第15話 心白流聖女証明
「治させてくれってお前さん、アタシの体調が分かるのかい?」
エダは驚いたように目を丸くするが、予想外の反応に私も驚く。
鑑定スキルはミハイルの方がレバル高いはずけど、もしかして効果が違うのかな。
「はい。詳しくは書いてありませんが、鑑定スキルを使ったらステータスに表示されていました」
具体的にどこを悪くしているのかは分からなかったが、レベルが上がれば解決するだろう。それとも問診であたりを付けて鑑定した方がいいかな。例えば頭痛がする場合は頭をピンポイントで鑑定すれば、もっと詳しい情報が見れるよね?
「鑑定で体調が視えるなんて初めて聞いたね。ミハイル、アンタはなんか知っているかい?」
「……いいや、初耳だね。ぼくの鑑定スキルはレベル9だけど、今までそんなの視えたことはないよ」
『おそらく聖女の能力の一つだろう。かつての聖女にそう鑑定を使った人はいなかったから俺もはっきりと言えないが』
「ふぅん、聖女の能力でスキルが変質することもあるってこと」
「なるほどね。まあ、こういう機会でもなければ大抵のことは“聖女様のお力”で片づけられるだろうよ」
『その可能性はあるだろう』
話がひと段落したのをみて、私は改めてエダに向き合う。
エダは想像よりずっと真剣な目をしていた。緊張を悟られないように、私は必死に知識を掘り返しながら問診を始める。
「不調の自覚はあるみたいですが、どこが痛みますか?」
「両足だね。どこって聞かれたら困るが、全体的に痛いねえ」
「いつから痛みはじめましたか?」
「半年前だったかね。最初は歩いていると足にしびれのような違和感があったくらいだが、最近では休まないと歩けないくらいに痛むよ」
もしかしてエダがゆっくり歩いていたのは、足を悪くしていたからだろうか。いずれそういう違和感にもすぐに気づけるようになりたいな。
「そうですね……よく足が冷えると感じますか?それと、足の肌の色が他と違うといったことはありますか?」
「!よくわかったね、その通りだよ。まさかお前さん、この病気を知っているのかい?」
おそらく喜んでいるのだろう、人を捌く山姥のような顔をしているエダにうなずき返す。
「おそらくエダさんがかかったのは、血管が詰まったことで起こる動脈硬化症という病気だと思います」
この病気は現代でもたくさんの症例がある。主に年配の人がかかりやすく、症状も特徴的なおかげで私でもすぐに診断できた。これならよくテレビで見たし、治癒魔法でなんとかできそうだ。
「血管はまあ分かるが……そのどーにゃくこうかしょーってのは初めて聞いたな。そもそも血管が詰まるってなんだい?」
「お師匠さまの血管に何かが挟まってるってこと?そんな病気があるの?」
むむ、薬師であるエダが動脈硬化症を知らないようでは、この世界の医療はあんまり進んでいないと考えるべきだろう。患者に説明するときはもっと言い方に気を付けたほうが良いかもしれない。
「私の世界ではよくある病気ですよ。詰まるといっても、老廃物などで血管が狭くなっていると考えてください」
『そんなことで血が流れにくくなるのか。人間は大変だな』
「へえ、たったこれだけの話でよくそこまで分かったね。薬師としての自信がなくなりそうだよ」
「私は他人の知識を借りているだけですよ」
凄い人たちが残したものをやっているだけで、自分で試行錯誤してきたエダとは比べてはいけない。それに、まだ実際に治せるかどうかもまだ分からないのだ。
ミハイルいわく魔法はイメージが大切とのことだが、それは終着点がしっかりしていれば成功しやすいということではないかと思う。まずはエダの足に手をかざして、範囲を限定するように鑑定を発動する。
「失礼します、〈鑑定〉」
【ふくらはぎ
状態:血管に数か所の詰まり】
予想通り、私の欲しい情報がウィンドウに表示された。
もう一度エダの足を見ると、そこには赤い点がいくつか光っていた。まるで医療番組などで患部を示すマーカーのようなそれは、私のイメージで再現されたからだろうか
この考えが正しいなら、赤い点は悪い所……この場合だと血管が詰まっているところを教えてくれているのだと思う。
「魔法を使いますね」
じいっ、と赤い点を見つめる。
綺麗な血管をイメージしながら強く治れと念じれば、今回も体から何か抜けるような感覚が。おそらくこれが魔力というものなんだろう。
「おや、しびれが無くなった……?」
エダの呟きに答えるように、赤い点がみるみる小さくなっていく。私の手のひらから金色の光が全部エダの足に吸い込まれたころ、赤い点は全て消えていった。
でも何となく不安で、もう少し魔法を使い続ける。魔力はまだまだ残っているし、ここはケチる場面じゃないだろう。
「おお、痛みが無くなっている……!」
感動しているエダに自信ありげな笑みを返して再び治療に戻る。治療残しがないように、赤い点に一つずつ手をかざしていき丁寧に作業を繰り返す。
(これ、思った以上に大変だな。たくさんの人を治すならもっと効率化しないと)
過剰に魔力を使ったとはいえ、エダの両足を治すだけで魔力を50も消費してしまった。今の私の総魔力量で単純計算すれば三十人しか治せない。それに鑑定スキルを併用する必要があるので、実際はもっと少ないだろう。
「よし、これで全部治せました!どうですか、エダさん」
改めてエダを鑑定してみると、状態の欄が消えていた。これでステータス上は完全回復したことになるが、一番大事なのは本人の感覚だ。
「おお、痛くない……痛くないぞ!立ち上がるだけでも針が刺すような痛みがあったのに、歩いてもまったく違和感がないぞ!ほっほっほっ、こんなに軽く走れたのは何年ぶりだったかね!」
そういって部屋で走り回るエダの姿に思わず胸を撫で下ろす。年が年なので少し心配だが、そんなに喜んで貰えるとなかなかに嬉しいものだ。
「うっわ、こんなに元気なお師匠さまを見たことがないよ。普通に怖いんだけど」
『すごいぞコハク!さすがは俺の主だ!』
風圧を感じるほどしっぽを振るフブキは嬉しそうに私の元に走ってくる。ミハイルも憎まれ口こそ叩いてるものの、その口角は笑みの形を作っていた。
それを指摘できるほど仲良くないので、私は胸に飛び込んできたもふもふをもふる。大きいイヌ科っていいよね……全身で堪能できるぞう。
静かにメンタルを回復していると、少し息を切らしたエダが私の前にやってきた。
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