第46話 黒い死の影響2

「ただいま戻りました!思ったより時間かかっちゃったけど、二人とも大丈夫だった?」



 明るい声を意識して何食わぬ顔で休憩所に入る。緊張しながら中の様子を伺えば、クロヴィスとジェラルドは朝と変わらずベッドで休んでいた。



「私たちはずっと横になっているだけだから、コハクの方が大変だっただろう?」



 そう言うと、クロヴィスは穏やかな笑顔を浮かべた。事情を知らなかったら、彼が私を尾行していたなんて少しも思わなかっただろう。出会った当初はあんなにも露骨に反応していたジェラルドですら顔色を変えていない。



(不測の事態には弱いタイプかー。……まあ、なんでも顔に出していたら王子の護衛はできないよね)



 一人で勝手に納得しながら、私はひとまずクロヴィスに話を合わせた。

 本当はお互い同じくらい切羽詰まっているけど、向こうは私の目的を知らない。クロヴィスに話を切り出させた方が有利に話を進められるはず。



「二人ともあんなに酷い怪我をしていたんだから、むしろ休んでもらわなきゃ困るわ。私は薬師として当然のことをしているだけなんだから、比べるものじゃないよ」



 正直、一国の王子からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。

 クロヴィスは死にかけたことを自覚しているはずなのに、国の後継者である自分よりもこんな田舎の薬師を心配するなんて……。



(心証をよくするためかもしれないけど、平民相手にそんなことが言える人は少ないはず)



 ヨークブランでは聖女の可能性があった時ですらあんな扱いを受けたのだ。もちろん貴族全員がそうだとは思わないけど、こんなに現代人と似た価値観を持つ存在は期待していなかった。気難しいエダがグロスモントを私に勧めたのも頷ける。



「薬師として当然のこと、か。ははっ、まさか本当にそんな薬師がいるとは思わなかったな」

「え?」



 自嘲気味に笑ったクロヴィスの雰囲気が少し変わった。

 声もどことなく冷たさを感じるもので、私は素で反応をしてしまう。



「クロヴィス様の言う通りです。俺が知る薬師というのは、命を金に換算している奴らばかりだ。怪我や病の苦しみを盾にポーションの値を吊り上げることなんて日常茶飯事で、払えなければ見捨てるなんて話も少なくない」

「薬師が患者を選り好みするなんて……」

「悲しいことに、王都には貴族しか相手にしない薬師もいるんだよ。明らかに訳ありの怪我人を助けたりしないし、ましてや村人全員に薬を分け与えることはもっての外だ」



 それはエダから直接聞いたことはないものの、この世界に来てから薄々察していたことだった。



(やっぱりポーション療法しかないのが諸悪の根源では?そう考えると、丸薬というポーション以外の形にしたのは大正解ね)



 それにしても、予想よりクロヴィスたちの反応がいい。

 もっと遠回しな会話を挟んで慎重に来るのかと思っていたが、一歩目からかわりと踏み込んでくるじゃないか。ミハイルの言う通り、私たちの想像よりも黒い死と政治問題が切羽詰まっているのかもしれない。



「私だって誰彼構わず助けたりしないよ。クロヴィスたちを追いかけていた盗賊には攻撃したじゃない」

「助けてもらった身で言うのもなんだが、普通は巻き添え食らわないように隠れるものだ」



 いつのまにかジェラルドたちの背後まで移動していたミハイルがその言葉に大きく頷く。

 うーん、どうやらその件についてはまだ許してくれていないようだ。私はそっとこの話題を切り上げた。



「みんな無事に助かったからいいじゃない。私の薬、けっこう効いたでしょう?」

「…………………………それは、そうだが」



 ジェラルドは眉をひそめてから、少し口をもごもごさせた。あの薬湯を思い出してしまったらしい。

 少し顔色が悪くなったジェラルドの代わりに、クロヴィスが話を広げた。



「今朝飲んだあれだろう?コハクの言う通りずいぶん楽になった。正直、下手な中級ポーションよりずっと回復していると思うよ」

「この村には下級ポーションしかないから、丸薬を飲ませるしかなかったの。今更のような気もするけど、貴族の方に失礼だったね」

「……そのことで、私は君に謝らないといけないことがあるんだ」



 少しの沈黙のあと、クロヴィスはベッドから立ち上がった。ジェラルドもその後に続けば、穏やかな空気が一瞬で張りつめた。

 私の足元でお座りしていたフブキは警戒体制に変わり、ミハイルはクロヴィスをじっと見つめている。私も全神経を張り詰めて次の言葉を待つ中――――クロヴィスとジェラルドは突然ひざまずいた。



「え、ちょ、ちょっと!?」

『なっ、こやつ、王族ではなかったのか!?』

「うーん、これはぼくも予想外だなあ……」



 ミハイルに視線を向けるも、苦笑いを返された。

 ひたすら困惑している私に構わず、クロヴィスはひざまずいたまま口を開いた。



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