2.馬車で王都へ行きましょうよ

 街道のそばでさっきまで馬車を引いていた馬がモシャモシャ草を食べている。

 まだお昼過ぎくらいだ。街道の横に座り込み、休憩している。


 俺とハティは行商人の荷台に安く乗せてもらいここまで来た。

 乗合馬車の時間に合わなかったってのもあるけど、安く済ませたほうがいいだろ。

 行商人のおっちゃんはわが子のように馬を撫でている。大事な馬なんだろう。


 向かっているのは隣町であるヒースル行き。

 ヒースルは商業都市呼ばれていて多くの市場が開かれ、商人が大勢いる町だ。

 田舎から出稼ぎに来る若者も多く、活気あふれ、仕事も多そうだ。


 まぁ、俺にとっては通り道になるだろうけどな。


 俺は今まで稼いだカネはあまり使っていない。

 俺は武器を使わないし、防具は1年前のものを手入れしながら使っている。

 俺の装備を強くしたところで、アレン達と一緒に戦えるとは思えなかったからだ。


 コツコツ節約していたあの頃の自分を褒めてあげたい。

 お陰でこのまま馬車を乗り継いでいけば王都に着く。

 王都は騎士団が守ってるので、一番安全な町と言えるだろうな。


「ねぇエルク。そのニヤニヤした顔やめたほうがいいわよ。危ない人みたいに見えるから」


 右隣に座っているハティがささやいてくる。


「うるせーな。うまくいってるのを笑って何が悪いんだ」

「悪くはないけど、その暗い雰囲気が余計に変に見えるってことよ」


 こいつ。俺のカネで馬車に乗ってるのに偉そうだな。

 途中の街で下ろしてやろうか。


 冗談半分に考えていると、革鎧を着た男女が近づいてきた。


「よぉ。アンタらも護衛かい? ランクはいくつだよ?」


 短髪で剣を腰の下げたお兄さんが声をかけてきた。

 アンタら”も”ってことは、この人たちは護衛のパーティか?

 行商人は自衛のために護衛を雇うことが多い。

 魔王軍との戦争で荒れているこの世界では、盗賊に襲われる危険があるからだ。


 お兄さんの言ってるランクっていうのは王立ギルドが用意している冒険者ランクのことだろう。

 冒険者にはランクがあり、原石級・銅級・銀級・金級・プラチナ級の5つある。プラチナ級が最高位で、俺を追放したパーティは金級だった。

 ちなみに、以前はプラチナ級が何組かいたが、魔王軍の9魔角に全員が殺されている。


 そういえば、追い出されたことはまだ王立ギルドへ報告をしていない。適当に言っておくか。

 俺は客なんだし、ランクの証拠となるペンダントを出せって言われることもないだろ。


「いいや。俺たちはお金を払って乗せてもらったし、ランクは銅級だよ」

「そうか。じゃあ、アンタらも護衛対象だな。俺たちは金級のパーティだ。短い間だろうけどよろしく頼むよ」


 笑顔と高いコミュニケーション能力を見せつけられた。

 2人なのに金級パーティなんて、なかなかの実力者のようだ。

 もう一人は身軽そうな装備のキレイなお姉さんだ。「ふふふっ」て大人っぽい笑みを浮かべている。


「こちらこそよろしくお願いします」


 すると、急にお姉さんが俺の左隣に座る。

 おお!? 積極的!

 小声で話しかけてくる。


「もしかして、あなたって奴隷商人?」


 ちげーわ。


「あの、違います。普通の魔法使いと……ん? ハティのことって何て言えばいいんだ?」

「そりゃあ。奴隷でしょうよ。この首輪とボロい格好を見ればわかるじゃない」

「いや、奴隷だけど、俺の奴隷ってわけじゃないだろ?」

「んんん? そうね。なんでしょうね?」

「なんだろう?」


 気づかなかった。

 他の人になんて説明すればいいんだ。


「はははっ。そんなに難しい質問だったなら謝るわ。ごめんなさいね」


 明るい声で俺の肩を軽く叩いてくる。

 お姉さんも高いコミュニケーション能力を持っているようだ。


「い、いえいえ。大丈夫です」


 慌てて答えていると、背中を強めに殴られた。


「ちょっと、照れてんじゃないわよ」

「いってーな。照れてねーよ」

「照れてるじゃないの。エルクってお姉さん好きだものねー」


 私はすべて知っている。という顔のハティ。

 俺の好みがバレてる。

 そんな態度はアレンパーティで見せたことなかったはずだけど。


 お姉さんはお兄さんの横へ戻っていく。

 あぁ、もう少しお話ししたかった。


「軽く挨拶したかっただけだが、イチャついてるところを邪魔して悪かったな」

「ふふっ。かわいいボウヤ。隣の子がいないときにでもお話しましょうね」


 2人は苦笑いを浮かべている。

 いや、ハティとはそういう関係じゃないんだけ。あと、お姉さんとは是非お話しをしたい。


「は、はい。どうも」

「そのまま安心してベタベタしててくれ。この街道沿いに出る魔物はそんなに強くないからな。俺たちが絶対に守ってやるよ」


 言われる通り任せっきりも悪いから、地面に右手を当て、周囲の気配を探ってみる。


 土魔法をうまく使えば、周囲の地面で動いているものがなんとなーくわかる。

 上級魔法が使えない俺はこういう呪文名が無い細かい魔法が得意だ。


 すると、近くに8個ほどの4足歩行する何かの気配がある。

 しかも、俺たちを囲もうとしているようだ。


「あの、護衛のお兄さん。周りを魔物っぽいのがいますよ」

「んん? なんだそれ? アンタの魔法で見つけたのか?」


 お兄さんが周囲を見ながら「何もいないけどな……」とつぶやいた時。

 まわりの茂みから黒い狼が何匹も飛び出してきた。

 おっちゃんが悲鳴をあげ、お兄さんが大声を出す。


「なっ。バンディットウルフの群れだ!」

「きゃっ。こんなにたくさん」


 バンディットウルフ。群れで行動する狼の魔物だ。

 大型犬くらいの大きさで1体だけならそれほど強くはない。しかし、連携を取られると銀級でもやられることがある。


 でも、金級のパーティなら余裕だろ。


 お兄さんを見ると、何かをバンディットウルフの前へ投げた。

 魔物のエサだ。狼のような鼻の利く魔物の注意を引き付ける道具で、たいていの道具屋で買える。

 魔物の注意をひきつけて、1体ずつ倒す作戦かな?


 魔物のエサにバンディットウルフが集まる。

 バンディットウルフのエサの奪い合いが始まった。注意は十分にひきつけている。


 すると、お兄さんとお姉さんはエサを投げた方とは逆へ走り出した。


 バンディットウルフのエサの奪い合いが終わっても、お兄さんとお姉さんは戻ってこない。

 行商人のおっちゃんが「アイツら! 逃げやがったな!」と大声を出す。


 金級が逃げた?

 偽の冒険者ランクだったのか?

 金級ランクのペンダントを見せろと言えばよかった。

 ハティが袖をチョイチョイっと引く。


「ちょっと。エルク。狼がこっち見てるわよ」


 魔物のエサが無くなり、ゆっくりバンディットウルフが近づいてくる。


 しょうがない。相手をするか。

 手を地面にあて周囲を探る。8体の魔物全部が目の前にいることを確認。

 おっちゃんが転び、ガタガタ震えているのが地面から伝わってくる。


「落ちろ。アースホール」


 一番近い3体のバンディットウルフの足元へ落とし穴を発生させる。深さは5メートル。

 無抵抗に落ちていく。


 残りのバンディットウルフが足を止める。


「アースホール。アースホール」


 他のバンディットウルフも落とし穴に落とす。

 少し悲鳴が聞こえた。


「よし。うまくいったな」


 俺の魔法じゃ倒せないだろう。

 だから、倒す以外の方法で戦う。

 平均程度の魔力しか使えない俺にとってはいつもの戦い方だ。


 穴の底で狼が悲しげに吠えている。

 ハティが俺の肩を叩く。


「さっすがエルク。せこいわね」

「うるせーな。これが俺のやり方だ」

「なによ。これでも褒めてあげてるのよ」


 ハティなりに感謝してるんだろう。

 バンディットウルフに噛みつかれたら、そのままエサになってただろうしな。


 おっちゃんが立ち上がり、頭を下げて言う。


「魔法使い殿。ありがとうございます。助かりました」

「いえいえ、危ないところでしたね」

「まったくです。あの護衛め。すぐに逃げおって」

「困ったものですね。あ、そうだ。すぐにここを離れてクヴェリゲンへ戻りましょう」


 疑問を浮かべるおっちゃんへ他の魔物が近づいることを伝える。

 すぐに出発の準備をしてくれた。


 バンディットウルフは仲間を呼ぶ習性がある。

 ヒースル方向から2グループほどの魔物が近づいていた。


 帰り道は魔物に会うことはなく、無事クヴェリゲンへ帰れた。

 行商人のおっちゃんが謝礼を渡そうとするが、俺は自分の身を守るために戦ったと言い断る。


 そして、遅くなったので宿屋に泊まろうとすると――――カネが無い。

 護衛のお姉さんに取られたみたいだ。財布を入れていたところが切り裂かれてる。


 ハティが俺をめちゃくちゃバカされ、その様子を見ていた宿屋のおじさんが馬小屋で寝ていいと言ってくれた。

 素直に甘えることにする。

 行商人のおっちゃんから謝礼貰えばよかった。

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