29.よくぞ戻って来たわ

 エルフの城を出て3日後の昼頃、ヒースルに着いた。

 速攻で治療院へ向かう。


 アレンの怪我の具合によっては、もう治療院にいないかもしれない。

 まずはアレンを探して……ハティがどこにいるか聞き出して……ハティの奴隷契約解除の交渉をして……


「エルク。あまり焦っていてはうっかりミスしますよ?」


 リリアンが俺の袖を引っ張り、漆黒の目で見上げてくる。

 気遣ってくれる仲間がいて助かるな。

 俺は一度、深呼吸をしてから笑いかける。


「ああ。ありがと。……ハティになんて恩を売りつけるか考えてたぜ」

「そうですか。結構無茶なことを言ってもいいと思いますよ」


「ふふっ」とリリアンが微笑み、アリアがクールに言う。


「ねちっこいセクハラをするんですね。鬼畜さん」

「おう。派手で嫌らしいのしてやるぜ」


 アリアも「ふふっ」と笑う。




 治療院の入口に来た時、バタバタと小柄な人が治療院の裏から出てきて、目の前を走り去って行った。

 小汚い布をフードみたいにかぶってて顔は見えなかった。

 なんだ? 慌ただしいな。


 それを追うように、軽装の男が出てきた。


「おい。さっさとやらせろ!」


 大声を出した男。アレンだ。

 前みたいに包帯は巻いておらず、ぱっと見は怪我なんて無さそうだ。


 アレンも俺に気づく。


「なっ! エルクか。って今忙しいんだ。どけ」


 アレンは急いでおり俺を押しのけて、駆け出そうとする。

 だが俺は、アレンの腕を捕まえる。

 俺も急ぎの用がある。


「忙しいかは知らん。ハティはどこだ?」

「ああ? さっき、逃げてっただろ? ったく、めんどくせーな。奴隷よ。止まれ!」


 ドシャッと誰かが地面に倒れる音がする。

 さっき走ってたのがハティか!? だとしたら。

 俺は音のほうへ走る。


 地面に汚れた布にくるまれ、脚だけが見えている女の子が倒れていた。

 俺は女の子を抱き起こす。


「ハティ!」

「あ! エルク!」


 布を取ると――――ニカッと笑っているハティの顔があった。


 服は砂だらけだが……なんか元気そうだ。

 大変な目に合ってたんじゃないのか?


「もー! 遅かったじゃない。いつ来たの?」

「いや……今さっきだけど」


「まったくもー」と言ってハティは1人で立ち上がり、布をバサバサしてホコリを払う。

 こっちに砂ぼこりが飛んでくる。


「ゴホゴホッ。こんな近くでホコリ散らすんじゃねぇ」

「あーごめんごめん」

「ってか……大丈夫だったのか?」


 俺の心配をよそに、ハティは胸を張る。


「フフン。全然大丈夫よ! ご主人様はまだ体力回復してないから、逃げればなんとかなるし、命令されてもこうやって布をぐるぐるにして防御してるのよ!」


 布をぶんぶん振り回して何かをアピールするハティ。

 少し見ない間に、メンタルめちゃくちゃ強くなってるじゃねえか。


 少し息をきらせたアレンが来て、見下ろしてくる。


「はぁはぁ。オイ調子に乗るな。奴隷のクセに。奴隷よ。ひざまずけ」


 アレンの憎しみをこめた命令。

 ハティは首輪に手をかけ、顔を伏せる。


「ぐうぅ」


 ハティの息が詰まったような声。

 苦しみながらも、立ったままだ。

 ひざまずいて――――ない。


 命令に逆らったから、首輪が絞まってるんだろう。

 しかし、ハティはひざまずく命令を聞きたくないのか、聞かなくてもいいと思ったのか。

 これはハティの、主人への抵抗の意志だ。


 俺はハティの前に立ち、アレンをにらみつける。


「アレンやめろ」

「あ? 俺の奴隷を俺がどう扱おうが関係ねーだろ?」

「ハティは俺の仲間だ。関係大アリだ」


 リリアンが追い付き、ハティに駆け寄る。アリアも一緒だ。


「あん? ……女連れてお前も調子乗ってんな」


 アレンは俺をにらみ返した後、リリアンたちを見て「へぇ~」とニタニタする。

 ブキミな顔だ。

 ゲスなこと考えてるな。


「魔角を倒した魔法使いとプリーストか……お前ら俺のパーティーに入れ」


 なぜか命令しているアレン。

 驚きだ。

 俺は突然の勘違い発言に言葉を失う。


「嫌です」


 リリアンの感情がこもってない声。


「他を当たってください」


 アリアのいつもより冷静な声。


 当たり前だ。俺の仲間がこんなやつのところに行くわけがない。

 アレンは「ああっ?」と髪をガシガシかきむしる。


「ったく、馬鹿は何もわかってねーな。俺に従ってたら金も名声も手に入るってわかんねーのか? 伝説になれるってことだぞ?」

「お金と名声なんていりません。私は私が一緒にいたい人といます」


 アレンのしょうもない誘い文句をあっさり断るリリアン。アレンを見てもいない。

 アレンは脈なしとみたのか、アリアへ目を向ける。


「魔角倒したことのある魔法使いだけじゃなく、お前みたいなキレイなだけのプリーストも入れてやろうって俺の優しさがわかんねぇのか?」

「だから、他を当たってください。わたくしはわたくしの使命がありますので」


 魔角倒したかってことなら、アリアもちょっと前に倒したけどな。

 って、俺も魔角倒してねーな。俺も偉そうにしてないか気を付けよ……


 アレンはイラつき、地面を踏み鳴らす。


「ちっ。ハンナとグレーシャが逃げたから入れてやろうってのに何なんだお前ら」


 逃げた? ハンナって、大司教の弟子だったプリーストだよな? パーティー出てったのか。

 ……グレーシャって誰だ?


 俺たちが軽くにらみあっていると、治療院から宮廷魔法使いのドロシーが歩いてきた。


「アレン。ここにいたの。完全に怪我が治ってるわけじゃないんだから、おとなしくしてなさいよ」


 ドロシーはあきれているように、ため息まじりに言う。

 ドロシーもアレンに付き合ってられないとでも言いそうだが、心配してるようにも見える。


 アレンはドロシーの注意にケチをつけられたと感じたのか、


「あ? お前も俺の邪魔をするのか?」


 ドロシーにやつ当たりを始めた。

「はぁ……」と大きいため息をつくドロシー。

 これは仲間として苦労しそうだ。


 ただ、アレンパーティの問題より、ハティのほうが俺には大事だ。


「アレン。簡単に言うぞ。ハティの奴隷契約を解除しろ」

「ハッ! 解除なんてするわけねーだろバカが。ずっと逃げられて俺は乳もろくに触ってねーんだよ。俺の怪我が治ったら毎日おもちゃみてーに遊んでやんだ」

「おい。最後の警告だ。ハティの奴隷契約を解除しろ」

「ああ!? なんだてめぇ。調子に乗り過ぎだ!」


 アレンが俺に掴みかかろうとするが、ドロシーが止める。


「アレン。そんなめんどくさい奴隷なんてくれてやればいいじゃない。他にも従順な奴隷なんていくらでもいるわ」

「なんだ? ドロシーまでそんな甘ったるいこと言ってんじゃねぇよ。……ったく、しゃーねぇな」


 アレンは少し下を見ながら頭をガシガシ掻き、




 ニタリとした顔で俺を見る。


「この奴隷が壊れた後ならくれてやるよ。それでいいだろ? クソ根暗野郎」


 アレンはニタニタ顔のまま俺の反応を見ている。


 俺は――――怒りは無く、どこか冷めた目でアレンを見ていた。

 前の、アレンに追放された時の俺なら、こんな安い挑発に乗っていただろう。


 しかし、俺には信頼できる仲間がいる。

 今まで危機を乗り越えてきた自信がある。


 話し合いはここまでだ。

 俺は「そうか」と言い、ハティへ振り返る。


「ハティ。俺は奴隷契約を強制的に解除する特別な方法を知っている。それでハティをアレンから解放したい。でも、この方法を使うと、ハティは一生奴隷のままになるかもしれない。それでもいいか?」


 俺は、俺の想いを、どうしてもハティを救いたいという想いを込めて言う。

 ハティは俺を見上げ……


「いいわよ。やっちゃって。特別な方法を使った、特別な奴隷にクラスアップするってことね。つまり……超特級奴隷?」

「いや、超特級奴隷になるかはわからんけど……いいならいいぜ。やってやるよ」


 微妙になにか……危険なことではなく、良いことをすると思ってそうなハティ。

 俺はちゃんと奴隷解除の方法を説明できてない。でも、ハティなりに俺を信じてくれたと思う。


 俺はハティに『プライアラッパ』を渡し、アリアに細かい説明を任せる。

 アリアなら、ちゃんと説明できるだろ。


 俺はアレンに向きなおり、真正面からそのニヤついた目を見る。


 強制的に奴隷契約を解除するには、今の主人の意志を砕く必要がある。

 アレンが今まで作り上げたプライドをボロボロにすればいいだろう。


 じゃあ、今度は俺がアレンを挑発する番だ。俺は少しアレンの言い方をマネをしてみる。


「おい。アレン。俺と決闘しろ。俺が勝ったらハティは取り戻させてもらうぜ。俺が怖くて決闘できねーんなら、さっさと奴隷契約を解除するこったな。ハッ!」


 俺は最後にアレンを笑い飛ばしてみる。


「あああああ!?!?」


 顔を真っ赤にして大声を出し、わかりやすくキレるアレン。


「エルク! お前、いいかげんにしろよ! 雑魚が偉そうにしやがって、俺の強さを忘れたのか? 俺は、」


 大声を出すアレンをまたもや押さえるドロシー。


「アレン。落ち着いて、こんな雑魚にキレるなんてみっともないわよ」

「あ? チッ。わかったわかった。こんな雑魚にキレるなんてな。勇者候補の俺としたことが」

「そうよ。アレンが勝つに決まってるじゃない」

「まったくな」


 ドロシーに冷静さを取り戻されるアレン。

 ドロシーを引き離さないと、アレンの心を折るのは時間がかかりそうだな。


 アレンは少し落ち着いて話し出す。


「おい雑魚。決闘ってことは1対1だろ? 雑魚が勇者候補の俺に勝てるわけねーだろーが」

「何言ってんだ? 俺が勝てるから決闘の話してるんだっての。はやく決闘を受けろよ」

「口ばっかりの雑魚のくせに。……そうだな。いいぜ。じゃあ、俺が勝ったらそこの女2人をよこせ。おもちゃは多い方がいい」


 またもニタニタしだすアレン。


 こいつは……どこまで!

 俺が強く言い返そうとすると、


「いいですよ。エルクが負けたら私を好きにしていいです。なんでも従いますよ。勝てたらですがね。ハッ!」

「わたくしもいいですよ。なんなら奴隷契約をしてもいいです。万が一の話ですがね。ハッ!」


 リリアンとアリアは平然と、俺がやったように、ちょっと相手をバカにした感じに。


 おや? ハティを取り戻した後は、この『相手を小バカにした話し方』がネタになりそうだ。

 マズイ! ハティが得意そうなネタだし、おもに俺が小バカにされそうだ!


 その証拠か、ハティが小さくクスクス笑っている。「これは使える」とか小声で聞こえる。

 よく見るとリリアンやアリアもちょっとニヤついてる。


 俺たちが『アレンに勝った後に続く旅』に意識が向かっている中、アレンは舌なめずりをして、


「へぇ~。そりゃ面白くなりそうだな。あとは、この雑魚を瞬殺するか、なぶり殺しにするか……どっちが楽しめるだろうな」


 なるほど、『相手を小バカにした話し方』としては、楽しさを追及してますアピールをすればいいのか?

 俺はアレンから使えそうな話し方をパクることに集中していた。

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