閑話3. 不信の芽生え
王宮で数か月も暮らせば、慣れ親しんでくるもの。
気に食わない人間は一睨みで追い出せるし、欲しいと思ったものも言葉一つで手に入る。こんな好みのイケメンにちやほやされて、好きなことだけをしている日々は何て素晴らしいんだろう。
みんなの闇はなんとなく分かってるから、それっぽいシチュエーションを用意すればそっこーでわたしに落ちたわ。だって、みんなが何よりわたしを優先してくれるの。
……やっぱり、天才魔導士のミハイルを追放しなきゃよかったかな。傾国のイケメンを侍らせたら最高だったのに。でもやっぱりわたしを悪く言うのは許せないわね。
「オトヒメ、まだ心の傷が治らないのか?」
「うん。エドがひめをもーっと甘やかしてくれたら元気になるかも」
「ははっ、言うようになったな」
隣で風に当たっていたエドワードが笑う。その笑顔はとっても格好いいんだけど、わたしはまたこの話かとうんざりする。最近、エドワードたちも聖女の話ばかりするようになった。直接とは言わないけど、遠回しでも毎日聞かれたらイライラする。
私が息をしているだけでアンタたちのためになっているんだから、もっと感謝して欲しい。
(何なの!?たまに
そう。何よりもわたしをいら立たせているのは、聖女の象徴ともいえる治癒魔法がいつまでたっても使えないという事だった。
ゲームでは終盤に、聖女が治癒魔法を使ってピンチを乗り越えて攻略対象たちと仲を深める描写が各ルートにある。ヒロインに覚醒シーンはなかったからてっきり序盤から使えているのだと思っていたが、そうじゃないのだろうか。
(まあ、今のところゲームよりずっと好感度が高いから問題ないか。やっぱりコハクちゃん消しておいてよかった!)
さもなくば、今ごろヒロインの座を奪われないかヤキモキしているところだったはずだ。
「まったくあの偽物には本当に困ったものだ。あれが居なければ今頃、俺たちは婚約して世界を回っているというのに」
嫌なことを思い出したという風にエドワードは顔をしかめた。反応に困っていると、タイミングよく扉がノックされた。
「入れ」
「お休みのところ失礼します。先ほどロムルド氏がまた嘆願書を提出されました。何でも黒い死にかかっている人の増加が激しく、どうか聖女様に慈悲を示していただきたいそうで、」
「黙れ!聖女は心に傷を負ってまだ魔法が上手く扱えない。それを公にするわけにもいかないだろう!」
「ですが、このままでは税金が払えないそうで……」
「ふん、税も払えないような奴は我がヨークブランの民であるものか!突き返せ!」
「しかし……」
まだ食い下がろうとする騎士にこっそり舌打ちをする。このまま食い下がられてしまえば困るのはわたしだ。
「うう、貴方もひめを責めるのね……仕方ないよね、まだ魔法を上手く扱えないひめが悪いもん」
「そんなことがあるものか!全てはあの偽物が悪い!おいお前、こんな弱った聖女を見てまだそんなことが言えるのか!」
「も、申し訳ありません!ロムルド氏にはそのように伝えておきます!」
エドワードに睨まれ、騎士は慌てて出ていく。やっぱり持つべきは偉い恋人よね。
まったく……黒い死がなんだか知らないが、そんなことでわたしの手を煩わせないで欲しい。ゲームに出てこなかった言葉だし、クリアに関係ないよね。というかモブ以下の存在の生死なんてどうでもいいんだけど。
まあ、ヤバくなったら聖女の力が覚醒していい感じに解決するでしょ。なんたってわたしヒロインだし、ご都合主義なるものでなんとかなるよね。
「最近の兵は躾がまるでなってないな。あとでレオナルドに言っとかないとな」
「みんなレオみたいに頼れる騎士様になればいいのにね」
「俺が居れば十分だろ」
「エドってば、やきもち?」
「ばっ、そ、そういうのじゃない!」
赤くなったのを誤魔化すように、エドワードが乱暴にわたしの頭を撫でる。
いつもならそのまま他の攻略対象の話に変わっているが、エドワードが突然止まった。
「エド?」
「……あ、ああ!すまない、ぼうとしていたな」
「最近騒ぎ立てるやつがいっぱいいるから、エドも疲れたんだよ」
「……そう、かもな」
そっと撫でる手を引っ込めたエドワードは、少し難しい顔をしている。そして数秒の沈黙のあと、言葉を選ぶようにゆっくりわたしに問いかけてきた。
「……オトヒメ、お前の髪、前からそんなんだったか?」
「髪?」
そう言われて鏡を覗き込めば、なるほど髪が伸びたせいで生え際が地毛の茶色に戻ってしまっている。
乙女ゲームの世界故か、カラフルな髪色が存在しているこの世界に髪を染めるという概念がないらしい。数か月も染め直さなければプリンのようなツートンカラーになってしまうのは当然で、むしろよくもった方だろう。
「それも偽物のせいなのか?」
「これはただの色落ちよ。ピンクは染めていた色で、元は茶色だよ。この世界じゃ染め直せないから、あと数か月もすれば全部茶色に戻るわ」
「染めていた、だと……?」
「かわいいでしょー?」
髪を整えていたわたしが、いつもより低い声でそう言った彼の表情に気付くことはなかった。
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