第20話 聖女は丸薬を飲ませたい

 やはりというか、体に何かしらの不調を抱えた人はかなり多い。

 特に三十代を超えた人たちはひどく、村長なんて十を超えている。問題は生活水準かなと思うが、それにしても不健康すぎるではないだろうか。



「何とかできそうかい」



 確認するように訪ねてきたエダに小さくうなずいて、腕に不調マーカーがついている女性に近づいた。

 私と十も違わないだろうその人は、他の村人と違って左腕を隠すように布を巻いている。


 鑑定によると、彼女は外傷を負っているらしい。この村にはエダが置いていったポーションがあるはずだ。それを使っても完全に治らなかったことを考えると、おそらくただの外傷ではないだろう。


 でも外傷というのは誰が見ても結果が分かりやすいから、それを治せば信用度だって上がる。自分の都合ばかりで申し訳ない気持ちはあるが、今後のこともあるので妥協はできない。


 その代わりただで怪我を綺麗に直すから!と自分に言い訳をしながら、私はできるだけ優しい笑顔を浮かべた。



「失礼します。貴女は左腕にポーションでは治らない怪我を負っていますね?」

「……!どうしてそれを!」



 見れば分かることをさも特別な力で知りました顔する占い師の気持ちが分かった気がした。

 心底驚いた表情を浮かべた女性に罪悪感を少し覚えるが、つかみは上々なのでこの方法を続ける。



「嫌な思いをされるかもしれませんが、治療のために直接確認したいのです」

「えっ!?コレが治るの……!?」



 多くの人の目に触れさせることに抵抗がある女性は少し顔を曇らせたが、それでも治療するという言葉に前向きな反応を示してくれた。


 本当なら誰もいない室内で治してあげたいのだが、今回ばかりは実力を証明する必要があるのでこのままでいく。次があれば理由を説明して個室を貸してもらえないかな……。



「この痕が治るのなら……どうせみんな知っているのだし、かまわないわ」



 あんまり清潔であるとは言い難い布の下から出てきたのは、火傷の痕だった。近くにいた村人から痛ましそうな声が上がる。


 念のために鑑定してみれば、やはり火傷という結果になった。ポーションのおかげで完全に治っているが、ケロイドが残ってしまっている。痛まないのに隠していたところを見ると、痕が彼女の人生に良くない影響を持っているのは明らかだった。



「これはポーションでは治りきらなかったんですね?」

「……はい。わたしの不注意でたいまつが腕に落ちてしまって……急いでポーションを使ったんですが、こんな醜い痕だけが残ってしまってっ!」

「だ、大丈夫です!これなら綺麗に治せると思いますので!」



 女性が泣き出してしまいそうだったので、慌ててフォローを入れる。

 そしてポケットから今の唯一の所持品である手縫いポーチを取り出し、中に入っているものを一つ渡した。



「これは……?」

「丸薬といって、その火傷の痕を治せます。まあ、ポーションより凄い回復アイテムだと思ってください」

「ポーションよりすごい!?そ、そんな物、聞いたこともないわ」



 女性は目を丸くして丸薬をまじまじと観察した。その様子に、村人たちが気色ばんだ。



「おいおい嬢ちゃんよォ、黙って聞いていればずいぶんと言ってくれるじゃねぇか。オレたちのことを馬鹿にしてるのか!?」

「そんな簡単に治るのならあたしたちは困らないわ!いい加減なことを言わないでちょうだい!」

「ワシらがこんなところに住んでいるからって騙そうとしてるんだろう!そんないいもんが本当にあるなら、王都に持ってってるはずだ!」



 すぐに信用されないと分かっていたが、予想と違った警戒のされ方に苦い気持ちが広がった。彼らの言葉の節々から軽視され、理不尽な目に遭ってきたということが読み取れる。彼らは優しいのではなく、単に諦めていただけだったのだ。

 ……その境遇が少し身に覚えがあるから、私はどう振る舞えばいいか分かった。



(必要なのは同情じゃなくて、対等に見ているという尊重の気持ち。隠し事があるから、気を付けないとすぐに警戒されてしまうわね)



 彼らの病気を治すという結果が変わらなくとも、その手段は違う。

 ……今のところ、この自作の丸薬は体に良い薬草を煎じて丸めただけ。そのため、丸薬自体には栄養剤くらいの効果しかない。丸薬とは別に、こっそり治癒魔法を使う必要がある。

 もちろん私は彼らを騙そうとしているのではなく、丸薬を治癒魔法の隠れ蓑にしようという作戦だ。



(魔法を使う時に見える魔力の光も抑えられるようになったし!)



 魔法のことになるとスパルタになるミハイルの特訓を思い出すと、つい目からハイライトが旅立ってしまいそうになる。だが、おかげでこの短い期間で魔力のコントロールが随分と上達した。



『魔力のコントロールさえ出来ていれば魔力光を抑えられる。保険に誰も知らない薬草を”秘伝の薬”として渡せば完璧!これなら聖女を隠しながら活動できると思うけど』



 そう言ってドヤ顔をしたミハイルはフブキに適当だと怒られたが、結局このカモフラージュ法は採用された。

 ほら、いきなり聖女だと名乗り出ても夢野に偽物だと捻り潰されたら困るし。あっちは国王王子大司教といった後ろ盾があるが、私は権力と程遠いので。


 まあ、最初はどうしても怪しい占い師みたいな商法になってしまうが、口コミが広まれば動きやすくなるはず。目指せ行列ができる占い師!



(逆に最初は凄く大変だけどね!やっぱり壺とかお札とか設置系にすればよかったかしら……)



 丸薬さえ飲んでくれれば直ぐに魔法で治してしまうのだが、人は総じて怪しい物を口にしたくないものだ。


 誠実さを作ろうとした私だが、この悩みは意外にもすんなりと解決した。


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