3
「シャワー、浴びてきていい?」
「うん」
「汗かいた」
「そうだよね。あなたも、外にいたんだから。汗かいたよね」
「うん。行ってくる」
悟さんが脱衣所に消えた。引き戸が閉まる。
少し休んでから、立ち上がった。
キッチンに行った。前に入れておいた食材と、買ってきたばかりの食材の中から、今日の料理に使うものを選んで、カウンターに並べた。
十分くらいで、悟さんが引き戸を開けた。頭からバスタオルをかぶっている。
髪が濡れていた。白いTシャツに、ぽたぽたとしずくが落ちている。
「拭かないと」
「うん。拭いて」
「……いいよ」
甘えたいのかな。よくわからなかった。ごしごしと拭いてあげると、機嫌がよくなったのが伝わってくる。なんだか犬みたいに見えた。飼ったことないけど……。
「何してるの?」
「夕ごはん、作ってる。よかったら、食べて……」
「もちろん。食べるよ」
「お米、ある?」
「冷凍のがある。紗恵ちゃんも食べていって」
「あ、うん……」
できたてのチンジャオロースを二人で食べる。テーブルが低いから、いつも、床に正座をして食べている。悟さんはあぐらをかいていた。
ごはんは悟さんが用意してくれた。お椀型のタッパーに入れてあった冷凍のごはんは、悟さんの真面目さを象徴しているような気がした。
「おいしい?」
「うん。うまい」
「よかった」
ほっとした。たぶんにやけているわたしを、優しい目が見つめている。
「おかわり、あるからね」
「うん」
食べ終わったお皿は、悟さんがそのままでいいと言ってくれたので、流しに置かせてもらった。
「こっちに来て」
また手を引かれた。べつに、逃げたりしないのにな。
「わたし、逃げないよ」
「手をつなぎたいだけ」
「……そう」
ソファーに座った。今度は、悟さんもソファーに座った。
「次のデートで、別れるから」
「そう……。紗希ちゃん、泣いちゃうよ」
「かわいそうだけど。恋愛って、そういうもんだよ。俺が紗恵ちゃんに愛されてないのと、同じことだ」
「愛してない……わけじゃ、ない」
「本当に?」
「わ、わかんない……。わたしたち、ひとつのものを取り合ったことがないの。服も、持ち物も、両親が、なんでも二つ用意してくれたから」
「俺が二人いなかったのが、悪いってこと?」
「そんなこと、言ってない……」
「三回もデートしたよ。もう充分だ。二人の性格が全然違うってことも、よく分かったし。こんなこと、今までにしたことがないから。すごく変な感じだし、嫌な感じがする。
こういう嘘はよくない。紗希から告白された時に、その場で断るべきだった。俺が紗恵ちゃんに相談したせいだって言われたら、それまでだけど」
「わかった。ごめんね……。今まで、ありがとう」
「紗恵ちゃんも、俺と別れるつもり?」
「ううん……。でも、紗希ちゃんには黙ってて。紗希ちゃんと別れてから、わたしに告白されたことにして」
「はあ?」
「そうしたら、紗希ちゃんは、あなたじゃなくて、わたしが悪いんだって、思えるでしょ?」
「君たちって、どういう関係なの」
「双子だよ。それだけ」
「それだけって……。俺、紗恵ちゃんとは結婚できないってこと?」
「えっ?」
「正直に話すよ。その方がいい」
「で、でも……」
「同じ顔に見えても、同じ背格好をしてても、だめなんだよ。心が違う。
俺は、紗恵ちゃんしか欲しくない」
その言葉は、わたしの胸に、すとんと落ちてきた。今まで、誰からも言われたことのない言葉だった。
はずれの方。おまけの方。かわいくない方。大人しい方。お化粧しない方。
いろんな呼び方で呼ばれてるのは、知っていた。笑われてるのも、知っていた。
悟さんだけが、こんなわたしを選んでくれた。
「泣かないで」
「……うん。なんか、うれしかった」
「そうなの?」
「うん。ずっと、紗希ちゃんとセットだったから」
「そうか」
「ごめん。うそ……」
「えっ?」
「紗希ちゃんの、おまけだったの。わたし」
「何だよ。それ」
「ほんとに、そうだったの。だから、うれしい……」
手をのばした。向こうからも手がのびてきて、抱きしめられた。
このあたたかさを、大切にしたいと思った。もう、誰にも――紗希ちゃんにも、譲ったりはしない。そう思った。
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