「シャワー、浴びてきていい?」

「うん」

「汗かいた」

「そうだよね。あなたも、外にいたんだから。汗かいたよね」

「うん。行ってくる」

 悟さんが脱衣所に消えた。引き戸が閉まる。

 少し休んでから、立ち上がった。

 キッチンに行った。前に入れておいた食材と、買ってきたばかりの食材の中から、今日の料理に使うものを選んで、カウンターに並べた。


 十分くらいで、悟さんが引き戸を開けた。頭からバスタオルをかぶっている。

 髪が濡れていた。白いTシャツに、ぽたぽたとしずくが落ちている。

「拭かないと」

「うん。拭いて」

「……いいよ」

 甘えたいのかな。よくわからなかった。ごしごしと拭いてあげると、機嫌がよくなったのが伝わってくる。なんだか犬みたいに見えた。飼ったことないけど……。

「何してるの?」

「夕ごはん、作ってる。よかったら、食べて……」

「もちろん。食べるよ」

「お米、ある?」

「冷凍のがある。紗恵ちゃんも食べていって」

「あ、うん……」


 できたてのチンジャオロースを二人で食べる。テーブルが低いから、いつも、床に正座をして食べている。悟さんはあぐらをかいていた。

 ごはんは悟さんが用意してくれた。お椀型のタッパーに入れてあった冷凍のごはんは、悟さんの真面目さを象徴しているような気がした。

「おいしい?」

「うん。うまい」

「よかった」

 ほっとした。たぶんにやけているわたしを、優しい目が見つめている。

「おかわり、あるからね」

「うん」


 食べ終わったお皿は、悟さんがそのままでいいと言ってくれたので、流しに置かせてもらった。

「こっちに来て」

 また手を引かれた。べつに、逃げたりしないのにな。

「わたし、逃げないよ」

「手をつなぎたいだけ」

「……そう」

 ソファーに座った。今度は、悟さんもソファーに座った。


「次のデートで、別れるから」

「そう……。紗希ちゃん、泣いちゃうよ」

「かわいそうだけど。恋愛って、そういうもんだよ。俺が紗恵ちゃんに愛されてないのと、同じことだ」

「愛してない……わけじゃ、ない」

「本当に?」

「わ、わかんない……。わたしたち、ひとつのものを取り合ったことがないの。服も、持ち物も、両親が、なんでも二つ用意してくれたから」

「俺が二人いなかったのが、悪いってこと?」

「そんなこと、言ってない……」

「三回もデートしたよ。もう充分だ。二人の性格が全然違うってことも、よく分かったし。こんなこと、今までにしたことがないから。すごく変な感じだし、嫌な感じがする。

 こういう嘘はよくない。紗希から告白された時に、その場で断るべきだった。俺が紗恵ちゃんに相談したせいだって言われたら、それまでだけど」

「わかった。ごめんね……。今まで、ありがとう」

「紗恵ちゃんも、俺と別れるつもり?」

「ううん……。でも、紗希ちゃんには黙ってて。紗希ちゃんと別れてから、わたしに告白されたことにして」

「はあ?」

「そうしたら、紗希ちゃんは、あなたじゃなくて、わたしが悪いんだって、思えるでしょ?」

「君たちって、どういう関係なの」

「双子だよ。それだけ」

「それだけって……。俺、紗恵ちゃんとは結婚できないってこと?」

「えっ?」

「正直に話すよ。その方がいい」

「で、でも……」

「同じ顔に見えても、同じ背格好をしてても、だめなんだよ。心が違う。

 俺は、紗恵ちゃんしか欲しくない」

 その言葉は、わたしの胸に、すとんと落ちてきた。今まで、誰からも言われたことのない言葉だった。

 はずれの方。おまけの方。かわいくない方。大人しい方。お化粧しない方。

 いろんな呼び方で呼ばれてるのは、知っていた。笑われてるのも、知っていた。

 悟さんだけが、こんなわたしを選んでくれた。


「泣かないで」

「……うん。なんか、うれしかった」

「そうなの?」

「うん。ずっと、紗希ちゃんとセットだったから」

「そうか」

「ごめん。うそ……」

「えっ?」

「紗希ちゃんの、おまけだったの。わたし」

「何だよ。それ」

「ほんとに、そうだったの。だから、うれしい……」

 手をのばした。向こうからも手がのびてきて、抱きしめられた。

 このあたたかさを、大切にしたいと思った。もう、誰にも――紗希ちゃんにも、譲ったりはしない。そう思った。

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