アカデミック・ハラスメントなキャンパスライフ
takamochi
第1話 ヤツとの出会い
今から語っていく話は、私こと中村(仮名)が体験してきた実話である。
読んだ人によっては、この程度ではハラスメントじゃないなんて意見もきっとあると思う。
でも、当時の私が大学の教授の言動や行動に苦しめられていたことは紛れもない事実だ。
2009年末。
当時大学2年生だった私に、ゼミ選択の時がやってきた。
リーマンショック直後ということもあって、私は就職に少しでも役に立ちそうなゼミを選択しようと考えていた。
見学に行ったX教授(仮名を設定することもできたが、仮名を設定することすら嫌なので以後Xと呼ぶことにする)のゼミはとても魅力的に見えたのだ。
「我がゼミの学生の就職率は限りなく100に近い。
俺と付き合いのある企業を紹介することもできる。
研究テーマも私から提示することが可能だし、卒研のサポートも充実している。
公務員試験を受けるのも全く問題ない。
過去、私のゼミから公務員になった人間もいるから、話が聞きたければ紹介をする」
Xの話には魅力しかなかった。
今思えば、騙しの手口にしか思えないが、当時の私はコイツの話を鵜呑みにしてホイホイとコイツのゼミを第一志望としたのだ。
無事Xのゼミに所属することになった私。
特に何事もなく2年後期課程も終わり、春休みに突入した。
2010年2月23日、午前10時30分。
R-1グランプリの放送日だったため、決勝進出者の情報をネットで収集していると、携帯に見知らぬ番号からの着信が入った。
「あ、もしもし?
中村さん?
○○大学のXです。
今からちょっと研究室に来れる?」
Xからの呼び出しを受け、私はすぐに大学へ向かった。
はじめて踏み入れたXの研究室。
研究室内は、パイプ椅子と折りたたみ式の机、それに移動式ホワイトボードが2つほど置かれているだけだった。
窓には厚手のカーテンがされており、外の様子は室内からは見えないようなっていた。
研究室に着くとすぐ、ヤツは私に対して思いもよらぬ言葉を発してきた。
「おい、中村!
お前、どうして生きているんだ?
お前が死ねば、お前が食っている食糧を貧しい人たちに分け与えられる世界になる。
そのためにも、早くお前は死ね!」
面と向かって上の立場の人間に死ねと言われたことなどなかった私のショックは計り知れないものだった。
脇や背中には嫌な汗をかいていた。
「お前の親、どんな仕事をしているんだ?
学歴は?
出身地はどこだ?
爺さんと婆さんはどういう人間なんだ?」
アホだった私は、Xの問いにバカ正直に答えていった。
「お前の親、ロクな仕事をしてねえんだな!
そんなろくでなしの親から生まれてきたお前は、やっぱり生きている価値がない!
さっさと死んだほうが世のためになる!」
父を馬鹿にされ、母をコケにされ、しまいには先祖までも侮辱される。研究室に来て30分も経っていないのに、私はもうノックダウン寸前になっていた。
ここから先はXからひたすらに罵倒され続けた。
人格否定、暴言……。
ヤツはマシンガンを発射するが如く、私を延々と罵倒し続けた。さらには、
「お前が死なないというなら、俺がお前の死に方を提案してやる。
飛び降り、電車、割腹、服薬……。
まだまだ死に方はたくさんあるぞ。
お前はどれを選ぶんだ?」
と早く死を選択するよう促してくる始末。
反論する隙すら与えてもらえなかった。
どれほどの時間、ヤツから罵声を浴びせられていたかはわからない。だが、ある瞬間から、ヤツは手のひらを返したかのように私に優しい言葉をかけてきたのだ。
「ゴミみたいな人間のお前であっても、俺が指導してやれば超エリートに変わることができる。
今のお前はアスリートで例えると銀メダリストだ。
俺の指導はすごいぞ?
俺が指導すれば、お前は間違いなく金メダリストになれるんだ。
魅力的な話だと思わないか?」
私は心の中で、メダリストならそれで十分すごいじゃないかとツッコミを入れた。
ヤツは私に笑みを浮かべながら、
「どうだ、俺の指導を受けてみないか?」
と提案してきた。
叱った後に救いの手を差し伸べてくる――これは洗脳の手法と同じだ。私はすぐには返答をせず、ただヤツと視線を合わせないよう、うつむいたままでいた。
すると、ヤツは
「よし。
今からお前がどれくらい勉強ができるのかテストしてやる。
まず、俺が日本語の文章を話すからそれを英訳してみろ!」
などと言ってきた。
その程度なら、まあ付き合ってやるかなどと考えてしまった私は心底甘かったと言わざるを得ない。ヤツが発言した日本語が最悪だったのだ。
「『中村の胸は、秋山の胸よりも大きいです』
これを訳せ!
早くしろ!」
ド直球のセクハラである。
ちなみに秋山というのは私の友人で同じゼミに入ってくれた人物である。
私が答えずにいると、ヤツはその後もプロボクサーも真っ青になるほどのセクハラ日本語ラッシュを続け、どうにか私に英訳をさせようと試みた。
Xは私が意地でも答えないつもりであることを理解すると、別の提案をしてきた。
「英語は止めにしよう。
理数系の分野はどうだ?」
セクハラ地獄からすぐに解放されたかった私は、黙って頷いた。
「今から俺がホワイトボードに定積分の問題を書く。
それを解け!
いいな!?」
Xはそう言うと、解読も困難なほどの汚い字で数式を書き記し始めた。私がかばんからルーズリーフと筆記具を取り出し、問題に取り掛かろうとした瞬間。
「俺の許可なしに筆記具を出すんじゃねえよ!
こんなもんは暗算で解けるだろ!」
不定積分ならまだしも、定積分を暗算で解けというのはかなり厳しい。簡単な定積分であればギリギリ暗算はいけるかもしれない。だが、ヤツがホワイトボードに書いたのはなかなかに複雑な数式だ。
私が答えに窮していると、
「こんな問題も暗算で解けねえとか、お前やっぱり生きている価値ねえわ!」
などと罵倒ラッシュが再開した。罵倒ラッシュ、もう疲れたよ……。
その中でも、特に印象に残っているヤツの発言がある。
「お前、ひょっとしてキ○○イか?
だとしたら、俺はお前に対する接し方を変えなければいけない」
まだ数回程度しか会っていない私に向かって、この言葉を平気でぶつけてきやがったのだ。
この時、私はショックのあまり、涙目になっていた記憶がある。ただ、こいつの前で涙を流したら、間違いなくその事実を別の攻撃材料にされてしまう。
だから、必死で涙をこらえていた。
ヤツの罵倒がどれだけ続いたのかはわからない。
しばらくして、ヤツは満足したらしく
「今日のところはこれくらいで解散にしようか」
などと声をかけてきた。
ヤツから解放された私が研究室から外に出ると、辺りは真っ暗。時計を見ると、既に夜の8時を回っていた。
大学に着いたのがお昼の12時ちょっと前。そこからずっと、私はヤツから人格否定やセクハラ・罵倒攻撃を受け続けていたのだ。
当然だが、ヤツの攻撃に休憩などという概念は存在していなかった。飲まず食わず、トイレにも行かせてもらえず。
軟禁にも近いような状態で、ヤツと過ごさなければいけなかったこの日を、私は生涯忘れることはないだろう。
自宅に帰ると、楽しみにしていたR-1グランプリの放送は既に終わっていた。
母が用意してくれていた夕飯も冷たくなっていた。
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