第13話 森の屋敷2
自己紹介もしていないのに、エダと名乗った老婆はまるで何もかも知っているような口ぶりだ。
(聞いたって……ミハイルさんが誰かに連絡していた様子はなかったのに)
仮に私が気づかなかったとしても、フブキが見逃すはずがない。私は緩みかけていた警戒心を呼び戻した。
エダはそんな私に余裕そうな笑みを一つこぼすと、その視線を植物の方に向けた。
「そう警戒するな。アタシにゃものと感覚を共有できるスキルがあってな。この森で起きたことなら大体は把握できるのさ」
『……感覚移入か。これはまた珍しいスキルだな』
「感覚移入?」
『自分の精神や五感を他人、もしくは物に投射させて自分の一部のように扱えるんだ。例えばあそこに生えている木と聴覚を繋げたら、どれほど離れていたとしてもその付近の音を拾えるようになる』
「その木が耳になるってこと?」
『そういうことだ』
つまり私たちの会話は全てエダに丸聞こえだったということだ。盗聴器より高性能じゃんとずれたことを考えつつ、私はこっそり老婆を鑑定してみた。
【エダ
64歳/Lv.52
職業:薬師
状態:病患】
やはり自分を鑑定したときのようにスキルや詳細なステータスは見えない。
それでも一応成功したのは、それほどレベル差がないからだと思う。……一体ミハイルは何レベなんだろう。
(嘘はついてなさそうだけど、この病患ってなんだろう)
文字通りの意味ならエダは今何かしらの病を患っているという事だが、ミハイルを軽々と吹き飛ばしたしな……。
「異世界人には信じられない話だったかい?まあ、いきなり誘拐されて知識も与えられないまま殺されかけたとなりゃ慎重にもなるか。あそこは相変わらずろくな事をしないねぇ」
鑑定を使ったことには気づいていないようで、エダは私の沈黙を警戒と勘違いしたようだ。
「うう、いたた……。まったく、かわいい弟子に暴力振るうなんて酷いじゃないか。ぼくじゃなかったら今ので死んでたよ」
入口付近まで吹き飛ばされていたミハイルは、汚れた服を魔法で綺麗にしながら不満そうに言った。
「可愛い弟子は師匠を陰で鬼婆と呼ばないよ」
「あれ、聞こえてた?」
『……こいつ、分かってたな』
(私もそう思うよ……)
悪びれる様子もなくけろりとしたミハイルに、エダのこめかみに青筋が浮かぶ。
フブキのルビーのような瞳には呆れがありありと浮かんでおり、おそらく私も遠い目をしていることだろう。
「でも、いきなりお師匠さまの顔見たらコハクちゃん気絶しちゃうよ」
「まるでアタシが悪いとでも言いたげだね」
そうして脳天に大きなたんこぶを作ったミハイルとともに、私たちは屋敷の中に通された。
こちらに背を向けてゆっくりと去っていくエダから敵意は感じられず、また彼女も悪いことをするような人には感じられない。結局、私は不安そうなミハイルの視線に背中を押されるようにエダの後を追ったのだった。
。 。 。
外観のイメージと違わず、屋敷の中も理想の洋館そのものだった。
アンティークな家具はどれもオシャレで、まるでドールハウスに迷い込んだみたいだ。客間も過度に華やかではないが、上品で落ち着いた雰囲気がとても良い。
「そんなによそ見しちゃ茶が冷めるよ」
ミハイルが借りてきた猫のように静かで、フブキは静かに私の隣でお座りしている。
少々気まずい沈黙を破ったのは、ため息をついたエダだった。
「あっ、すみません!はじめてこういうお屋敷に入ったので、ついじろじろ見てしまいました」
「ああ、別に怒ってるわけじゃないよ。ただ……そんなにこの屋敷が気に入ったのなら、しばらくここに居ても構わないよ」
「えっ?」
「なんだい、その顔は」
そう言ってエダは呆れた表情をしたが、別に私の反応はいたって普通だ思う。そんな理由で家に初対面の人を止めることがあっていいのか。不信とか怪しさを通りこして心配になる。まさかこれが狙いか……?
「捨てられる気持ちは分からんでもない。それにお前さん、他に頼れるところもないんだろ?用心は忘れちゃいかんが、たまにゃ思い切りも大事だと思わんかね?」
「それは、」
願ってもない話だ。
本来ならば私が頭を下げてお願いしなければならないが、あまりにもとんとん拍子で少し迷いが生まれる。
「まあ、こんな鬼婆とはひとつ屋根の下にはいられないってんなら出てってくれ」
「うわぁ待ってください誤解です違います!ぜひここに居させてください!」
夢野への恨みをもう一つ積み上げた瞬間だった。
『まあ、この者の風貌は少しアレだが、悪い気配はない。俺もいるし、そう心配するな』
そう励ましてくれたフブキを撫でながら、私はなるようになるよねと気持ちを切り替えた。衣食住を確保できたのはいいことだしね!
「老婆の一人暮らしはなかなか寂しいもんでね。弟子は寄り付かんし、話し相手ができてアタシも嬉しいよ」
「ぼく、ちゃんと顔出してたよ」
「三か月に一度の頻度で良くそんなことが言えるね」
痛いところをつかれたのか、ミハイルはそっと目をそらした。
それに大きなため息をつくと、エダは私の方に向き直った。……ところで、その猟奇的な表情はまさか笑顔のつもりなのかな。
「こんなヤツでも一応筆頭宮廷魔導士だったから、魔法のことで困ったらこき使ってやれ。ただ、魔法以外のことはアタシが教える」
「え、いいんですか?」
「このアホの思考を受け継ぐ人間をこれ以上増やしたくないからね」
『切実だな』
わずかに目を濁らせたエダに、ミハイルの師事がどれだけ大変だったか垣間見えた気がした。
「まあとにかく、お前さんの好きにしてくれってことだ」
「いえ、そう言うわけにはいきませんよ。いさせてもらう身ですから、何か手伝いわせてください!」
「そう気負う必要はないよ。……お前さんはこちらの都合で勝手に召喚された身だ。これはお前さんが与えられてしかるべき権利だし、アタシにもそうすべき義務がある」
「で、ですが、私を召喚したのはエダさんじゃ、」
「まあまあ。お師匠さまもこう言ってるし、素直に甘えてもいいんじゃないかな。それに、この屋敷にはコハクちゃんが見たこともないものがいっぱいあるんだよ?ぼくは慣れてからの方が良いと思うんだけど」
「う、それは……」
確かに、客間に来るまでだけでも見慣れない物はたくさんあった。うっかり傷つけてしまったりしたらそれこそいい迷惑だろう。
個人的には大変居心地悪いが、ここは素直にミハイルの言う通りにした方が良さそうだ。
「分かりました。お言葉に甘えて、先にお勉強に集中させていただきますね。でも、何か手伝えることがあったらいつでも言ってくださいね!」
「コハクちゃんも律儀だねえ。分かったよ、これからよろしくね」
若干ミハイルに丸め込まれた感じがしなくもないが、ここで引き下がるべきだろう。私は家主であるエダに、改めて頭を下げた。
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