第38話 ケイン村と黒い死

 早めに休んだおかげか、私は夜明けと同時に起きた。日本にいたころでは考えられない起床時間だ。

 身支度を済ませて鑑定を発動すれば、ごっそり使った魔力は全回復していた。



(こういう寝たら全回復するところがゲームっぽいんだよね)



 そんなことを考えつつ、物音を立てないようにそっと作業部屋に入る。ミハイルたちも疲れているだろうから、ゆっくり休んでほしい。

 部屋に入ると、作業台にはほとんど完成に近い丸薬がたくさんトレイに乗っていた。あとでミハイルにお礼を言わなきゃ。



「……あの二人の丸薬も別で作った方がいいよね」



 今の状態じゃ可能性は低いが、黒い死に怯えた村人が外から来た人に攻撃するかもしれない。タイミング的に、お前たちが黒い死を持ち込んだと責められてもおかしくない。


 ……事情を話して、落ち着くまで療養室にこもってもらった方が安全かも。



「あれ、もう起きてたんだ」



 突然背後から投げられた声に、危うく手に持っていた丸薬を落としかけた。

 振り返れば、少し目を丸くしたミハイルが入り口で立っている。集中していたせいか、まったく気づかなかった。



「ミハイルさんこそ。まだ日がのぼったばかりですよ」

「ぼくは元から長く眠らないタイプだし、本を読んでたら朝になってたこともザラだからねえ。時間なんて、気にしない気にしない」



 ミハイルはニコニコしたまま私の方に近寄ってくる。一晩経ったからか、昨晩の怒りは収まっているようだ。

 一晩というか、その口ぶりからするとさては寝ていらっしゃらない?



「もしかしてエダさんを待っていたんですか?」

「いろいろ報告しなきゃいけない事が起きたからねえ」



 じとりとした視線を向けられる。どうやらミハイルは完全に許してくれたわけじゃないようだ。

 どう返事してもやぶ蛇な予感がしたので、私は日本人の特有スキル《あいまいな微笑み》を浮かべる。するとミハイルは不満そうな顔をしたものの、素直に話を進めてくれた。



「まあ、結局お師匠さまは帰ってこなかったけど。王子サマがわざわざこんなところに来るくらいだし、ぼくの予想以上に王都は大変みたいだねえ」

「そんな他人事みたいなって、エダさんまだ帰ってきてないんですか!?」



 自分でも驚くほど情けない声が出た。

 何というか、私って意外と運がない?黒い死のことはもちろん、クロヴィスたちのことも相談できないなんて。



(こうなったら弱気になっても仕方ないよね!黒い死は待ってくれないんだから!)



 一刻も早く黒い死を消してグロスモントに持ち直してもらわなきゃ困る。ヨークブランに復讐するためも。

 そう気合を入れて、私はより集中して丸薬づくりを再開した。早く確実に治せるように、限界まで治癒魔法付与していきながら。



「……ここで丸薬の質を上げるってところが、やっぱりコハクちゃんだよねえ」



 暇を持て余したミハイルが私の手元を眺めながら、しみじみとそう言った。薬は妥協が許されるものじゃないし、よりよい物を出すのは当然だと思うんだけど。

 そう思ったことが顔にも出ていたのが、ミハイルの口角が笑みの形を作る。それはいつもの柔らかい笑顔よりもずっと自然で、なるほどこれが花が綻ぶような笑顔かと独りでに納得した。

 しかも質が悪いことに、ミハイルは国を傾けられるほど顔が良くて。



「ふふ、なんでもなーい」

 


 いつもの軽口に何の反応も返せないくらい、私は目を奪われてしまったのだ。

 ……私、そこまで面食いじゃないはずなんだけどなあ。



 一方的に居心地が悪くなった私は、そんな考えを忘れるように丸薬づくりに集中した。おかげで太陽がのぼりきる前に準備を整えることができたので、エダの帰りを待たずに村に行くことにした。

 ミハイルもまったく連絡がない状態で待っていても仕方がないと、書置きだけ残して私たちは村までワープする。


 フブキはもちろん、ミハイルは今日も透明化した状態でついてきてくれた。



「あの二人のことなら僕の方が詳しいからね。監視は任せて。もちろん、何かあったらすぐにぼくを読んでいいからね!」

『必要ない。俺がいる』

「今朝ぼくに起こされるまで、ヨダレ垂らしながら寝ていたのはどのワンちゃんかなー?」

『せいぜい夜道には気をつけることだな。魔法使いは喉を噛み千切られると何も出来なくなるからなァ?』



 それは魔法使いじゃなくても何も出来なくなると思います。


 人間だったら舌打ちをしていたであろう。フブキはずっと笑い続けるミハイルを凶悪な顔でにらんでいる。

 間に入ろうにも、原因は私が作った薬湯なので何も言えない。なんならあれを飲み干したジェラルドが心配なまである。


 私はジェラルドの容態が急変してないことを祈りながら、まだ睨み合っている二人を連れて村に向かった。



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