ダブル・デート
福守りん
1.ダブル・デート
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真夏の土曜日。午後五時を、少し過ぎたところ。
アパートの鍵が、向こう側から開く音がした。
「
「
紗希ちゃんが帰ってきた。淡いピンクのシフォンのワンピースが、左側の裾だけ、まるくオレンジ色に変わっていた。
「どうしたの? ワンピース」
「ジュースこぼしちゃった」
「あぁー。洗ってあげる。ぬいで」
「ごめんね」
さっとワンピースをぬいで、そのまま脱衣所がわりのスペースに入っていった。つっぱり棒でつるしたレースカーテンを、紗希ちゃんの手が引いて、閉めた。
「デート、途中で終わっちゃった?」
「ううん。そんなことないけど。足も冷たいし。映画も見れたから」
「あっ、やっぱり見たんだ。よかったね」
「席、離れてたけどね」
「そっか……」
紗希ちゃんは、先月から新しい彼とつき合っている。わたしと紗希ちゃんが入っている、映画ファンが集まる社会人サークルに、ちょうど半年前に彼が入ってきた。
三才上の二十七才。いつも眼鏡をかけている。背は高いけれど、体の線は細い。
これまで、告白されてつき合ったことしかない紗希ちゃんが、はじめて、自分から告白した人だった。
シャワーの音が止まった。
脱衣所に置いてある、プラスチックの衣装ケースを開ける音が聞こえた。
少ししてから、部屋着を着た紗希ちゃんが出てきた。髪は濡れていなかった。
「これ、洗濯機に入れていい?」
「手洗いじゃだめかな」
「いちおう、落としたけど。洗濯機で洗った方がよさそう」
「紗恵はお風呂、まだ?」
「うん」
「置いといて。下着も一緒に洗うから」
わたしたちが暮らしているアパートの部屋は、キッチンをのぞけば二部屋しかない。片方を寝室、もう片方をリビングとして使っている。
リビングのソファーに、紗希ちゃんが座った。
「紗恵も来なよ」
「うん……」
キッチンで二人分のお茶を用意した。
ソファーの前のガラスのテーブルに、タンブラーを置く。
このテーブルは、引っ越してからまだ数日しか経っていない頃に、紗希ちゃんがリサイクルショップで一目ぼれして、その日のうちに買ったものだった。配送料がかかると言われて、二人で前と後ろを持って、部屋まで運んできた。二人でも重かった。部屋が一階でよかった。二階だったら、途中で挫折したかもしれなかった。
タンブラーを手にとると、紗希ちゃんは一気に飲みほした。それから、勢いよくテーブルに置いた。
「なんか、だめかも」
「どうして?」
「好きになってもらえる気がしない」
「……」
「自分から告白しても、だめなのかも。相手から言われて、つき合うことが多かったから。今日もね、ゆっくり話してたら、向こうから別れ話をされるんじゃないかって思って、早めに帰ってきたんだ」
「そうだったんだ……」
「うまく行かないね」
「そう、だね……」
「紗恵は? どうなの」
「わたし? わたしは、ないよ。なんにも」
「いないの? いいなと思う人。会社に」
「うーん……」
「いなさそうだね。来週の火曜のサークル、行く?」
「ううん。行かない。紗希ちゃんは?」
「あたしもやめとこうかな……。あっちで悟さんと会うの、気まずいから」
「そっか」
空になったタンブラーを二つ持って、キッチンに戻った。
「ちょっと、出かけてくる」
「どこ?」
「ぶらっと……。そのへん。コンビニと、本屋さん」
「あんまり暗くならないうちに、帰っておいで」
「うん」
「夕ごはんは?」
「あ、わかんない。先に食べてて」
「わかった」
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