第二章
第22話 聖女は復讐がしたい
「コハクちゃん、丸薬で喉を詰まらせてから吐かせる治療を始めるの?」
「わっ」
背後から突然そう声をかけられて、私は丸めていた丸薬を落としてしまった。慌てて拾うも、それが飴玉ほどのサイズになっていることに気付く。
丸薬自体はビタミン剤の効力しかないので、この世界の人が飲みやすいようにいつもは小さなタブレット飴程度の大きさにしている。こんな失敗作を作っていながら今の今まで気づかなかったなんて、明らかに注意散漫だ。
「もう、驚かさないでくださいよ、ミハイルさん」
それになんだその低レベルなマッチポンプ商法。すぐにバレるどころかその場で断罪されそうだよ。
ぼうと作業をしていた私も悪いが、それにしたってもっと他に声のかけ方があったと思う。なんとなく気まずくて、じとりとした視線を蒼い麗人に向けた。
「えー、ちゃんとノックはしたんだけどなあ。何か考え事?最近ぼーっとしてること多いよね」
「うっ、それは……ごめんなさい」
「別に怒ってるわけじゃないよ。ただどうしたのかなって。ほら、村から帰って来た日もあんまり楽しくなさそうだったし」
最後になるに連れて早口になっていたが、どうやらミハイルは私を心配していたらしい。
村で聞いた話が衝撃的過ぎてあの日の記憶があいまいだが、そういえば私からミハイルに説明していない気がする。エダから粗方聞いているだろうに、マイペースに見えて意外と律儀な人だ。
「そういえば約束だった土産話もまだでしたね。ミハイルさん、今お時間ありますか?」
「!もちろんだよ!」
そういって本当に嬉しそうに笑ったミハイルに、改めて一人でずっと考え込んでいたのが申し訳なくなってきた。
せめてものお詫びに、私はあの日のことを思い出しながら語った。
エダが凄い歓迎を受けていたこと、ハンナという火傷の痕を悩んでいた女性を治したこと、ミハイルの作戦がうまくいったこと。そして、村の人たちに受け入れて貰えて、今後も定期的にエダと共に往診をするということを。
ずっとにこにこと聞いていたミハイルだったが、彼は最後のにだけ少し苦い顔をした。
「往診するって……コハクちゃん、まさかずっとここに居るつもり?あ、いや、ここに居られたら迷惑ってことじゃないんだけど、ほら、他にやりたいこととか……」
「そんなに取り繕わなくても分かっていますよ。私も話に流されたわけじゃなくて、ちゃんと考えた上で決めたことですから!」
今回村に出て、私はこの世界の医療事情を思い知った。
医師免許など存在しないこの世界で、ぱっと自分の力量を証明するのはとても難しい。彼らが考える信用できる薬師というのは、薬師としての経験がたくさんある……つまり高齢な人や、高名な薬師の弟子である人なのだ。
そして医療に対する理解や知識が著しく低いのが問題だ。
癒しの魔法は表立って使えないため、私は丸薬などを隠れ蓑にするしかない。最初はポーションを使ってこれは効能のいいものだと言って誤魔化すことも考えていたが、王族に目を付けられてお抱え薬師に見られたらバレる可能性があると却下された。
まったく新しい治療法ならと私は現代の医療知識で戦うことにしたが、彼らに受け入れて貰うためには信用を勝ち取るしかない。
その点、この世界の人の情報の流れは意外と早い。娯楽がろくにないせいか、何か変わったことがあればすぐに近隣の村や町に広がっていく。人の口には戸が立てられないというが、私はそれを利用することにしたのだ。
エダの弟子であることや今回本人も諦めていた火傷の痕を治したおかげで、掴みとしては上々。
あとは実績を積んで”ケイン村に凄腕の薬師がいる”という噂を広めて貰えば、他のところでも活動しやすくなるはずだ。変わった薬を使う薬師ともなれば他と差別化しやすいだろう。
そうやって活動範囲を広げていけば、いずれ私の話はグロスモントの偉い人たちの耳にも入るはず。
戦争中の今なら、そんな存在は無視できないだろう。もちろんヨークブランの件があるから、やつらと敵対しているという事だけで聖女と素直に明かすつもりはない。
ないが、エダは随分グロスモントの偉い人たちを買っていたし、最悪薬師としてヨークブランを負かせばいい。ヨークブランだけは許さない。ぜったいにだ。
「とりあえず当面の目標は薬師としての信用度と知名度を上げることかな。あとのことは状況に合わせて考えるつもりです!」
「うんうん、ちゃんと考えててえらいえらい」
「あれ、私ちょっとバカにされてます……?」
「褒めてるよ?」
ミハイルはにこにこしたまま私の頭をなでる。
ことある度になでられるのだが、私のことを犬猫か何かだと思っているのだろうか。この人のことだから普通にありそう。
「まあ、あんまりパッとしない作戦ではありますが。結構運頼りなところもありますし、希望的観測も抜けてないですし」
危ない橋は渡りたくないけど、慎重すぎて手遅れになりたくない。
だから私はきっちり計画を立てるのではなく、大まかな方向性だけ決めたのだ。
「そもそもコハクちゃんは戦争に介入しようとしているわけだからね~。不安要素は増える一方かもね」
「う、今日のミハイルさんは毒が強めですね」
ミハイルは安易に大丈夫だと慰めたり、根拠もないのに上手くいくよと無責任なことも言わないタイプだ。
私は割と楽観的思考なので、そうやってマイナスな点を挙げてもらえるととても助かる。特に昼間はなんでもできるような気がするんだけど、あの衝動はなんなんだろうな……。
「まあ。コハクちゃんは聖女だし、お師匠さまとフブキもいる。本当にもうどうしようもなくなったら、ぼくが霧のように隠してあげる」
「なるべくそういう状況になる前に助けて欲しいんですが」
「あはは、そうなったら死ぬまで一緒に暮らそうねー」
「話聞いてないし物騒!!」
私は円満に復讐して人生を満喫したいのだ。
何が楽しいのかひとしきり笑ったミハイルは、ふとスイッチが切れたかのように真顔になった。
「ぼくは結構本気だよ」
突然の変化に驚く間もなく、ミハイルは再び読めない笑顔を浮かべた。まるで私の返事を拒むように。
「それより、まさか話はこれで終わりじゃないよね?」
「えっ?」
「迷っている素振りもなかったし、今話してくれたのはもうコハクちゃんの中では決定事項だよね。最近悩んでるの、違う事でしょ」
(ば、ばれてる……)
ミハイルはますっぐ私のことを見ている。引くつもりはなさそうだ。
美形に見つめられるのはとても居心地が悪い。私はすぐに観念して口を開いた。
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