電車で助けた兎の美少女にいつのまにか蕩けていた件

祭囃子

私の王子様です。

 シワのない紺色のスーツを着こなす一人の男が電車出入口付近に陣取っていた。


 矢代 凪やしろ なぎさは、右隣にいるその男の仕事用――鞄を視界に入れた。

 するとファスナーの隙間からは「私は犯人じゃありません」

 とでも言いたげな漆黒の悪魔が下卑た表情で凪に睨んで見せた。


 つまり凪は、右斜め前でフワフワと揺れる、ギンガムチェックのプリーツスカートの中を舐めまわしている、を見つけたのだ。


 凪はそのカメラの持ち主を上から下まで確認している。

 鞄の取っ手を力強く握る左手――薬指には少しくすんだ銀色の指輪をしている。

 要は『どこにでもいるただのおっさんだった』


「おっさん、このカメラはなんだよ?」


 と、同時に凪は男の鞄を奪い取り、男にキッとにらみをきかせた。

 すると、男は「なっ、なんだっこのっ!」と殴りかかりそうな様子を見せる。

 少しだけその反応にびっくりした『凪は大声で』


「すみませーん! 盗撮です痴漢です! 助けてくださいっ!」

「ひやっ」


 凪の右斜め前にいる女の子。

 その子は自分が被害者と気がついたのか――プリーツのミニスカートのお尻部分を必死に手で抑えた。

 そして小さく「わわわっ」と悲鳴を上げる。

 と同時に体制を振り返らせた。

 男も「離せっガキっ」と声を荒らげる。


 すると、凪から少し離れていたであろう凪の友人の森野 真司もりの しんじ

 今更ではあるが何をしていたのかは知る術もない。

 そんな彼は男を後ろから押さえつけるよう力いっぱいで男に飛びついた。

 そのままの姿勢で「大人しくしろーっ」と。

 真司は男を逃がすまいと必死の様子だ。


 その様子に周りの大人たちはざわついている。

 が、「面倒ごとは勘弁してくれ」

 とでも言いたいのか目線をそらし現場から離れていく。


「真司っ、さすがにやばいかな?」

「大丈夫だっ、まだなんとかなるっ……駅まで頑張れっ」


 凪と真司はまだ成長仕切っていない身体で男を取り押さえようと踏ん張っている。

 暫く男三人で声を荒らげながら、ぐちゃぐちゃの揉みくちゃになっていた。


「大丈夫かっ君たち!」


 そんな状況の中、おそらく正義感のあるであろう青年が手助けに来てくれたのだろうか。

 彼は瞬く間に盗撮魔を羽交い締めにしてくれたのだ。


「なぎさあー!」

「しんじーっ!」


 二人は自分たちが犯罪者を懲らしめてやった。

 と思ってか声高々にハイタッチをして決めて見せた。

 数分後、電車は茅ヶ崎駅に到着し扉が開けられた。

 少しすると駅員数名が走ってきて盗撮魔は難なく連行されて行ったのだった。


「すみません。車掌が行けなかったので……。すみませんが――どなたか事情が分かる方いませんか?」


 残った一人の駅員が辺りの大人たちに尋ねた。

 すると先程凪たちを手助けしてくれた大学生らしき青年が説明していく。

「俺とこの子達です。被害者があの子かな」と。


 凪と真司。

 それに青年と被害者の女の子の計四人。

 四人は茅ヶ崎駅前交番へと向かうことになった。

 凪は普段自分が大人しい性格だと思っている。

 それでも咄嗟とっさにも人助けが出来た――と得意げに鼻を広げ喜んでいた。



「なぎちゃん! 真ちゃん!」


 お巡りさんへの説明も終わりを迎えた頃。

 夏海なつみこと凪の母親、矢代 夏海やしろ なつみが交番に来てくれた。

 『なぎちゃん』とは凪の呼ぶ呼称で『真ちゃん』は真司のことだ。

 ちなみに自分のことすら『なっちゃん』と呼ぶ。

 凪としてみれば母親というより年の離れた友達みたいに接してくる存在だ。


「夏海、仕事平気なのか?」

「ごめんねえ、なっちゃん今からお店なの」


 夏海のそれを聞いた真司が、


「なっちゃん、凪もうちの母さんと帰るから平気だよ」

「ほんと? 真ちゃん助かるう。あとでお礼の電話入れとくから――なっちゃんお巡りさんと話してくるね」


 夏海は『お母さん』などの『母』が入る言葉で呼ばれることを極端に嫌がる。

 誰に対しても『なっちゃんと呼んでっ』と駄々をこねる。

 それはおそらく夏海が働いている夜の店の影響なのだろうと凪は思っている。

 その夏海は『クラブ ミレーユ』という店でホステスをしているらしい。

 本人曰く稼ぎは良いらしいが具体的にはわからない。

 凪は特に不自由なく育てて貰い夏海にはとても感謝している。


「凪、帰ろーぜ」

「うん、だな」


 夏海がいなくなってから暫く。

 真司のおばさんが迎えに来てくれた。

 凪と真司はお巡りさんから帰るその時まで褒めちぎられていた。

 二人はウキウキのルンルンで交番を後にした。


 すると、


「あ、あの――」


 凪と真司が振り返ると夏海と同じ歳くらいに見える着物姿の女性が話しかけてきた。

 が手を連れられている。


 凪と真司は一度顔を見合わせ、


「はい? 俺達ですか?」

「はい。娘が助けて頂いたと。本当にありがとうございます」


 女の子の母親が深々頭を下げ、隣の女の子も母親と同じようにぺこりと合わせる。

 

 すると女の子が、


「あのっ! お、お名前をっっ、お名前を聞いても、よよよろしいでしょうかっ!」


 と大声で叫んでいた。


 凪と真司は顔を見合わせ、


「矢代ですっ」

「森野でーすっ」


 と、声を合わせて答える。


 続けて女の子の母親が、


「改めてお礼をさせて頂けませんでしょうか」



 凪は「気にしないでくださいっ」と。

 真司の母さんも「お気になさらず」などと伝えている。

 三人はその母娘を横切りその場を後にして行くのだった。


 真司に送られた凪は夏海のいない家と帰り、やっと興奮から覚めたのか「しかしよく無事だったなぁ」と呟いていた。





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