いや、いかされた。



✳︎



デパートは平日の放課後ということであまり混んではおらず、俺は桐生の少し後ろをついて歩いた。


逃げ出すのは簡単だ。だが、捕まった後の事を考えてほしい。

おそらく良くて生き埋め、最悪斬首だろう。


「あの〜桐生様、本日はどのようなご要件で」


「何その呼び方?」


冷たい言葉の弾丸が俺を撃ち抜く。

あらかじめ用意していたシールドなど無意味に、そして理不尽に。


「では、どのようにお呼びすればよいのでしょうか…」


「普通に葵衣でかまわないわ。」


「いや、それはちょっと…」


「何?嫌なの?」


「滅相もございません!」


とりあえず謝る。もうこれしかない!


「まぁいいわ。実は服を買おうと思っていたの、意見を言ってくれる?」


「そうですね。葵衣様にはこちらがお似合いかと…」


目の前に突き出された2つの服からできるだけ露出度の少ない左側を選択する。


「そう、ゆ~くんはこっちが好みなのね。これなら着られるわ。」


「ん?」


「いえ、何でもないわ。次に行きましょう。」


「仰せのままに…」


そして俺は、その後2時間に渡って買い物に付き合わされるのだった…



✳︎



それは、突然の出来事だった。

フードコートで向かい合って座っている時、突然下の方で凄まじい爆音が鳴り響いた。


突然の大きな音に人々はパニック状態に陥った。

何処かの配線がやられたのか、電気が消え、地面にひびが入った。


「何だ!」


「おそらく何かが爆発したんだと思う。私は上の階にいる人を助けてくる。市野君はさっさと逃げてちょうだい。」


「いや、でも…」


「逃げてなさいよ。」


桐生は俺にそう告げると高速で移動を開始した。


重力操作グラビティ!」


葵衣は、斥力を自由自在に操る能力を使って天井の落下を防いだ。

そして身体強化をし、まだ上の階にいる人を救うため走り出した。


「慌てず落ち着いて行動して下さい!」


俺も大声で避難を呼びかける。神代学園の生徒ということで、多くの都民がその指示に従った。


その直後、下の階から凄まじい爆音とともにデパート全体が揺れた。連続した爆発に何か作為的な物を感じた。



✳︎



「皆さん!一気に下におりたいので隣の人と手を繋いで集まって下さい!」


葵衣はデパートを訪れた人を1箇所に集める、今は退避が優先だ。

200人程集めると、全員を一気に浮かせた。


「ぐっ!」


想像以上に辛い。1人あたり50kgとして200人でおよそ10トン、自動車数台分だ。

市民たちは既に上空、今更離すわけにはいかない。

なるべく遠くに、爆発に巻き込まれない位置に。

そう思いながら、運ぶ。


「もう少し…お願い、頑張って…」


やっとの事で市民達を下に降ろし終えた時、最後の取っ掛りが外れギリギリを保っていた天井が崩壊した。





2度目の爆発とともに地面が盛り上がる。

捕まっていた手すりが外れ爆風によって吹き飛ばされ、天井に叩きつけられた。


「ガバッ!!!」


何本かは分からないが骨が折れる。

口が切れ、血を感じる。


「はぁはぁはぁ…」


まずは落ち着き、呼吸を整える。


首を使って辺りを見回すが誰もいない。おそらく下の階か、上の階に逃げただろう。

ここで待っていれば西条が助けてくれるか…

自力脱出を諦めて、仰向けになる。仰向けの方が空気の通りが良くなると聞いたからだ。


だが、人生は思い通りにはならない。

コツコツという靴の音とともに誰かが近づいてくる。


「結月く〜ん元気ですか?〜」


「だ、れ、だ」


趣味の悪い黒いコート羽織った3人の男が立っていた。それぞれ身長は同じぐらいてどこか楽しそうに笑っている。


「君を殺すだけで10億円貰えるんだってさ〜まァ恨むなら君のお父さんを恨んでね〜祟られたくないから〜」


懐からナイフを取り出すとこちらに向けた。


「俺を、殺したら、父さんが黙っていないぞ…」


萎れた声で訴える。先程の怪我で身体が思うように動かない。

我ながらかっこ悪いセリフだ。


「そんなの知ったこっちゃないさ。だいたい今日はお前の大好きなお父さんは海外にいるだろゥ?」


「っ!!!」


「じゃあな、後で祈っておいてやるぜ。」


その言葉と同時に手に持ったナイフを振り下ろした。

思わず目をつぶる。

……死ぬってどんな感じなのかな。


だが、現実は予想とは違う方向へ進む。

真っ直ぐ首に向かって振り下ろされたナイフは、結月の首の5cmほど手前で止まった。



【基準レベルを上回る人間による攻撃ヒューマンズアタックが観測されました。】

【固有能力『自立演算』は『自己防衛』を行います。】

【固有能力『自立演算』は固有能力『エネルギー変換』に能力の行使を要請します。】

【固有能力『エネルギー変換』が使用されました。また、身体の機能不全から一時的に固有能力の使用を許可します。】


「へ?」


死を悟った、最弱の能力しか持たない俺ではどうしよもないと思った。

だが、今目の前で起こっている現実はありえない事だった。

攻撃が、止まっている。


「何しているんすか?さっさとバラしちゃいましょうよ。」


「そーですぜ、リーダー」


後方にいた2人は訳が分からないといった様子だ。だが、当事者である男も何が起こったのか理解できない。

自分の右肩より先が動かないのだ。


「おい!何をした!」


「えっと…あれ?痛みが消えてる…」


「答えろ!これはなんだ!」


「『エネルギー変換』?何それ…」


【マスターである市野 結月の固有能力です。契約により、一時的に能力の使用を許可します。】


「いや、固有能力と言われても使い方を知らないのだけど。」


【記憶の欠落により状況を把握出来ていないと推測します。よって、記憶の一時的な修復を推奨します。実行しますか?】


「記憶の修復?まぁよく分かんないけどお願い。」


【了解しました。固有能力『自立演算』がマスターから預かった2億5042万8711秒分の記憶を復元します。】


「復元?」


そう呟いた直後、脳に激痛が走った。どんどん埋め込まれていく、知っていたはずの記憶。

その中にはもちろん、忘れていた幼馴染の記憶もある。しかし、最も印象に残っている記憶は…

固有能力『エネルギー変換』を使って父と訓練をする様子。


魔力を物理的な運動に変換するだけの能力だと思っていた。

でも、違う。

そんな生易しいものじゃない。


全部、思い出した。



「『エネルギー変換』<電気→熱><運動→熱>」



俺の真の能力は、あらゆるエネルギーを変換する能力。

先程の攻撃が無効化されたのもこれの応用だ。

俺のもう1つの能力、自立演算にエネルギー変換の行使権を与える事で、人間レベル超えた動きを見せる。


脳から発せられる電気信号を熱へと変換することができる。

男は、全身の骨が折れたかのようにその場に崩れ落ちた。

もちろん心臓も動いていない。


「おいお前!兄貴になーーー」

「うるさい。」


音もエネルギーの1つとしてカウントされるので無力化する事ができる。


「さて、どうしようか…」


【報告します。先程の爆発で13名が気を失い、45名が怪我をしました。治療しますか?】


「チッ!じゃーねーな、許可する。」


【固有能力『エネルギー変換』熱エネルギーを生命エネルギーへと変換します。】


人々は、光の粒子に包まれると、生命エネルギーによって細胞が活性化し、傷口が塞がっていく。

やがて、目を覚ますと、起き上がった。


服はボロボロだが、外傷は一切ない。中の傷も全て治した。何なら、持っていた病気もついでに治したので良くなったまである。


【報告します。2つ上の階に桐山様がおります。先程の魔法で傷は治しましたが、気を失っているようです。電気ショックを実行しますか?】


「しなくていい、俺が向かう。」


【了解しました。では、崩れそうな箇所の補強及び鎮火を行います。】

【固有能力『エネルギー変換』熱エネルギーを結合エネルギーへと変換します。】


天井に空いた穴から上の階へと向かう。2つ壁を抜けると、地面に横たわる少女を見つける。


「全く、お前は昔から無理しやがって。」


「ん…?ゆーくん?」


「久しぶりだな、葵衣」


「ゆーくん!思い出してくれたの?」


「ああ、一時的にな。多分もう少しで忘れる。」


「そっか…でも大丈夫、私がいつまでもゆーくんを守るから…」


「あぁ、ありがとな。」



✳︎



嫌な予感はあった。

まず、教室にお兄ちゃんがいないのである。

いつもなら絶対に可愛い妹を待ってくれている(本人の主観です。)お兄ちゃんが忽然と姿を消した。

大事件だ。


すぐさまスマホを取り出し、政府の能力者管理局へと連絡する。


「市野可憐です。お兄ちゃんの座標を10秒以内に下さい。いいですか、10秒以内ですよ。」


「は、はい!ただいま!」


焦ったようにそう告げると、プツンと通信が切れた。きっちり十秒後、可憐のスマホに一件の座標が送られる。

手慣れた手つきでそのファイルを開き、兄の位置を確認する。


「あそこのデパートか…何しているんだろ」


頭の中で、いろいろな可能性を想定する。真っ先に浮かんだのは誘拐、だがそれならデパートに行くのはアホすぎる。

では、買い物とか?ありえない。

お兄ちゃんが帰宅よりも買い物を優先するはずがない。


だとしたら考えられるのは…


ま、まさか…私の誕生日プレゼントの下見とか?!(2か月前)


だがそれもすぐに否定する。


あのお兄ちゃんの事です。既に結婚指輪を買ってくれているでしょう。



だとしたら考えられるのは…


ま、まさかね~あの奥手お兄ちゃんが放課後にデートするはずがな…

いや、あるかも…

どうしよう、不安になってきた…


「よし、私も行ってみよう。」


可憐は悩んだ末、決断する。


「ごめんねお兄ちゃん、これはストーカーじゃないのただお兄ちゃんを変な女から守るだけだから。」


フルスロットルで能力を行使し、兄の待つデパートへと向かった。



そこは、混乱していた。

火は消え、爆発は収まったが、圧倒的なエネルギーを持った何かがデパートの中にいた。

何重にもコンクリートの壁があるが、その圧倒的な存在感がそれを打ち破っている。人々は恐怖した、かつてこれほどの魔力を感じたことがあっただろうか。



「この感じ、間違いなくお兄ちゃんだ…」


崩れかかったデパートの屋上に降り立った可憐は、天井にできた穴から兄のもとへと向かう。

3階の中央付近に、お兄ちゃんはいた。

膝の上には、一人の女の子が嬉しそうに寝っ転がっていた。

見覚えがある子だ。


「久しぶりだな、可憐。元気そうで何よりだ。」


間違いない、昔のお兄ちゃんだ。


「おっおっお久しぶりです、お兄ぢゃん…ずっとずっどあいだがっだでず…」


思わず涙がこぼれる。


「あぁ、迷惑かけてすまないな、政府との約束だ。提案した側である俺が約束を破るわけにはいかない。」


お互いに何を喋っていいのかわからない。


「そろそろ時間だ、また近いうちに会おう。」


「はい!お元気で、お兄ちゃん…」



【固有能力『自立演算』はマスターから2億5042万9032秒分の記憶を削除及び封印します。】



✳︎



気がつくと、上に伸ばした右手は可憐に握られていた。


「大丈夫ですか!お兄ちゃん!」


「ああ、大丈夫だ、問題ない。」


俺は、そう告げると起きあがろうとする。だが、身体が思うように起き上がらない。

手足は十分に動くのに、身体だけは可憐の膝に張り付いて動かない。


普通なら神経がおかしくなってしまったのではないかと疑う場面であるが、目の前にいる人物によってその可能性は否定される。


「『能力』を解いてくれ、可憐。」


「え?なんのことですか?お兄ちゃん」


「『マイナス加速』と『減速』を解いてくれって言っているんだ。」


「え?何の事ですか?」


何も知らないかのように首を傾げる。

まるで、本当に何も知らないかのようにだ。

一瞬、可憐の言葉を信じてしまいそうになる、しかし…


「可憐、ゆーくんに嘘は良くないんじゃないかな。」


「あっ!!ごめんなさい、お兄ちゃん!」


俺が寝ているベッドの脇に座っていた桐生が声をあげた。どうやらここは病院らしく、あの爆発に巻き込まれた俺は気を失ったらしい。

それにしても…


「ゆーくん?」


「あ、これは違うの間違い、間違いだから!!!」


「あ、そうですか…」


「ゴホン、ともかくだ。無事で何よりだ、結月」


「ご迷惑をおかけしました。」



暫くして、両親が海外からやってきて、めっちゃ心配してくれた。

桐生さんは、両親に深々と頭を下げた後、別室でこの事件の経緯を話した。


そして、俺はというと…


「おはよ、お兄ちゃん。今日もいい天気だね。」


「あぁいい天気だな……で何でお前がここにいるんだよ。」


「妹たるもの、常にお兄ちゃんの傍にいるのです。」


「昨日鍵かけたよな。」


「いえ、鍵はかかっていませんでしたよ?」


何事もなかったかのように平然と噓を付く可憐。


「噓つけ!!!」


今日も日常はかわらない。



✳︎



某日某所


「こんにちは、総理」


「やぁ市野君、待っていたよ。」


日本における実質的なトップである総理大臣は笑顔で結月の父、市野結人と握手をした。対して結人の方はあまりよさそうな顔はしていなかった。結人の左隣には、車椅子の上で寝ている少年がいた。

言わずもがな結月である。


ここの地下7階にはには日本で最高レベルの機密が隠されていた。

指紋認証や音声認証などによる3重のセキュリティーを超えて、小さな部屋に入った。

中に入るのは総理、副総理、結人、結月の4人のみだ。


「では、始めてくれ。」


総理が、低い声で告げる。わかりました、と副総理が答えて手元のスイッチを押した。

システムが起動し、部屋全体が黄色く光った。


黄色、それは半分ぐらいを表す。

つまり、補充をする必要があるということだ。


「お願いします、市野さん」


「了解しました。」


副総理に促されて、結人は前に出る。

愛する息子の額に手を当てると、『秘密の言葉キーワード』を述べる。


「『夜明けの光』」


【固有能力『自立演算』は『秘密の言葉』を確認しました。】

【これより、主導権を固有能力『自立演算』が得ます。また、固有能力『エネルギー変換』の行使権を得ました。】


結月の体は目をカッと開いた。いつもの黒い瞳は黄色く輝き、結人の方を見つめていた。


「いつものを頼む。」


【了承、固有能力『自立演算』は固有能力『エネルギー変換』を行使し、エネルギーの補給を行います。】



✳︎



表向きには、日本のエネルギー源の90%は核融合によって生み出されたエネルギーという事になっている。

しかし実体は、地域への紹介や実験機を除いてそのほとんどが活動を停止している。

ではどこからエネルギーを得ているか、エネルギーの保存能力を得た現代の日本では、たった1人の人物が日本の全エネルギーの約80%を担っている。


その人物の名前は『市野結月』

表向きには最低ランクの評価しか与えられていない少年が、日本のエネルギー問題を解決していた。

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