第26話 感染症

 並んでいた村人たちは私に気付くと、ほっとしたような笑みを浮かべた。なんだか信頼されているようで嬉しかったが、彼らの顔色が少し悪いことに気付いて気を引き締める。



「おはようございます。今日はどうしましたか?」



 世間話を振りつつ、鍵がかかっていない扉を大きく開けてフブキとミハイルを先に入れる。ミハイルは興味深そうにプチ薬局を見回しているが、一応こちらの会話は聞いているようだ。


 いつも通りプチ薬局の奥の部屋まで行き、村人が用意してくれている木の板を取り出す。これは記憶を掘り返して作ったカルテもどきだ。

 この世界には案の定紙がなかったので、簡単に量産できるこれを代用品にした。村人たちはお金を支払えないことを気にしていたので、張り切って手伝ってくれるのだ。



(こっそり癒しの魔法を使ってるとはいえ、実験台にしているようなものだから気にしないで欲しいんだけどね。まあ、私のところにやってくる患者が増えたからいっか)



 完全無料だと逆に警戒しちゃうか。

 そう納得した私は、先頭で並んでいたお婆さんの個人情報をカルテに火魔法で焼き付けていく。

 これはスパルタ教師ミハイルの提案で、文字を頭に浮かべて魔法を使えばどんな長文でも一瞬で書けるのだ。時短ではあるのだが、いかんせん加減が難しい。火力が強すぎると燃えるし、弱すぎると上手く焼入れできず文字が掠れて読めなくなってしまう。



「婆、アンタはどこが悪いのさ」

「あたしゃ一昨日からなんだかだるぐでね。昨日もよく寝れねけし、だるいのも酷くなった気しての」

「なんだ、アンタもそうなんが?わしは昨日からじゃが、それと似たような感じじゃ」

「え、俺もだ。なんもできないほどじゃねえけど、少し走っただけで息が上がっちまう。こんなんじゃ斧なんざ持てねえよ」



 私も思わず作業をやめて待合室の方に聞き耳を立てた。

 どうやら今日来ている人はみんな似たような症状のようで、みんなだるいだるいと訴えている。中には少し熱っぽいと訴えている人もいて、その人は五日前くらいからだるさを感じていたようだ。



「どれもここ一週間のことだわ……噂の流行り病かな」

「違うと思うな。お師匠様が言ってた症状と違う気がする」

『確か身が酷く痛む、体に変な模様が浮かぶんだったか』

「でもほら。あの人たちは朝から並んでいたし、変な模様もないでしょ?」



 姿隠しの魔法を使っているミハイルは村人の近くまで行き、特に異常はないと首を振った。

 ならば栄養失調も考えられるが、癒しの魔法はそう言うのにも効くのかな。最悪丸薬をサプリとして飲んでもらうおう。



「ノラさん、どうぞ」

「世話をかけるねぇ。こんな年寄りが、たかがだるいってだけでポーション飲むわけにゃいかなくての。しっかしいくら横になっても治らんし、夜は眠れんしであたしたちは参ってるんだよ」

「それは確かに大変ですね。他に何か不調はありますか?」

「そうさね……最近ちゃんと寝れねえせいで、頭が少し痛むのう。他はなんともないわい」

「頭痛っと……どんな感じに痛みますか?」

「どんなと言われるとな……こう、内側からズキズキとするんじゃ」



 どれもよく見る症状のため、いまいち特定が難しい。軽い風邪かもしれないし、あるいは最も重い病気かもしれない。症状を記録しながら、私はこっそり鑑定をかけた。



【ノラ

66歳/Lv.18

職業:村人

HP:42/280

MP:3/3

スキル:〈裁縫Lv.5〉

状態:感染症】



 鑑定するたび、村人のステータスの低さに驚く。今だってノラの方が年上なのに、エダよりレベルが低い。彼女のように魔力が五にも満たない人は結構いるのだ。



(まだ朝なのに体力少な……って感染症!??)



 込み上げた叫びを何とか飲み込んで、私はそのことを書いたカルテを机の上に置く。その意図に気付いたフブキは、待合室でうろうろしているミハイルをカルテの前に誘導してくれた。



「感染症……?初めて聞く病気だな」

『コハクの反応からして、あんまり良くない病気のようだ』

「……時期が悪いね」

『王都の方から病が来てるのに、こっちの方で新しい病気が見つかるとはな』



 ウィルス性の病気は初めて治療するけど、病気自体は癒しの魔法で何とかなると思う。

 でも、問題はこれが感染症であることだ。今日ここに居る人を全員治したとして、他に感染していない人がいないとは考えられない。

 ノラが体調不良を自覚したのは一昨日だから、たった二日ちょっとで体力がこれだけ減っていることになる。もし何かしらの用事で治療が遅れてしまったら、命にかかわる事態になっていたかもしれない。



「実は先日、新しい丸薬が完成したんです。前のものよりもずっと効果があるって、エダさんが言ってくれたんですよ」



 ノラの意識をそらしつつ、もう一度鑑定する。

 いつも通り浮かんだ赤いマーカーを癒しの魔法で消していると、ふとその腕にもマーカーがついているのに気づいた。



「ノラさん、その腕はどうしたんですか?」

「腕……?ありゃ、こんなものいつの間に」



 ずっとシミだと思っていたが、鑑定が反応したと言うことは違うと言うことだ。

 ノラも心当たりはないようで、不思議そうに見ていた。 



____体に変な模様ができる。



「前からあったものではないんですか?」

「んや、昨日まではなかったはずじゃが」

「すみません、このまま少し待っててください!」

「コハクさま!?」



 急に立ち上がった私に困惑する三人を無視して、鑑定を発動して待合室を覗き込む。

 そして飛び込んで来た情報に、私は思わず息を呑んだ。



「ちょっと、コハクちゃん!?いきなりどうしたの」

「……ミハイルさん。王都の流行り病とこの村の感染症はたぶん、同じ病気だと思います」



 

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