16ex.今日は2人でお出かけしましょ?

 俺たちは、特に用事も無いのに隣街のハータへ移動した。

 王都の騎士クレーシスさんから逃げるためだ。


 ハータに着くと、俺たちが前に町を守ったことを覚えており、一番高い宿屋を用意してくれた。

 たくさんの豪勢な料理でもてなしてくれ、俺はしばらくここに居ようと、仲間を説得した。

 町を守るっていいね。


 俺たちはそうして、クヴェリゲンで待つクレーシスさんのことをすっかり忘れ、1ヵ月ハータを楽しんだんだが。


 ハータに着いた翌日。いつもと違うことがあった。




 ――――




 朝。急にハティが部屋に来た。


「ねぇ。エルク。遊びに行きましょうよ」


 ハティはいつもの青いワンピースを着ているが、少し化粧をしているのか、目がパッチリしている。

 気合の入ったお出かけモードみたいだ。


「おー。そうだな。行こうぜー。リリアンは寝てるだろうし、アリアも呼ぶか?」


 ビクッとするハティ。


「たまには……2人きりってのもいいと思わない?」


 なぜか上目遣いになってる。いつもと雰囲気が違う。

 何か考えがあるようだ。


「いいぜ。俺はあんまりこの町のこと知らないから、適当にブラつくか?」

「どこに行くかはまっかせなさい。この町のことは全部わかってるわ。エルクが前に壁直してた時に調べてたのよ」


 頼もしいハティ。


「おう。任せるぜ」


「フフン」と自慢げな顔。

 今日は化粧をしてて、子どもっぽい顔が少し大人びて見えた。




 ――――




「ねぇ。これどう? 似合う?」

「あぁ。似合うぜ」


 ここはハータの町のワンピース専門店だ。

 宿屋を出て、最初に行きたいと言い出したのがここだ。

 色とりどりのワンピースがある。


 ハティは濃い藍色と白いフリフリがついたワンピースを着て、ポーズを決めている。

 俺にはどれがいいとかわからないけど、ずっとニコニコ顔のハティは……かわいいと思う。


「ふふふー。どれにしようかなー?」


 楽しそうに他の服を手に取るハティ。

 前に服を買いに行ったときは2時間かかってたが、今日もか?


「これもいいなー」


 ハティは淡い水色のワンピースを持っている。明るくていい色だ。

 すぐに、試着。


「ねぇ。こっちはどう?」

「あぁ。いいと思うぜ」


 正直どっちも似合う。

 俺はどの服も似合うって言っちゃうから、俺の感想より、自分のセンスで選んだ方がいいと思うんだけどな。

 ハティは藍色と水色のワンピースを見比べ、


「よーし。これにしよう。すいませーん」


 思ったより早く決めて、早速店内で着替えるハティ。

 鮮やかな水色のワンピースだ。元気なハティにぴったりだと思う。


 着ていた服は、後で宿屋に届けてくれるらしい。町を救った英雄って便利だな。

 今回の買い物は1時間かからなかったくらいか?


「今日は早く服決めたんだな。前から買うの決めてたのか?」

「う、うん。だいたいね。他にも色々行きたいから……」


 さっきまで笑顔だったのに、モジモジするハティ。

 やっぱり、いつもと雰囲気が違う気がする。

 が、顔を上げていつもの笑顔に戻る。


「さっ。次行くわよ!」




 ――――




 2人で町の食べ歩きの途中、中央広場を通っていると、職人が銅像を作っていた。

 俺は気になって、職人の背中へ尋ねる。


「なあ、何作ってるんだ?」


 職人は振り向き、俺の顔を見て驚いた顔。


「あ! あんた英雄エルクか?」

「うん? あぁそうさ。英雄エルクさ。こっちは英雄ハティだぜ」

「どや!」


 自慢げなハティ。ドヤ顔だが、口で言うもんじゃねぇぞ。

 職人に誉められるのを察知し、とりあえずドヤってみたみたいだ。

 ご機嫌がよろしいようでなにより。


「おお! ありがてぇ。英雄に会えるなんて! 握手してくれ」


 ごつい職人に握手する。

 ハティは「サインでいいかしら?」と、有名人気取りだ。

 ってか、いつサイン書けるように練習してたんだ?


「ありがとよっ。家宝にするぜ。にしても……そうか。銅像は作り直した方がいいな……」


 職人は俺とハティを眺めながら腕を組み、考え事をしている。

 銅像は3人分の人間っぽいのができてて、まだ性別もわからないレベルだ。


「そうか? このままじゃ何かマズイのか?」

「おうよ。だってよ、英雄エルクとハティの距離が遠いじゃねえか」


 なに言ってんだ? って顔をしてる職人。

 銅像への特別なこだわりがあんのか?


「離れてたらダメなのか?」

「そりゃあ、そうだろ。……あれだろ? 2人は恋人なんだろ? だったら抱き合ってる銅像の方がいいじゃねえか。恋人の聖地にもなりそうだしよ。ガハハー」


 豪快に笑う職人。

 英雄に憧れる少年だけでなく、恋に憧れる乙女も狙うとは……この職人デキル。


 俺が職人の商人根性に確かな才能を見出し、隣のハティを見ると――――めちゃくちゃ顔を真っ赤にしてた。

 え? どしたの? ハティさん?


「こ、こいびと……わたしとえるくが」


 顔を手のひらで覆って隠し、ゆっくりゆっくりしゃがむハティ。

 様子が変だ。


「おい。大丈夫か? 座りこんで、朝から歩いてて疲れたのか?」


 案外体力の無いハティ。

 肩に触れると、ビクッとする。

 なんか小さく「うーうー」言ってる。

 どしたんだ?


「英雄エルクさんよ。彼女照れてるんだって。可愛いじゃねえか」


 バシンと背を叩かれる。いてーわ。


 ……照れてる、ねぇ。こんなになってるハティは初めてだ。


 少し見守っていると、「いやいや、私が……いやでも……ふふふっ」とか言ってる。

 自分の世界に入ってるみたい。

 でも、ここにいたら銅像作りの邪魔になるだろうな。


 ……銅像作り?


 俺はハティをお姫様だっこする。


「ひゃ!? 何エルク?」

「うん? まぁまぁ、いいこと思いついたから、とりあえずハティをそこのベンチに連れてこうと思ってな」


 軽々持ち上がるハティ。

 ワタワタ手足を動かしているが、突然抱っこされて驚いてるんだろう。安心させようと笑いかける。

 ハティは俺の目をじっと見つめ、少し固まった後、ほっこり微笑んで身を任せてくれる。


 ベンチへ下ろし、「ちょっと待ってて」と言うと、「うんまってる」と返事。

 素直なのはいいことだ。

 さっきより顔が赤いから、熱でもあるのかもしれない。少し休んだほうがいいだろう。


 なんか、素直で可愛く見えるから、ついでに頭をナデナデ。

「うふふっ」と上機嫌に笑うハティ。

 なんだろう? もっと撫でまわしたくなる。

 今日のハティはいつもと違う。




 ……けど、やり過ぎは良くないな。

 俺は銅像の前に戻る。


「英雄エルク。見せつけてくれるじゃねーか」

「あー。今日はなんかそんな気分なんだよ。たぶん」


 俺はハティとの仲をごまかし、職人へ銅像作りの手伝いを申し出る。

 あっさりオーケーされ…………


 一瞬で銅像を完成させた。

 作った銅像は4体だ。

 俺を中心にハティ、リリアン、アリア。

 それぞれが俺の体に触れるようにし、俺が主役っぽく仕上げた。


 アリアはその時は仲間じゃなかったけど、職人には喜ばれた。

 美人3人に囲まれ、勇敢に戦う銅像の俺。悪くない。


 ハティの元へ戻ると、ムスーッとしてる。


「私が手だけエルクに触ってて、他は背中や顔でエルクに寄っ掛かってるのはなんでよ!」


 いや、こう……バランス?




 ――――




「どう? おいしいでしょ?」


 かじったスライム饅頭を片手に笑顔のハティ。

 銅像作りの後も町を食べ歩き、夕方になった。空にはチラホラ星が輝いている。


 銅像を作った直後はムスムスしていたが、おいしいものを食べると機嫌が直った。

 今日のハティは子どもっぽい。


 俺たちは中央広場のベンチへ戻ってきて、スライム饅頭を食べている。

 生地はおいしいけど、


「俺の選んだヒヤヒヤクリームって何なんだ? 口がスースーする」

「あははっ。変なの選ぶからよ」


 なんだろう? そういう薬草が入ってるのか?

 体に害は無さそうだが、こんな食べ物があるんだな。


 スライム饅頭は、中のクリームを50種類から選べて、その種類の豊富さが話題らしい。

 俺は今日のオススメって書いてあったクリームを選んだが、失敗だったかも。


 ハティはおいしそうに食べている。


「ハティのはなんだっけ?」

「ん? ガチガチクリームよ。ちっちゃくしたクッキーが入ってるみたい」


 なんか、俺のよりうまそうだ。


「一口くれよ」


 俺を見て、動きを止めるハティ。


「えっ? それって……いいけど……」

「ありがとよっ」


 ハティは手に持っているスライム饅頭を俺に向けてくれ、

 俺はそのままかぶりつく。ボリボリとした食感。


「これもおもしろいクリームだな」

「う、うん……そうね」


 頬を赤くしてるハティ。

 ボリボリしてる俺を見て、


「エルクのもよこしなさいよ」


 俺が差し出す前に勝手に食った。

 赤い顔のまま、眉を寄せて「んー?」って言ってる。


「好きな人には好きな味?」

「そうだな。俺は嫌いじゃないけどな」

「ふふっ。エルクって嫌いなもの無いわよね。なんでもほどほど好きって感じ」

「あー、そうだな。なんでも好きなほうかな」

「……一番好きなのはあるの?」

「う〜ん、パッと出てくるのは無いな」

「……そっか。きっと見つかるわよ。もしかしたら、もう好きなものに出会ってるかもしれないわよ?」

「へー、そんなもんか? ハティは好き嫌いはっきりしてるよな」

「うん。そうね。……好きなものはトコトン好きよ」


 ハティの視線が強くなる。赤くなった頬。

 今日のハティは変だ。




 少しの間の後。

 ハティが俺を見つめ、口を開く。


「私思うの。有名になって、エルクがどこか遠くに……別の人とどこかに行っちゃいそうで……」


 愛の告白をしているような、張り詰めた空気。

 俺の気持ちを知ろうとしてか、一瞬も目をそらさない。


「ねぇ。私を置いてどっかに行ったりしない?」


 目の前まで顔を近づけ、いつの間にか、俺の手に手を重ねている。

 手からあたたかい体温が伝わってくる。

 はっきりわかる。「わたしをおいていかないで」




 最近は色々あったから、不安になったんだろう。

 ハティは笑顔で偉そうにしてるのが似合ってる。俺はそんなハティとこの先も一緒にいたい。


「何言ってんだ? 俺たちは仲間だろ? 置いてったりしねぇよ。むしろ、色んな所へ連れまわしてやる」

「ほんと?」

「ああ。そうだ。……なんだったら、全部の町に行って、俺たちの銅像を作ってもいい」

「ふふふ。全部の町って……いくつあると思ってるのよ? それに、魔王に取られた町もあるのよ?」

「あー……じゃあ、魔王軍を追い払って、町を助けまくってたら、銅像作っても怒られないな。逆に感謝され、俺たちは伝説となるだろう」


 ニヤリと笑う。

 いつもの距離に戻ってるハティ。

 頬が少し赤い以外は、いつものハティだ。


「どこからそんな自信がくるんだか。……でも、おもしろそうね」

「だろ? じゃあ、帰るか。俺たちの仲間が待ってる。今日もうまいもの食いに行こうぜー」


 俺は立ち上がり、ハティの手を取る。

 あたたかく、すべすべの手。


「いいわね。町の英雄として、この町の食べ物を全部食べてあげようじゃないの」


 共に立ち上がり、笑顔のハティ。

 夕日に照らされているが、笑顔のハティは太陽のようにまぶしい。


 今日のハティはいつもより、可愛かった。

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